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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第十七話 『笑顔』

 つい数分前まで、俺は土館とのデートを楽しんでいた。しかし、そんな楽しかった時間は遷杜と海鉾の後ろ姿を目撃してしまったことで終わりを迎ることになる。


 何で、俺からの遊びの誘いを断った遷杜と海鉾が同じエリアにいるのか。俺は何とか言い訳をして上手にごまかせたと思っていたが、土館はすぐにそのことに気がつき、それは何なのか、金泉はどうなったのかを問いただしてきた。


 土館は、普段はお淑やかで落ち着いた雰囲気の女の子らしい女の子だ。しかし、今の土館は何か違う。また、逸弛を取り合って火狭と喧嘩しているときとも何かが違う。


 俺が考えていることを一から百まで全て見通しているような、俺がどう答えなければならないのか知り尽くしているような、そんな恐怖さえも感じさせるほどだ。土館はそんな禍々しい雰囲気を放ちながら俺のことを睨みつけて、何度も何度も質問をしてきた。


 一方の俺は、それまでとは大きく様子が異なる土館に心底驚いていた。俺の心は、土館と二人きりで外出できた最高潮の喜びから移行し、『恐怖』とでもいうべき感情に支配されている。それによって、心拍数や発汗が多くなったりしているのがよく分かる。


 俺はここでどう答えるべきか、どうやって答えるべきか、そもそも俺の口はきちんと開いてくれるのか。そんな疑問をいくら自問自答したところで、明確な答えは出ない。そんなことは分かっている。それなのに、俺は物理的にも精神的にも詰め寄る土館にただただ圧倒されているばかりだった。


 そのとき、この場面においては俺にとっての救世主とでも呼ぶべき一人の少年が、そんな奇妙な状況にあった俺と土館に声をかけてきた。俺と土館は、それぞれ考えていることや思っていることは違うものの、不意に聞こえてきたその少年の声の方向を向いた。


 その少年の姿を確認した後、そこにいた四人の内で一番最初に声を発したのは土館だった。


「……い、逸弛君!?」

「やぁ、對君に誓許ちゃん。何をしていたんだい?」


 今、俺と土館に声をかけてきたその少年というのは逸弛だった。しかも、もうすでにお馴染みかもしれないが、逸弛の隣には火狭もいる。


 火狭は逸弛の左腕に胸を押し当てるように抱き付きながら、俺と土館のほうを、正確には土館のほうを不機嫌そうな目で見ていた。また、二人とも学生服ではなくお洒落な私服を着ており、そのことから俺と土館同様に第六地区のS-4エリアに遊びに来ていたことが伺えた。


 あと、逸弛は街中を歩いていたときに、偶然会った俺たちに何気なく声をかけただけなのだと思う。しかし、一方の火狭は俺たちと遭遇してしまったからなのか、それとも土館の姿を見たからなのか、非常に不機嫌そうに見える。


 逸弛は微笑みながら、自分がした質問の答えが返ってくるのを待っていた。俺はそれに答えようとしたが、先ほど土館に色々と恐怖の感情を植え付けられたからなのか、上手に声を出すことができなかった。


 そのとき、土館は逸弛と火狭に会ったことによって心底動揺しているらしく、目を真ん丸にしてその場で硬直してしまっていた。おそらく、まさか二人に会うだなんて思ってもいなかったのだろう。


 土館には悪いが、今回ばかりは逸弛に助けられたと思う。これで、先ほどまでの俺にとっての不利な状況からはなんとか脱出できそうだからな。


 俺と土館が逸弛の質問に答えようともせず、その場を沈黙が支配する。そして、そんな気まずい雰囲気のまま三十秒くらいが経過したとき、突然、火狭が口を開いた。火狭は逸弛に密着したまま土館のほうを向いて、やけに憎々しく、さも嫌味のように言う。


「……あんた、今日だけはあたしと逸弛の邪魔をしないでよね? 最近は色々あってあまり遊びに行けてなかったから、今日は久し振りの二人きりのデートなのよ。あたしも、こんなところであんたと言い合って逸弛との大切な時間を潰すつもりはないから」

「……っ」


 火狭にしては珍しいことに、あらかじめ自分の状況や気持ちを言った上で、土館と喧嘩する意思はないと宣言した。普段ならば、そんな前台詞なんてなしに罵倒合戦になるというのに。やはり、火狭の中で、逸弛とのデートを楽しみたいという気持ちが土館を打ち負かすという気持ちに勝ったのかもしれない。


 だが、正直いって、火狭のその台詞は土館にとってはただの嫌がらせでしかなかった。火狭の今の台詞の言い方もそうだが、土館が逸弛のことを好いていることを知っているはずなのに、その逸弛とデートをしていると言うのは喧嘩を売っているようなものだ。


 火狭の心情としては、土館と喧嘩をして無駄に時間を使いたくないけど、土館には絶対に負けたくない、といったところなのだろう。だからこそ、そんな風に心ない台詞が平然と口から出せるのだ。


 俺が仲裁に入って、今にも目の前で始まってしまいそうな争いを止めるべきか。それとも、何か別の方法で二人の意識を逸らすべきか。


 とりあえず、俺が何かテキトウなことを言って、その間にもう少し深く考える時間を作ろう。そこまで考えたとき、俺はそれを実行に移そうとした。しかし、その直前、その喧嘩が開始される前に終了に追い込む台詞は意外なところから飛び出した。


「あいにくだけど、私も今日は火狭さんとは争うつもりはないの。今日はこっちにもこっちなりに特別な事情があるからね」

「……何それ、珍しいわね。まさかあんた、表面ではそんな風に強がって見せて、本当は裏で何かしようとしているんじゃないでしょうね?」

「まさか。そんなこと、あるわけないじゃない。私が今言ったことは全て本心であり、ただの事実よ。それに……」

「!?」


 火狭も土館も互いに相手のことを睨み付けているにも関わらず、二人の間で争いが勃発しそうな雰囲気はまるでなかった。そして、土館は自分の言い分を信じようとせず、むしろ疑いをかけてくる火狭に対して、それをやめさせようとしたのか、街中を歩いていたときのように俺の左腕に抱き付いてきた。


 ……って、え?


「今日は、私の彼氏は冥加君だから」


 まるで予想できない土館のその台詞に、俺と逸弛と火狭は例外なく驚いていた。その中でも、俺は特に驚いていたと思う。


 まさかあんな嫌な雰囲気になってしまった後にもう一度土館に抱き付かれるとは思ってもいなかったし、まさか土館がそんな爆弾発言をするとは思ってもいなかったし、まさかそれを逸弛と火狭の目の前でするとは思ってもいなかったからだ。


 逸弛は動揺している俺と火狭よりも早く正常に戻り、俺と土館の姿を何度か交互に見始めた。そしてしばらくしたとき、何かは分からないが納得したらしく、数回頷いた後、俺のほうを見て微笑んだ。


 一方の火狭は、まさか土館がそんなことを言うとは思っていなかったらしく、俺同様にかなり驚いた様子だった。しかし、しばらくすると、ようやく今の状況を理解した様子で、吐き捨てるように土館に言った。


「ふんっ。あんたもあんたで、そんな風に余計な見栄を張っちゃって。そんなことだと、むしろそんな自分勝手なことに利用されている冥加が可哀想に思えてくるわね。ねぇ、冥加?」

「え? えっと――」

「火狭さんが何と言おうが、今日は冥加君が私の彼氏であることには変わりないわ。それに、冥加君だって、さっき私に抱き付かれたときに『もっとくっ付いて欲しい』って言ってくれたし、何も問題はないわ。そうよね、冥加君?」

「あ、ああ。うん」

「あはは。いや~、ようやく對君と誓許ちゃんがね~。それに、僕と沙祈以外にもカップルがいたとはね~」


 火狭が土館に嫌味を言ったり、俺に会話を振ったり、土館が火狭に言い返したり、俺に会話を振ったり、逸弛が空気を読めていない余計なことを言ったり、と。もはやこの場は収集がつけられなくなってしまっていた。


 というか、今逸弛が言った『ようやく』ってどういう意味だよ。それではまるで、前からそうなるかもしれないって思っていたみたいじゃないか。


 それはともかくとして、火狭と土館が喧嘩せずに済みそうならそれで構わないし、俺も土館に抱き付かれたり『私の彼氏です』と言われるのは気分の悪いものではない。それに、様子がおかしかった土館はもうすでにどこかに消えたみたいだ。


 だから、俺としてはこの状況がしばらく続いても構わないのだが、とにかく色々とおかしかったのだ。


 俺は未だに動揺したままで、逸弛は何か微笑ましいものでも見るような表情で生暖かい視線を俺と土館に向けている。


 もうどうにでもなれという風に投げやりな気持ちになっていた俺だったが、どうやらそんな心配は必要なかったらしい。その理由は、次の土館の台詞によってこの場がいとも簡単に解決されたからだ。


「それじゃあ、私と冥加君はこれからもデートの続きをして楽しむから。せっかくの休日なんだし、火狭さんも逸弛君と楽しんできたら? デート」

「あんたに言われなくても、元々そのつもりよ! ほら、こんなやつ放っておいて、さっさと行こう! 逸弛!」

「ちょ、ちょっと待ってよ、沙祈! 何も、そんなに引っ張らなくても――あ。對君、誓許ちゃん。また月曜日、学校でねー」

「あ、ああ。またな」


 そうして、火狭はやけに不機嫌そうに歩いて行き、逸弛はそんな火狭に引きずられるように、俺と土館と分かれた。あとに残ったのは、未だに動揺を隠せないままでいる俺と、そんな俺に抱き付き続けている土館だけであった。


 というか、逸弛も彼女の火狭がああいう性格だと何かと大変そうだな。才色兼備ではあるものの性格にやや難があり、常時情緒不安定な火狭みたいな女の子を彼女にするとあんな風になるのか。参考になるかどうかは別として、覚えておこう。


 俺と土館は、少しずつ遠ざかって行く逸弛と火狭の後ろ姿を見ている。しだいに俺の動揺は治ってきたらしく、心拍数や発汗も随分と元に戻っているような気がした。そして、あの二人が途中の曲がり角を曲がって完全に見えなくなったとき、ふと俺は土館に話しかけた。


「……土館。あれで良かったのか?」

「何で?」

「『何で?』って、土館は逸弛のことが――」

「さっき火狭さんに言った通りだよ、冥加君。今日は、私の彼氏は冥加君なんだから。それに、こうして私のことを遊びに誘ってくれた冥加君を裏切るようなことはできないでしょ?」

「まあ、それもそうかもな……土館なら、たぶんそう言ってくれるような気がしたよ……」


 土館は大丈夫だと言っているが、本当によかったのだろうか。土館は、火狭という絶対不変な恋人がいる逸弛のことを異性として他のどの男子よりも好いている。それなのに、その逸弛本人の目の前で俺なんかと恋人のふりなんてしてしまうとは。


 土館があの台詞を言ったときの二人の様子を見る限りでは、火狭は土館の嘘に気がついていたみたいだが、逸弛は俺と土館が付き合っていると解釈してしまっているみたいだった。何やら意味不明な単語も付け加えられていたし。


 今回のこの一件が、土館の想いが逸弛に伝わることをさらに阻む大きな壁になってしまうことくらいは誰にでも容易に予測できる。


 女の子にとって、自分の恋心が虚しく終わってしまうということほど悲しくて辛いことはないだろう。叶わないほうがいいだとか、何か別の方法があると考えている子もいるかもしれないが、普段の様子を見る限りでは土館はいつかは逸弛にその想いを伝えようと考えていたはずだ。


 それなのに、土館はそこまでのリスクを冒してまで、俺と一緒に残りの時間を過ごす選択をした。おそらく、そう簡単に何度もできるようなことではないだろう。俺の好きな子が俺のために自分の想いを犠牲にしてまで行動してくれた。そのことについては俺も嬉しい限りだが、どうしてもそれと同時に大きな罪悪感も感じてしまうのであった。


 しばらくの間、土館は俺に満面の笑みで微笑みかけてくれていた。しかし、抱き付いていた俺の体から少しだけ自分の体を離し、少し俯き加減になりながら暗くなってしまった。


「……うるさい……分かってる……でも――」


 俺が落ち込んでしまっている土館に声をかけようかどうしようかと考えていると、ふと土館のそんな小さな声が聞こえてくる。だが、その声は俯いているからなのか、それとも余程声量が小さいからなのか、途切れ途切れでしか俺の耳に入ってこなかった。


 土館の一人言なのだというくらいは分かっている。やはり、土館も逸弛と一緒にいたかったのだろう。俺なんかよりも、優しくて何でも誰でも受け入れられそうな性格をしている逸弛のほうがよかったのだろう。そんなことを考えていると、何だか胸が苦しくなる。


 俺は、落ち込んでしまった自分の気持ちを治す意味合いもか兼ねて、何か気の利いた一言を土館にかけようと決心し、土館に話しかけようとした。しかしその直前、俺よりも先に土館が声を発した。


「さて! それじゃあ、冥加君! さっさと次に行こう?」

「え? いいのか……?」

「いいのいいの! さっきも言ったけど、今日の私の彼氏は冥加君なんだから。それに、冥加君が望むのなら……少しアレなことも別に……」

「マジすか」

「あはは。冗談だよ、ジョーダン。さぁ、行こう?」


 『アレ』って何だろう。気になるな。まあ、特に追求するつもりはないが。


 土館は逸弛の目の前で俺なんかと恋人のふりをしたことを後悔している様子を見せたかと思いきや、急にこの変わりようだ。まさか、土館の中で何かが吹っ切れてしまったのではないだろうか。


 そうでなければ、普段はお淑やかで落ち着いた雰囲気の土館がそんなことを言うわけがない。まあ、もし一パーセントでもその可能性があるのならばしたかったが。


 俺に天使のような笑顔を見せている土館に対して少々やましい想像をしながら歩いていると、先ほどの台詞に続けるような形で土館が俺に声をかけてきた。


「まったく、本当に困っちゃうよね。冥加君はそんなに悪い人じゃないのに、何であんなことを言うんだろうね。冥加君は私のことを気遣かって、今日せっかく遊びに誘ってくれたのに」

「……え? どういう意味だ?」

「ああ、あのね。ほら、昨日、海鉾ちゃんと木全君と三人で学校に残って話しているときにふと言われたことなんだけど。まさか、そんなことないもんね」


 俺は残りの数時間を土館と一緒に楽しく過ごそうと思っていた。それが、本人にとっては取り返しのつかないことをしてしまった土館へのせめてものお礼だと思っていたから。


 そして、俺はこれまで通りこれからもずっと土館のことを好きでいよう。俺に見せてくれたあの笑顔を絶対に忘れないでいよう。そう思っていた。


 しかし、それらの考えは次の土館の台詞によって全て崩れ去った。


「あの二人に、『冥加君が地曳ちゃんや天王野ちゃんを殺した犯人かもしれないから気をつけておけ』って言われたんだよ」

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