八月一五日②
彼は一体何者なのだろうか。特定非営利活動法人を語っているが、実際に存在する法人なのか確認しなければならない。仮に存在するとして、依元と男はどのような関係なのだろうか。男の出で立ちは、一見すると活動家らしく質素に見えるが、腕に巻いていた時計が、二百万円は下らないだろうスイスの高級ブランドのものだったことが気になる。ときには労働者が金を借りている闇金業者が友人を名乗ってくることもある。男もそういった類の人物なのだろうか。思いを巡らせながら、机上に残されたメモを手に取り自席に戻ると、「株式会社杉並能登運送サービス」の申告処理台帳のフォルダの中にそれを放り込んだ。
「誰だったんですか?」鈴木が、コソコソ声で話しかけてきた。本橋は、「今担当している申告事案の申告者の関係者を名乗る人物だった」と答えながら、端末にパスワードを打ち込んだ。「僕、ああいうの苦手なんだよな。これから、ああいう人達とやりあっていかなきゃならないと思うと不安ですよ」と独りごちる鈴木に、本橋は画面を見ながら「そのうち慣れるさ」と答えた。
LASTISの起動画面からフリー検索で「魂の共同体ネットワーク」と入力した。LASTISの検索能力は高く、検索したいキーワードを打ち込むとサブシステムや省庁横断ネットワーク上にある全ての情報から該当する情報を引っ張ってくる。レスポンススピードも申し分なく、すぐに結果が表示された。リストの一番目は、総務省システム経由で収集した杉並区での法人の登録情報だった。
[名称] 特定非営利活動法人魂の共同体ネットワーク
[代表者] 東郷 幸也
[所在地] 杉並区高井戸南三―八―四〇 小園ビル三階
[活動目的] 労働者の権利確保
[社員] 一〇名
[設立時期] 二〇一五年四月
魂の共同体ネットワークは、少なくとも実在の法人らしい。しかし、さっきの人物がそこの代表者か授業員であると結論付けるにはまだ尚早だ。本橋がリストに目を走らせると、二番目と三番目はLASTIS内部の情報だった。
二、 申告処理台帳(新宿署 二〇一六年五二号)
……直ちに賃金を支払わせるようNPO法人魂の共同体ネットワークの代表者から、強硬な申し入れあり。……
三、 申告処理台帳(池袋署:二〇一七年四三号)
……ブログにて経過を公表するとNPO法人魂の共同体ネットワークの代表者から、通告され……
東郷は、あちこちの監督署で同じようなことをしているのだ。新宿署の申告処理台帳を表示し、経過記録の結末部分を見ると、
“本職が、NPO法人魂の共同体ネットワークの代表者(東郷氏)に、賃金を受領したか確認したいので、本職宛連絡するよう伝言して欲しいと要請したところ、同人から了解を得る。しかし、一週間たっても連絡がないことから、再度東郷氏に対して架電したところ、「きちんと伝えた。担当者へ連絡するかどうかは本人の勝手だ」と一方的に言われ、電話を切られる。本件については、NPO法人の口座に振り込まれた賃金が、申告者本人に手渡されたか不明であるが、確認する術が無いため、完結とする。”
と記載されていた。三番目の池袋署の申告事案の結末もほぼ同じだった。




