七月某日①
新宿駅前ロータリー脇の通路の隅が彼の寝城だった。朝、目を醒ますと左右に行き交う様々な靴が視界に飛び込んできた。
雑踏でかすかに舗道が振動するのを感じ、靴の地面を蹴る音が耳に突き刺さった。
顔を上げると、仲間の陣内ことジンさんが、コンクリート製のプランターに背をもたせかけ、駅構内の旅行代理店の店頭に置かれていたパンフレットをめくりながら、ワンカップを呑んでいた。
「ヨーロッパなんて、死ぬまで行けないだろう?」
梶原はこわばる身体を起こしながらジンさんに言った。
「今行ってるとこだよ。邪魔すんな」
ジンさんはニヤリと笑って、酒をチビリ口に含んだ。
「タバコないか?」
梶原が尋ねると、ジンさんは外国製のタバコを箱ごと渡した。
「どうしたんだよ。洋モクなんて」
「どこかのホステスが落としていったんじゃねえのか」
箱を開けると、まだ半分位入っていた。そこから一本抜き取り、「運がいいじゃねえか」と言いながら返した。梶原は、すぐに吸う気になれず、横向きに寝転がって目の前でタバコをもてあそんだ。ふと、タバコを地面に立ててみたら、ちょうど目線と同じ高さであることに気付いた。
「なあ」
「ん?」
「このたばこ何センチあるんだ?」
「箱に100'sって書いてあるから、十センチじゃねえの?」
地上十センチの世界。それがオレの世界なんだ……そう考えたら途端に惨めな気持ちになってきた。
眼前を行き交う靴の群に焦点があわせたら、タバコがぼやけて見えた。




