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八月一四日⑤

 二人は、高架近くの歩道のベンチに座っていた。目の前には、車と人が絶えず往来していた。

「ジンさんは、どうして死んじまったんだ」

カジさんこと、梶原は俯きながらつぶやいた。

「陣内さんは、ビル工事現場の足場から墜落して亡くなったんです」

「足場?手すりもないような現場だったのかよ」

「いや、手すりはあったんですが、その隙間から落ちたらしい」

「どうやって?いくらジンさんが歳で衰えていたって、さすがにそこまでヘマはしないはずだ」

「陣内さんは、建設関係長かったのですか?」

「昔は鉄筋工で親方やってたって言ってた。なあ、ジンさんは苦しんだのか?」

本橋は、かぶりを振った。

「即死でした」

震える手でタバコに火をつけて一服すると、スイッチが入ったように梶原の両目から涙が溢れ出した。

「馬鹿だなあ。せっかく昔捨てた娘さんの居所がわかって、少しでも償いたいって、また働き始めたのに」

「娘さん?」

「ジンさん、昔、嫁と娘捨てて女と蒸発したらしいんだ。東京出てきて、その女ともうまくいかずに別れて、女作っては浮気を繰り返していたら、最後に付き合った女に全財産吸い尽くされて捨てられてホームレスになったって言ってた。よく言ってたよ、女癖悪かったせいで人生詰んじまったって」

梶原は言葉を切ると、深くタバコを吸った。暗がりの中でタバコの先端が明るく光り、梶原の薄汚れた顔を照らした。

「ジンさんなぁ、なんで死んじまったんだ」

梶原は声を震わせて両手で顔を覆った。

「陣内さんは、どうやって娘さんの居所をつかんだんだろう?」

「昔世話になった社長が、わざわざ教えに来てくれたらしい。そう言ってた」

「義理堅い社長ですね」

「ジンさんも不思議がっていたよ。昔はそんなに面倒見がいい人じゃなかったって。とにかくその社長から、うちで働いて給料稼いで娘さんにその金を渡して、少しでも罪滅ぼししろと勧められたって、ここを出て行っていったんだ」

「社長の名前は言っていましたか?」

「いや、言ってなかった」

「陣内さんがここを出て行ったのは、いつだったか覚えてますか?」

「ああ。七月二三日だった。普通、建設会社は、給料の締め切りが月末のところが多いのに、月の途中からだったから意外に思ったんだ」梶原はタバコを深く吸い、煙とともに言葉を吐いた。「……あの日も朝から暑かったな。ジンさん、普段からおしゃべりだったけど、その日は特に上機嫌だったな。久しぶりに生きがいを感じてるとか、娘に少しでも金を渡したいから早速明日から現場に出るんだとか、しきりに喋ってた」

 礼を言って本橋が立ち上がると、座ったままの梶原が本橋を見上げて尋ねた。

「あんた、杉並労働基準監督署って言ってたっけ」

梶原の顔は、涙と汗で濡れそぼっていた。

「何か思い出したら、連絡してください」

本橋は、名刺を一枚梶原に渡した。梶原は、その名刺をじっと見ながらつぶやいた。

「俺も昔、労災で世話になったことがあってさ。休業補償をもらってたんだけど、すっかり怠けぐせがついちまって、今じゃこのザマだよ。監督署のせいじゃないけど、俺の人生、労災保険で詰んじまった……」

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