八月一七日⑰
どれくらい経っただろうか。ドアの鍵が開く音とともに「大丈夫か!」とヒロの声が聞こえ、二人分の足音が聞こえた。突然輝いた電球色の蛍光灯の光に目がくらんだ。
「瑛ちゃん、どうしたの!」
ヒロの母、春海が心配そうな顔をして、ベッド脇から本橋の頬を撫でた。
「ヒロ、仕事終わってからでいいって言ったのに」そう言う本橋の途切れそうな声に、ヒロは「お前が電話してくるくらいだから、相当ヤバいんだろうと思ってさ。看護師も連れてきたぜ」と、本橋の左手に自分の右手を軽く重ねた。
「ちょっとチェックするわよ。ヒロ、瑛ちゃんが着る服集めてきて」
「了解、春海さん」バーテンの格好をしたままのヒロが、本橋のクローゼットを開けた。
春海は、手慣れた手つきで、本橋の肢体を触診しながら、被害の度合いを確かめた。
「一体何があったの? 子供じゃないんだから、喧嘩したわけじゃないでしょ」
「おやじ狩りかな」本橋が弱々しく言うと、「まだおやじでもないでしょう」と春海は思わず笑った。
「どこが一番痛いの?」
「脇腹」
「結構内出血しているわね」
春海は顔をしかめた。
「春海さん、ヤブ先生ところに連れて行こうぜ」
ヒロが、落ち着かない様子で春海を急かした。
「ヤブ先生じゃなくて矢部先生でしょ。そうね、目立った外傷はないから、このまま連れて行きましょう」
ヒロの肩を借りて階段を降りると、本橋は黒いスバルフォレスターの後部座席に横たわった。ヒロと春海が運転席と助手席に座ると、すぐに車は発進した。
「春海さん、今日は突然すみませんでした」
本橋は、フロントシートに向かって呟いた。
「しばらくぶりに姿を見たと思ったら、ボロボロになってるんだもの。ビックリしたわよ、ホント」
春海ができるだけ後ろの方に顔を向けて答えた。思ったより外傷が少なかったせいか、最初よりも幾分緊迫感が和らいだ様子だった。ひょっとしたら、まだ予断を許さない状態なのに、職業柄相手を安心させようと自然とそう振る舞っているのかもしれなかった。久しぶりに聞いた春海の暖かい声に、本橋の張り詰めていた神経も緩み、いつしか意識が遠のいていった。




