八月二〇日①
冴島と酒を飲み交わした翌朝、本橋は充実した気分で目覚めた。冴島は、本橋ら現場の監督官にとって羅針盤のような存在だとつくづく再認識した。これまでの躊躇が嘘のように消え、自分が信ずるがままにとことんやり抜こうと思いながら、まだ癒えない痛みに顔をしかめながら休日を過ごした。
今日は魂の共同体ネットワークの東郷が、杉並署への訪問を予告した日だった。
「どんな経験からも、学ぶことはあるはずだ。学ぼうと思えばな」
別れ際の冴島の言葉を思い出した。向こうからやってくる以上、どう思おうと避けることはできない。本橋は、冷水シャワーで汗と消極的思考を洗い流した。
職場はいつもと変わらなかった。暗黙のルールがあるかのように、今日起きるかもしれないことについて誰も一切触れなかった。それは相手に翻弄されたくないという自衛本能かも知れなかった。
本橋が明後日予定している某IT企業に対する臨検監督の手法について戸橋と検討しているところに、東原がやってきた。
「戸橋さん、相変わらず肌が白いわね。家でPCばっかりいじってるんじゃないの?」
戸橋は監督官になる前、システムエンジニアとして働いていたこともあり、IT関係のリテラシに長けていた。といっても、システムエンジニアだからITに詳しくなるわけではなく、専ら独学で知識と経験を積んだのだ。寡黙だが根暗ではなく、理詰めで仕事を進めるスマートなスタイルは、皆から一目置かれていた。
「東原さんと違って、元々色白なんでね」
戸橋は微笑を浮かべ、東原の冷やかしを冷静に受け流した。
「何かあったのか?」
本橋が尋ねると、東原は無念そうに「例の陣内さんの遺族補償、支給決定することになったわ」と肩をすくめた。




