八月一八日⑩
「そうなんですか?」
「当たり前だ。議員の先生から呼び出されたら、馳せ参じて事情をきちんと説明したりしてるんだぞ。現場からは見えないかもしれないけどな」
「確かに現場にいると見えてこないですね」
「本橋は、そのことを知ってどう感じる?」
「自分達のためにいろいろ動いてくれていることを、もっときちんと知らせてくれればいいのに」
「監督署も、そう思われているんじゃないか」
本橋はなるほどと思った。大切なことは、相手に自分のことを正しく理解してもらうことだ。魂の共同体ネットワークの東郷のような悪意に満ちた目で本橋達を評価しようとする人達もいるだろう。しかし、例えそういう人物が一人いたとしても、他の全員がそうだと錯覚してはならない。そして、事実を正しく伝えなければならない相手を見失ってしまってはいけない。その相手は東郷ではなく申告者の依元だ。
「本橋の上司は誰だっけ?」
「斎城さんです」
「じゃあ大丈夫だな」
冴島は、ジョッキを空けると卓上のタブレットを操作して料理を注文した。
「今日は、そのことで呼ばれたんですか?」
「違うよ。俺はお前のことを信じてるからな。今回のことだって、最初からこっちには問題は無かったって思ってるし、上にもそう報告してるよ。今日は、ただ久しぶりに現場の話を聞きたくなっただけだよ。最近、なんか面白いことないのか」
本橋は、陣内の死亡災害の話をした。しかし、昨日襲われたことは伏せた。言えば、この冴島との貴重なひとときが即座に打ち切られることが分かっていたからだ。冴島は本橋の話を興味深そうに聞いていた。
「相変わらず東原は元気がいいな」
「付き合わされる方はたまったもんじゃないですよ」
本橋の言葉に冴島は同情するように苦笑した。
「だが、この件が東原の読み通りだとすると、かなり大きな事件になりそうだな」
「冴島さんはどう思いますか」
「どうもこうも事実の究明しかないだろう。誰がなんと言おうと全力で追うべきだ。管轄外への出張なんかも当然やって正解だったんだ。もしそういうつまらないことで難癖をつけられたら俺に相談しろ。いいか、事件がこっちの都合に合わせてくれることは絶対ないんだから、こっちの都合に合わせて事件を解釈しようとしては絶対駄目だ」
冴島の言葉に、本橋の迷いは霧散した。




