八月八日㉑
「副署長、絶対納得してないよな」
更衣室で汗が染みた作業服を着替えながら、時任は明朗に笑った。
「うちや警察が行く前に関係者が現場改変するのは、一昔前ならよくある話だったけどね」
替えのティーシャツに袖を通しながら、専門官が相槌を打った。
「署長、一主任がうまく流してくれて助かりましたよ。ところで専門官、今日一杯どうですか」
「お清めな。いいよ」
「本橋は?」時任が、ネクタイを結んでいる本橋に尋ねた。
「自分は、今日東原と先約あるんで」
「東原も来ていいぞ」
「東原が時任さんと一緒でもいいって言えば」
「言うだろ。オレ人気者だから」
時任は笑って言った。
「そうですね」
本橋は、東原が時任のことを「悪い人じゃないけど、暑苦しくて嫌い」と言っていたのを思い出しながら、相槌を打った。
「僕は……明日の監督の予習があるんで……遠慮します」
鈴木が不意に割って入った。時任は吹き出した。
「お前、誘われる前に断るなよ。そんなに来たいんだったら来ていいぞ!判んないことは、オレが呑みながら教えてやるから」
「時任先輩が呑んだときに教えてくれること、いつも適当じゃないですか」
鈴木が咎めるように言うと、「お前な、あれはジョークだよ、ジョーク」と笑いながら、鈴木の肩を叩いて更衣室から出て行った。田仲もいつもの穏やかな口調で、「今日はお疲れさん。無理しなくていいけど、よかったら一緒に行こうよ」と、鈴木に声をかけて時任に続いた。
「本橋先輩は、今日の事故どう思ってるんですか?」
二人きりになった更衣室で、鈴木は本橋に尋ねた。
「そうだな。何か釈然としないな」本橋は、洗面台の鏡で髪を整えながら答えた。「あの現場の状況では、事故が発生するわけがない」
「自殺かもしれないって、車の中で先輩言ってましたよね」
「その可能性もあると思っているよ。だけど、自殺だったとしても、わざわざ手すりの隙間から飛び降りようとするかな」
「確かに……。それにしても、労災が実は自殺や他殺だなんてこともあるもんなんですね」
「仮定の話だよ。普通、そんなふうに考えることはない。うちも警察も、職場で起きた事故イコール労災って先入観があるのかもな」
「こんな不可解な事案ばかりだったら、僕には無理です」
「レアケースだ。考えすぎるなよ」
本橋は、困惑している様子の鈴木を慰めた。




