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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第十六話 『遭遇』

 俺は土館と二人きりで気分転換という名のデートを楽しんでいた。正午に待ち合わせたときからすでに約三時間が経過し、時刻は午後三時を少し過ぎたくらい。楽しい時間というものは、普段の時間や苦痛な時間よりも早く流れているように感じられるものだ。俺としてはまだつい三十分くらい前から遊び始めた感覚なのに、もうすでに三時間も経ってしまっているとは。


 俺と土館は待ち合わせをした後簡単に行き先を相談して、一緒に昼食を摂ったり、俺が土館の買い物に付き合ったり、テキトウなゲームセンターに入って遊んだりした。また、その間土館はずっと俺の左腕に抱き付きながらその大きな胸を押し付け、天使のように可愛らしい笑顔を見せてくれた。


 こんな感じで、俺は普段ならまずできないようなことをしたり、見られないものを見ることができた。今、俺の幸せ指数はピークに達していることだろう。土館も似たような気持ちであってくれれば、さらに嬉しい。


 本来一緒に来る予定だった他の三人が来れなくなり、それとは別に友だちが三人も殺されたすぐ後だと言うのに、俺はそんなことなどすっかり忘れたように土館との幸せなひとときを楽しんだ。また、一方の土館も、逸弛を取り合って火狭と喧嘩し続けていた最近のことを忘れたかのように楽しんでくれていたように思えた。


「冥加君、次はどこに行こっか?」

「うーん、そうだな……俺は土館が行きたいところならどこでもいいよ」

「ふふっ。冥加君ならそう言ってくれると思った」


 土館は俺に満面の笑みで微笑みながらそう聞いた。そして、俺が土館のことを思って返答すると、今度は天使のように可愛らしい笑顔を見せてくれた。


 おそらく、はたから見れば、俺と土館の会話やそれぞれの体の密着具合はただのカップルにしか見えていないことだろう。


 火狭が何でもできるという超人的な能力とかなり巨乳であることによって人気があるとするなら、対する土館は隠れ巨乳であることと性格が穏やかであることが人気の秘訣であるといえる。


 また、土館は俺だけでなく他の男子が見ても普通に可愛い女の子だからなのか、二人で歩いているときに何度か擦れ違った同級生くらいの男子に俺たちのほうを見られていたような気もした。もし、土館が俺の彼女になったら……いや、土館を彼女にすることができたやつはこんな優越感に浸れるのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は土館が次にどこに行こうか考えているその横顔を眺めていた。一応、俺もあらかじめ土館のためにどこに行くかを決めてきたのだが、やはり実際に来るのと予定を立てるのではだいぶ違うな。まあでも、土館が行きたい場所を優先して選択したほうがいいし、俺もそのほうが楽しい。


 そういえば、土館は俺なんかに胸を押し付けるような形で密着して歩いているが、その辺は大丈夫なのだろうか。いや、俺はこの状況は嬉しい限りなのだが、土館には逸弛という好きな異性がいる。もしその逸弛や他の知り合いの男子にこの状況を見られたら、何かあらぬ勘違いされてしまうのではないだろうか。


 それに、俺の気持ちにまるで気がついていないにも関わらず、好きでも何でもない俺なんかに密着するのには抵抗とかがないのだろうか。土館なりの俺に対する感謝の意の表明の仕方なのか、それとも実は土館は異性に慣れているのか。


 まあ、おそらくその正解は前者だろう。土館は優しい性格をしているからな。それに、『後者だったら……』なんてことはあまり考えたくないし、普段火狭と喧嘩するとき以外はお淑やかで落ち着いた雰囲気の土館がそんな軽い女の子だとは思えない。どちらにせよ、俺が土館を好きな事実は変わらないが。


「あ、思いついた。それじゃあ、冥加君。次は――」


 俺が余計なことを考えているとPICで何かを検索していたらしい土館が顔を上げて、俺に声をかけてきた。しかし、その台詞はある一つの要因によって、最後まで言い終わることはなかった。


「……? あれって……海鉾ちゃんと木全君?」

「え?」


 土館が前方三十メートルくらいの地点を指でさして、俺のほうに顔を向けながらそう言った。俺も土館に示唆された通りにその方向を見てみると、そこには、私服姿の遷杜と海鉾が横並びになって街路を歩いている光景があった。


「海鉾ちゃんと木全君は、今日は一緒に遊べないんじゃなかったっけ……? あれ? でも、そうだとすると金泉ちゃんは……?」


 二人の後ろ姿を目撃した土館は少し首を傾げながら疑問を持ったかのように俺のほうを向きながら、小さな声でそう聞いてきた。これは非常にまずいことになった。俺はそう直感した。


 昨日、俺は土館に気分転換をさせようと思って土館を遊びに誘った。だが、そのすぐ後に金泉が殺されてしまい、重苦しい雰囲気になってしまったため、遷杜と海鉾のことは遊びに誘うことができなかった。また、当然のことながら、死んでしまった金泉を遊びに誘うことはできない。


 しかし、土館はそれらのことを知らない。土館は遷杜と海鉾と金泉が来れなくなったのは用事があったからだと思い込んでいる。現に、今朝俺が土館にそう説明したしな。もし、ここであの二人に会ってしまえば、俺は双方に隠していたことがばれてしまう上に、嘘をついていたことによって信頼を大きく失ってしまう。


 遷杜と海鉾には、金泉が殺された次の日なのに土館と遊びに来ている非常識なやつだと思われてしまう。土館には、金泉が殺されたことがばれてしまい、そもそも俺が遷杜と海鉾を誘っていないことがばれてしまう。そうなってしまえば、三人がその後にどう考えるかなんてことは言うまでもなく明白だ。


 というか、何であの二人がこんなところにいるんだ。あの二人が休日に、しかも友だちが一人殺された次の日に遊びに行くなんてことは考えられないし、そもそもあの組み合わせはほとんど見たことがない。ここ一ヶ月のことを思い出しても、この間の水曜日くらいしか思い当たらない。海鉾は誰とでも明るく接する性格のためまだあるかもしれないが、冷静沈着でマイペースな性格の遷杜がそれに応えるとはとても思えない。


 きっと、あの二人の間には何か重大な秘密がある。あの二人は最近三回も起きてしまった殺人事件の根幹に関わる何かを知っている。その秘密や何かについて俺はぜひとも知っておきたいし、そうでないのならば、何であの二人がこんな日にこんな場所にいるのかの理由を聞いてみたい。だが、今俺が一番優先するべきことはそんなことではない。


 絶対に、何があっても、土館とあの二人を接触させてはならない。なんとか言い訳をして土館の興味を他に逸らし、あの二人とうっかり遭遇しないようによく吟味して行き先を選択する。それさえできれば、今日という日に残されている数時間も土館と二人きりでデートを楽しむことができる。


 こんなチャンス、次にいつくるかは分からない。もしかすると、これ以降一生こないかもしれないし、今よりも最悪な状態に陥る可能性も充分にある。だったら、今このときを最高に楽しむために、俺はその任務を遂行する。


「つ、土館? さあ、そろそろ次の場所に――」


 多少空気が読めていなくても構わない。俺はそういう思いの元、土館が二人の後ろ姿を見て何かを考えているところに声をかけた。しかし、土館は俺のその声に反応することなく、俺にも聞こえないくらい小さな声で一言だけ呟いた。


「そうだ。もしかして、あの二人は……」

「あのー、土館……さん?」

「うん、冥加君が言わなくても大体は分かったよ。あの二人は……実は、付き合っているんだよね?」

「……はい?」


 俺はどのような事態に陥っても解決できるように、次に土館が言うであろう台詞を予想していた。しかし、土館はいたって真剣そうに俺の顔を見つめ、その予想を遥かに上回るような斜め上の台詞を放った。


 土館が何を根拠にどういう思考回路をしてそのような台詞を言ったのか、俺にはまるで検討がつかなかった。しばらくの間、そのことが理解できなかった俺は気の抜けた表情でその場に立ち竦んでいるしかなかった。その間も、土館は俺の顔を見つめていた。


「あの二人は、実は付き合っているんだよね?」

「いや、えっと、聞こえたことには聞こえたけど……」


 大事なことなので二回言いましたとばかりに、俺が土館の台詞を聞こえていないとでも思ったのか、土館は再度同じ台詞を俺に言ってきた。一応、先ほどの台詞も今の台詞も聞こえていたことには聞こえていたのだが、何をどうしたらそんな結論に達することができるのだろうか。


 ひとまず、俺の立場から考えていても仕方がない。この場合における土館の立場になって、一つずつ考えていこう。


 まず、この場面で必要な情報だけ選択すると、土館は『金泉が殺されたこと』『俺が遷杜と海鉾を遊びに誘っていないこと』『遷杜が火狭を好きなこと』の三つを知らない。


 そして、『遷杜と海鉾は用事で遊びに来られなかったこと』『遷杜と海鉾が付き合ってはいないこと』『第六地区のS-4エリアはデートスポットとしても有名だということ』の三つを知っている。もしくは、そう思い込んでいる。


 これらのことから考えると、『金泉は本当に用事だったとしても、同日に三人も都合が合わないことはまずありえない。だから、実は遷杜と海鉾は付き合っており、俺からの遊びの約束を断ってでも今日ここにデートをしに来たかった。そして、自分たちは偶然にもその姿を発見した』と結論づけても何ら問題はないか……いやいや、さすがに少し強引過ぎないだろうか。


 でも、土館だって女の子だ。普段は逸弛を取り合って火狭とドロドロな女の戦いを繰り広げているとはいえ、基本的にはそういう恋愛話が好きなはず。だったら、多少強引でもそのような結論に至るのではないだろうか。確かに、よくよく考えてみればそう考えても問題がなさそうな気がしてきた。


 というか、余計なことを考えるまでもなく、これはむしろチャンスなのではないだろうか。俺が変な言い訳をするまでもなく、土館があの二人に対して的外れな勘違いをしてくれているのなら、それを利用すれば問題は簡単に丸く収まるはずだ。


 そう考え至った俺は、すぐに行動に移した。土館のその勘違いをさらに深めさせるために。


「土館。本当は秘密にしておかなければならないんだが……どうやら、土館は気がついてしまったみたいだから仕方ない。土館だけには教えよう。実はな……あの二人は付き合っていたんだ」

「え!? や、やっぱり、そうだったの!?」

「ああ。俺もあの二人に今日のことを断られたときはもしやとも思ったが、あえてそれを土館には言わなかった。あの二人だって、自分たちが付き合っているなんてことを、本当は誰にも知られたくはないはずだろ? もし自分があの二人の立場だったら、と考えてもらえればよく分かるはずだ」

「う、うん。確かに、そうだと思う……かも」

「以前、俺はあの二人からそのことに関して相談を受けたから知っていたが、他のみんなは知らない。だから、このことを知っているのはあの二人を除けば俺と土館だけだ」

「な、なるほど……」

「だから、今日はなるべくあの二人とうっかり会わないように気をつけて行動して、あの二人の秘密を守ってやってはくれないか? それと、俺たちが今日ここに来たこととあの二人を見たことも内緒だ。どちらかがばれれば、すぐに状況を理解してしまう勘のいいやつもいるかもしれないからな。これも全部あの二人のためだと思って、な?」

「冥加君がそう言うなら、分かったよ。あの二人の幸せのためなら、私は黙っておくね」


 先に土館が言い出したということもあり、俺の名演技もさることながら、どうやら土館のことを誤魔化すことに成功したらしい。俺が説明している最中、土館は初めて都会のビル街を見た田舎者のように(最近では都会も田舎もないが)目をキラキラさせて俺のことを見ていた。


 その様子から、余程恋愛話が好きなのだということが伺えた。俺もよく恋愛相談は受けるが、さすがにここまで興味を示すことはできないな。やはり、男子と女子では根本的な部分でそういうところが違うのだろう。


 それはともかくとして、土館が納得してくれたお陰で後々言おうと思っていた問題も解決することができた。土館をあの二人と接触させないこと、俺たちが今日ここに来たこと。


 特に、その前者が起きたり、後者があの二人に知られてしまうと何かと面倒なことになりかねない。なので、これはこれで都合がよかったといえるだろう。


 安堵の溜め息を漏らしていた俺のすぐ隣には、目をキラキラさせながら遠くのほうで歩いている遷杜と海鉾の後ろ姿を眺めている土館の姿があった。さて、あの二人が俺たちの気配に気がつく前にそろそろ移動しよう。


 そう思ったとき、不意に土館が俺のほうを向いて言った。そのときの土館の表情は表面的には『疑惑』よりも『疑問』といった感じであったが、しかし、その本質的な部分ではどこか無機質で無感情で無表情だった。俺の考えていることを一から百まで全て見通しているような、俺がどう答えなければならないのか知り尽くしているような、そんな嫌な予感さえするほどの。


「……あの二人は付き合っていたから冥加君の遊びの誘いを断ったとして、そうなると、金泉ちゃんは?」

「え……? よ、用事なんじゃないか? 本人もそう言っていたし――」

「本当に? 海鉾ちゃんと木全君には理由があったのに、金泉ちゃんは本当に用事があって冥加君の誘いを断ったの? 確かに、最近は殺人事件が多いから何かと立て込んでいるかもしれないけど、それだったらなおさら、冥加君の誘いを承諾して友だち大勢と遊んだほうが気分転換になるよね?」

「そ、そうかもな」

「それに、金泉ちゃんも含めて、これまで私たちはみんな例外なく友だち第一で行動していたはず。同い年の友だちなんて数に限りがあるんだし、そんな中で二人も死んだんだから余計に大切にしてもおかしくはない。そんな状況にあっても金泉ちゃんは冥加君の誘いを断った」

「土館……?」

「金泉ちゃんは本当に、そこまで大事な用事があったのかな? あったらならあったで別に構わないんだよ? でも、そうだとすればそれは何? もしかして、冥加君は何か知っているんじゃないかな?」


 俺は無表情のまま質問攻めをしてくる土館に、何かを言ってやることも何かを言い返すこともできなかった。土館の突然の変わりようはもちろんのこと、俺に質問や反論の猶予さえ与えないくらいに次々に発せられるそれらの台詞に俺は心底驚き、そして動揺していた。


 何がどういう流れになれば土館がここまで変わってしまうのか。そんな恐怖とも取れる疑問を俺の中に生み出すように、土館はそう言った。俺がどう答えるべきなのかを迷っている間も……いや、俺が土館の無表情さに動揺して何も言葉を発せずにいる間も土館は真っ直ぐに俺の顔を凝視し、その答えを待っていた。


「ねぇ、冥加君? 冥加君は何か知っているんでしょ? 答えてよ」

「……えっと」

「冥加君!」

「は、はいぃ!」


 俺は額に嫌な汗が流れ、心臓の鼓動がしだいに速くなっていることに気がついていた。土館に一歩詰め寄られ問われるたびに、それらはさらに俺にとってよくない方向へと進んでいく。何で土館は俺が何を考えていたのかを分かりきったようにそう言ってくるのか。俺が状況をまるで理解していないうちも、さらにことは進んでいく。


「あれ? そこにいるのは……對君と誓許ちゃんかな?」

「……え?」


 不意に俺たちのことを呼ぶ一人の少年の声が聞こえた気がした。俺は今の状況を打開するため、土館は質問している最中だったのにそれを邪魔されたために心底不機嫌な様子で面倒臭そうに、その声がした方向を見た。

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