八月二二日③
本橋の電話から内線コール音が鳴った。受話器を取ると、遠野に「山形局の御子柴さんからよ」と告げられた。
「悪かったな。さっきは電話もらって」
「いや、全然構わないさ。オレ達の仕事は、外回りが基本だから職場にいない方が普通だからな。実はな、昨日例の陣内範子の前の住所に行ってみたんだ」
「ありがとう」
収穫はなかったという結論を告げられるのは明白だった。
「礼を言うのはまだ早いよ」御子柴は笑った。「実は、今度は会えたんだ。陣内範子さん本人にな」
本橋は、予想外の展開に声を失った。
「ちょっと差し出がましいと思ったんだけど、そっちも切羽詰まってるみたいだったし、セールスマンのふりしてな。呼び鈴押して出てきてもらった。そしたら、本人が玄関先に出てきてくれた。本橋の要望通りにできなくて悪かったけど、結果オーライってことで勘弁してくれ」
「本人だってことは、確認したのか?」
「ああ、表札に陣内って書いてあったしな。陣内範子さんですかって尋ねたら、素直にそうですって答えてくれたぜ」
「どんな感じの人物だった?」
「それがな。本橋が送ってくれた免許証の写真の人物とは別人だと思うぜ。証明写真っていうのは、全然別人のように見えることもよくあるけどな」
「水商売風の派手な感じじゃなかったか?」
「田舎じゃ、見た目と職業は必ずしも一致しないけどな。まあ、派手じゃないって言い切れるね」
「人前に出るときは化粧して、すっかり別人になってしまうタイプとか?」
「それもないな。さすがに写真を撮らせてくれとは言えなかったけど、オレを信じてくれ。間違いない。杉並署で陣内範子を名乗った人物は、別人だ」
御子柴からの知らせを、本橋はまだ素直に理解することができなかった。ついさっき、身分証明書にも等しい運転免許証が本人のものに間違い無いと、桐生から知らされたばかりだったからだ。解けた糸が、また複雑に絡んだ。
「ありがとう、御子柴」
「どういたしまして。なかなか刺激が無い毎日だからさ。また何かあったら言ってくれよ。それと、またいつか会おうな」
本橋は、御子柴の言葉が社交辞令で無く、本心だと感じた。
「そうだな。絶対会おう」
電話を置くと、本橋は席を立ち東原の席へ向かった。しかし東原の姿はなかった。東原の隣席の吉岡に「東原はどこ?」と尋ねた。
「東原さんなら、課長、係長と一緒に会議室にいます」
会議室の方を見ると、ガラス越しに杉田副署長、君塚労災一課長、高野係長そして東原の姿が見えた。




