八月八日⑳
午後一時。会議室には前方のホワイトボードを背に、滝本署長、杉田副署長、楠瀬一主任が一列に着席し、その対面に本橋ら災害調査のメンバーがやはり一列に着席していた。楠瀬一主任に促され、主担当者の時任が調査結果を報告した。
「本日午前六時三〇分頃発生した大希望建設施工の仮称Mビル新築工事現場で発生した災害について、本日午前九時三〇分から正午まで実施した災害調査の状況を報告します。被災者の氏名、年齢は既報のとおり。職種は、鉄筋工。所属会社は三次下請の黒本組。被災者は、二年前、黒本組で鉄筋工として働いていましたが、その後退職。ところが一週間前に再び姿を現し、本現場に入場していたとのことです」
「じゃあ、復帰後すぐの災害だったってことか?」
副署長が尋ねた。
「そうです」
時任は続けた。「現場は、二四時間連続で施工しており、被災者は二次下請の長滝鉄筋有限会社の鉄筋工五人と共に午前〇時から入場し、八階の配筋作業を行っていました。作業は午前九時までを予定していたとのことです。災害発生瞬間を目撃した者はいませんでしたが、午前六時三〇分頃、元請の現場係員が巡回していたところ、地上に倒れている被災者を発見。墜落の衝撃でヘルメットは粉砕していました」
時任が手元のノートパソコンのトラックパッドをタップすると、各人の手元のタブレットに、真っ二つに割れ血液がこびりついた黄色のヘルメットが表示された。
「発見場所から、鉛直上の足場の状況です」
時任が再びトラックパッドをタップすると、下から見上げた足場が表示された。
「足場の周りにネットが張られていたのか。これじゃ、落ちようがないんじゃ?」
一主任が画面を見ながらつぶやいた。
「そうなんです。警察の調べでは、長滝鉄筋の作業員が、災害発生前に被災者が足場の階段を降りていくのを見たらしいです。確認したところ、一段下の足場でネットの固定用の紐が解けている箇所がありました」
タブレットに、うだるような暑さの中で本橋が撮った足場の写真が表示された。時任は淡々と続けた。
「これがその場所です。ご覧のとおり、ネットの固定が一部解けていますが、足場は手すり枠が取り付けられており問題ありませんでした」
「これじゃあ、墜落しようがないじゃないか」
タブレットに映った画像を見ながら、一主任が嘆くようにつぶやいた。
「そうなんです。その点については、担当刑事も疑問視していました」
「警察や我々が行く前に、関係者が外れていた手すり枠を取り付けたんじゃないか?」
「第一発見者の現場係員が発見直後の状況を撮影していました。発見後、外れていた手すり枠を復旧してから撮影した可能性は完全には否定できません。しかし、その現場係員から一一〇番通報があったとき、相当動揺していた様子だったらしいので、そこまで気は回らなかったのではと推測します」
「しかし現場の写真はちゃんと撮ってるじゃないか」
副署長が、つじつまがあわないだろうという風に指摘した。
「大希望建設では、発見直後の状況を記録するようマニュアルで定めているそうです」
「しかしだね……」時任にあっさり答えられ、面目を失った副署長は、面白くなさそうに背もたれに上体を預けた。副署長の機嫌を損ねないように、一主任が話を継いだ。
「副署長がおっしゃるように、関係者が災害発生後に現場を改変したという可能性も排除できない。しかし、現段階で収集できた情報の限りでは、安衛法違反はないという結論になる……ということかな?」
「そうです」
時任は答えた。
「署長、当面警察から新たな情報を収集するということで如何でしょうか」
「そうだな」一主任の提案に、署長が腕組みをしながら答えた。「警察の取り調べの中で、副署長から指摘があったような状況が明らかになったら、当署でも捜査に着手するか再検討することにしよう。それでいいな、副署長」
副署長は、署長に媚びるように答えた。
「署長のおっしゃるとおりでよろしいかと」
「では、皆ご苦労だった」と、署長が端的に締めくくり、打ち合わせは終わった。




