八月八日⑲
調査を終え、車で現場を離れた途端、時任はいつもの豪快な口調に戻って「いやー、暑かったなー。たまらねえな」とタオルで汗を拭いながら言った。そして助手席に座っている本橋に向かって言った。
「本橋、被災者はどっから落ちたんだろうな」
本橋は、前を見たまま答えた。
「全くわかりませんでした。まさか、事故発生時には手すりがなくて、後で取り付けたとか?」
「あの刑事の話では、それは無いようだ。どうも、第一発見者の元請の係員が、発見直後に携帯で撮った現場写真に手すり枠が付いているのが写っているらしい」
「随分用意周到ですね」
「最近は、自己防衛のために事故発生後の状況を撮影しておくよう現場担当者に指示しているらしいぜ。あの、元請の本社からきた近藤って人が言っていた」
「あそこから落ちたとしたら、自殺か他殺しか考えられないですよ」
「そんな可能性ってあるのかな?今まで何件も災害調査行ったけど、そんなこと考えたこともなかったよ」
「オレも考えたことなかったですね。ひょっとしたら、労災事故で片付けられていたけど実際には殺人だったなんて事案もあるんですかね」
「警察も仕事中の事故だったら、まず労災事故だと思っちゃうだろうしね」
車内はしばし沈黙した。本橋は、ふと思いついたことを口にした。
「自殺や他殺の可能性がある場合、こっちはともかく労災課は補償の対象にするかどうか困るでしょうね」
時任は、アッという表情を浮かべ、「さすが本橋ちゃん、鋭いねー」と茶化したが、「副署長の渋い顔が目に浮かぶよ……」と、座席の背もたれに身体を預けながらやれやれといった様子で愚痴った。




