八月二二日②
帰庁すると、受付の遠野が「暑い中お疲れ様」といつものように落ち着いた雰囲気で迎えてくれた。そして「本橋君に山形局の御子柴課長から電話が入っていたわよ」と本橋にメモを差し出した。
「ありがとう」本橋はメモを受け取ると、給水ボトルから紙コップに水を注ぎ一つを鈴木に手渡した。鈴木は、大げさにお辞儀をして両手でカップを受け取った。自席に戻って上着を椅子の背もたれに掛けると、本橋はオンフックボタンを押し、南陽署に電話をかけた。あいにく御子柴は外出中だった。続いて本橋は東原の内線番号を押した。二回コール音がした後、東原の声が聞こえた。
「さっき、桐生から連絡があった」
「どうだったの?」
「残念ながら、免許証番号は本人のものに間違いなかったそうだ」
「私が間違っていたってことね」
「東原だけじゃない。オレも同罪だよ。事故の発生状況の違和感が先入観を生んでしまったのかもしれない。しかし、もう保険金の支払いも済ませたんだし、特に責められることもないだろう」
本橋は、コップの水を一口含んだ。
「それが、そうでもないの」
明らかに狼狽した東原の声が受話器から聞こえた。
「どういうことだ」
「私、今朝、振込先の口座番号を変更しちゃったのよ」
「それじゃあ、支払不能になっちまうだろう」
「そうすれば銀行から支払不能の通知が来て、それから再依頼するから相手への支払を何日か遅らせることができるって思って」
「お前、つくづく無茶するやつだな」
本橋は背もたれに体を預けた。
「昨日の本橋と桐生さんの様子を見ていて、何か突破口を切り開いてくれるんじゃないかって期待しちゃったのよ。夕方には支払不能だったことが判明するわ。私のミスってことにするから、本橋には迷惑かけない。安心して」
「そんなことは心配してない。必要があれば、今までの経緯を洗いざらい話したって構わないぜ」
「ありがとう」
本橋は受話器を置いた。恐らく支払は、一週間は遅れるだろう。その事実を知った白岩が、東原を激しく非難してくることは間違いない。おそらく杉田副署長も執拗に東原を攻め立てるに違いない。結局は相手の言いがかりだったことが明らかになったものの、つい先日まで本橋の事案で苦々しい思いをしたばかりだ。杉田にとっては、どちらに分があったのかということはどうでも良いことで、面倒なことに巻き込まれること自体が嫌なのだ。おまけに今回は、故意にせよ過失にせよ東原に原因があったことは明白だ。本橋は胸中に暗い怒りが再び湧き上がってくるのを抑えることができなかった。




