八月二二日①
本橋は桐生に、陣内範子の免許証番号と保険金の振込先口座番号をメールで送信した。
その日も午前は猛暑の中、電車を乗り継ぎ定期監督の対象となっていた事業場へ赴いた。臨検監督は、ILOで定めたレギュレーションにより、抜き打ちで実施することになっていた。事業場の労務担当者も暇ではないから、調査への対応を渋られることも往々にしてあった。その日も五十代の陰湿そうな態度の総務課長に嫌味を言われながらの調査となった。労働時間の管理が自己申告制で、申請がないものは一切残業として扱わないという典型的な問題を抱えていた。結局機械警備の記録と照合し、百時間を超える時間外労働があることを解明した。本橋の徹底した追及に、総務課長も自社の労務管理の欠陥を渋々認めざるをえなかった。おそらくその会社は、多額の過去の残業手当の未払分を支払うことになるだろう。しかし、その支払原資は企業の内部留保や役員報酬ではなく、従業員の将来の人件費を先食いして捻出されるのだろう。
「本橋さんの監督指導は、説得力があって本当に勉強になります」
帰路の電車を待つホーム上で、同行した鈴木が感服した様子で本橋に頭を下げた。そのとき、本橋の電話が鳴った。表示された番号の下四桁が〇一一〇だったことから、誰からの電話か予想できた。
「もしもし、本橋です」
「桐生だ。例の免許証番号だけど、照会したら陣内範子本人のものに間違いなかった」
「そうか。じゃあ、偽造ではないということか」
「免許証番号の最初の二桁は都道府県公安委員会の番号、次の二桁は最初に取得した西暦、その次の七桁が個別に振り出される番号、最後の一桁が再発行回数となっているんだ。つまり真ん中の七桁は、何かしらの方法で本人の免許証番号を知っていなければ偽造は不可能だ」
「手詰まりか」
「現物があれば、ICチップの中身も確認することができるんだけどな」
「それは無理だな、コピーしかない。わかった、ありがとう」本橋は電話を切った。
「偽造って何か面白い案件やってるんですか」
鈴木が興味津々の目で尋ねた。
「何でもないよ。お前もあんまり妙な方向ばかり関心持つなよ」
本橋は素っ気無くいなした。




