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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第十四話 『連絡』

 昨日、地曳と天王野に続いて今度は金泉が殺された。しかも、最初の二人と同様に凶器はナイフで、その死体からは本来あるはずのPICが奪い取られていた。そして、俺の記憶とは噛み合わない点が存在する今回の金泉の殺人現場。俺たちが分かっている情報や法則も随分と増えてきたはずなのに、その明確な解答は一向に全容を現そうとはしない。


 というか、警察は三人の人間を殺した犯人を捜して捕まえるという重要な仕事をしっかりと遂行できているのだろうか。昨日、金泉の殺人現場のことは遷杜が通報して説明してくれていたが、まさか、最近は事件も事故も起きなていないからといって捜査の方法を忘れたなんてことはないだろう。だからたぶん、そのうち俺の友だちを三人も奪った犯人を捕まえてくれる。そう信じたい。


 そして、何事もなく平和に終えるはずだった一日は金泉が殺されるという悲劇によって終わり、次の日の土曜日。元々の俺の予定では、逸弛と火狭を除いた五人で気分転換という名目でどこかへと遊びに行くつもりだった。


 でも、土館以外の三人にそのことを言っていないときに金泉が殺されてしまい、俺は遷杜と海鉾を気分転換に誘うことができなかった。遷杜は何かに対して酷く怒っているみたいだったし、海鉾は友だちが殺されたことに悲しんでいるみたいだった。


 さすがの俺も、あんなつらそうな表情をしていた二人に『明日、気分転換代わりにどこかに遊びに行こうぜ!』なんて無神経なことを言う気にはなれない。それに、もしそんなことを言ってしまうとまた遷杜に胸倉を掴まれそうだし、そもそも非常識極まりないだろう。


 だから、元々は俺から誘ったことであり本命である土館は生きているのだから、せめて俺だけでも土館と一緒に気分転換に行かなければならない。いや、義務とかそういう問題ではない。俺は俺の思った通りに行動する。


 しかし、俺は土館の心をこれ以上傷付けないために金泉が殺されたことを隠した上で、俺と土館以外の三人が遊びに行けなくなったことを伝えなければならない。昨日電話をかけたときは全然緊張しなかったのに、今は心臓がどこかへと飛んでいってしまいそうなくらい心拍数が多くなっている。


 俺はできる限り緊張して高ぶっている気持ちを落ち着かせ、PICを操作して土館に電話をかけた。そろそろお互いの顔が見えるように音声通話ではなく映像通話にしてもよさそうなものだが、今日ばかりは絶対に無理だ。今の俺は汗だくになっていて疲労と緊張のあまりやつれてしまっているし、土館だけにはそんな頼りない姿は絶対に見せられない。


 一回一回の呼び出し音が俺の体に響き渡るような感覚に陥りながらも、その後三十秒程度の間、俺は一言も喋らず微動だにせずに土館が電話に出てくるのを待った。そして不意に、俺の緊張の原因を作っているといっても過言ではないその少女の声がPIC越しで俺の耳に聞こえてきた。


『……はい……もひもひ……?』

「あ、土館か? えっと、今日のことなんだけど――」

『ふにゅ~……お姉ちゃんならまだ寝てるよ~……ねみぃ~……おやすみぃ~』

「え? あれ、ちょっと――」


 電話相手の少女は俺の質問に答えようともせず、そう言った後布団の中に入って寝たのか遠くのほうでがさがさという音を聞かせた。もしかして、この子は昨日と同じように土館の妹なんじゃないだろうか。というか、今はもう午前十時だぞ。流石にまだ寝ているなんてことはないだろうし、昼から出かけるとすればそろそろ起きて用意しておいたほうが無難な時間帯だ。


 いや、でも、今土館の妹は『お姉ちゃんならまだ寝てる』と言っていたし、本当に寝ているのかもしれない。もしかすると、実は土館は朝に弱いタイプの女の子で、休日は昼頃まで寝ていたりするのだろうか。まあ、どちらにせよ今日の予定について、時間的にもそろそろ話しておかないとまずいから、土館の妹に起こしてきてもらおう。


 そういえば、土館本人よりも土館の妹のほうが俺からの電話にすぐに出られたということは、二人は一緒に寝ているのだろうか。さっきも、がさがさと布団の音が聞こえていたし。基本的に寝るときや風呂に入るときくらいはPICを外すが、それでもあまり遠いところに置いていると不便が生じることがあるからな。だから、布団のすぐ近くにPICがあっても不思議ではない。


 そう考えると、案外仲がいい姉妹なのだということが伺える。昨日の電話をかけたときにも分かったが、土館の妹が土館のPICの暗証番号を知っていたこともあるし。姉妹の仲がいいというのは微笑ましいものがある。


 今気がついたのだが、もしかして昨日俺が土館に電話をかけたとき、土館は風呂に入っていたのではないだろうか。さすがに、夕方から寝ていたなんてことはないだろうし。そうなると、PICを外してしなければならない作業なんてものは風呂くらいしかない。それなら、土館よりも土館の妹が先に俺からの電話に出たことや、その後すぐに土館が電話に出たときにやけに焦っていたことにも頷ける。


 ……ん? ということはつまり、俺と土館が電話していたあのとき、土館はバスタオル一枚か薄着だけの格好だったんじゃないか!?


 土館の制服姿だけでなく、私服姿や体操服姿や水着姿なら去年から何度も見ているが、バスタオル一枚という過激な姿はさすがに見たことがない! 実は結構胸が大きくてスタイルがいいあの土館が全裸同様の……って、何で俺は最終的にこういう思考に落ち着くんだああああああああ!! 色んな意味で土館に失礼だろ!? というか、一昨日火狭と電話したときも似たようなことを考えた気がするぞ!?


 まだ電話をかけている最中だというのに土館に対しい失礼極まりないことを考えていた俺は無駄に荒ぶっていた感情を抑え、すやすやと可愛らしい寝息が聞こえてくるPICの向こう側にいる土館の妹に呼びかけた。


「もしもーし、土館の妹さーん。お姉さんを起こしてきてはもらえませんかねー」

『うみゅぅ……お姉ちゃん、昨日は何だか疲れたみたいでいくら起こしても起きないよ~……私もねみぃし……スヤァ……』

「『スヤァ』って、自分で言う台詞か? まあ、そんなことは今はいいんだ。それじゃあ、あとどれくらい待てば起きそうか分かるか?」

『……お姉ちゃ~ん、あと何分したら起きられる~? ……え~? ……うん~? ……あと三――』

「三分?」

『いや……三時間だって~……』


 長いわ。


 PICの向こう側から、寝ぼけながら言っているのか明らかに眠そうに『お姉ちゃん~起きて~』みたいな感じの土館の妹の声が聞こえてくる。というか、『昨日は何だか疲れたみたい』って何をしたんだろうか。夜遅くまで姉妹仲良く遊んでいたとかそういうことなのだろうか。やはり、微笑ましい姉妹だな。


 そういえば、土館の妹を呼ぶときにわざわざ『土館の妹』と呼ぶのは少々言いづらいし、名前で呼ばないのは何だか可哀想だ。この子にだって名前はあるはずだしな。せっかくの機会だから聞いてみよう。寝ぼけているみたいだからはっきりとした答えが返ってくるかは分からないが。


「土館が起きる前に聞いておきたいんだが、土館の妹って何ていう名前なんだ?」

『……名前~? うーん……ないよ~?』

「え? でも、土館の妹なんだろ?」

『うん……だけど、ないものはないし~』

「そ、そうか……」


 もしかして、何か複雑な事情がある家庭なのだろうか。いや、たとえそうだとして苗字が『土館』ではないとしても、下の名前くらいはあってもよさそうなものだが。やはり、寝ぼけているのだろうか。いくら寝ぼけていても自分の名前くらい言えるのでは、とも思ってしまうが。


 名もなき土館の妹の声が聞こえなくなった後、どうやって土館に今日の予定を伝えようか考えていると、不意に俺の耳に一人の少女の声が聞こえて来た。


『……もしもし、冥加君……?』

「あ、土館か? よかった、話せなかったらどうしようかと思っていたところだったんだ」


 どうやら土館の妹が起こし続けてくれたお陰でようやく土館が起きてきてくれたらしい。


『ごめんね。昨日はちょっと、その……色々あって。それで、中々起きれなかったの。普段ならもっと早くに起きているんだけど』

「何かあったのか? 悩みがあるのなら、まずは俺に言ってくれよ?」

『……悩み……ううん、大丈夫。たぶん、そのうち自力で解決できると思うから』


 土館は土館の妹同様に、まだ意識が完全に目が覚めていない様子でやはり眠そうにしながら俺の台詞に返答した。土館の妹の台詞から土館の家庭事情がやや心配で、恋愛事情以外に何か悩みがあるのかと思ったが、本人が大丈夫と言っているのならそこまで心配する必要もなさそうだ。


 それに、何はともあれ、これでようやく土館に本題を話せるようになったからよかった。あと、実は土館は朝に弱いなんてことになれば、俺の中での『土館誓許』の高貴なるイメージが少し崩れてしまいそうだったからそういうことに関してもよかった。


 土館の台詞の後、昨日何かあったせいで疲れているのか一度だけ溜め息も聞こえてきた。だが、俺はそういうことはあまり聞かれたくないと判断し、本題に入るためにそのまま土館に話しかけた。


「えっと、それでだな。今日のことなんだけど、俺と土館以外の三人は用事があるみたいで行けないらしいんだ。昨日、一応誘ってはみたんだけど」

『え、そうなの? 金泉ちゃんと海鉾ちゃんと木全君が?』

「……あ、ああ。みんな、家の用事があるとかで」


 土館が金泉の名前を言ったとき、俺は不意に昨日見た金泉の死体を思い出してしまった。全身をナイフで切りつけられて血まみれになり、内臓が少し見えてしまっている、金泉のあの悲惨な光景を。今思い出すだけでも、軽く吐き気を覚えてしまうほど二度と見たくないような光景だ。


 でも、土館には絶対に言う訳にはいかないし、悟らせるわけにもいかない。そのうち……月曜日になれば必然的に知ることになるが、今はまだそういうわけにはいかない。これから土館に気分転換をさせるというのに金泉が死んだことを伝えてしまってはそちらのほうにばかり気を取られかねないからな。


 それに、土館はほかのみんなと比べたらかなり繊細な心を持っている女の子だ。実際に、地曳が死んだことを知ったときもまるで信じられないといった様子で驚いていたし、天王野の殺人現場を見たときも誰よりも悲しんでいた。そんな子が地曳と天王野よりも仲がよかったであろう金泉の死を知ってしまったらどうなるかなんて、容易に予測できる。


 そして、俺が次の台詞を発しようとしたとき、先に土館が予想外なことを俺に聞いてきた。


『……冥加君。もしかして、昨日何かあったの?』

「え!? あー、いや、何もないぞ。うん、何もない。昨日はいつも通りの平凡な一日だったな……何でそう思ったんだ?」

『何だか、冥加君が私に何か大事なことを隠しているみたいだったから』

「そ、そんなことないって」

『本当に?』

「ほ、本当本当。とりあえず、今日は他の三人は行けなくなったから、俺と土館だけで行くってことになるけどそれでもいいか?」


 危ない危ない。土館が俺がまるで予想していなかったことを言ってきたから、思わず口を滑らせて金泉が死んだことを言ってしまいそうになった。俺が言ってしまったら、せっかく遷杜や海鉾と金泉が死んだことを言わないと決めたのにそれが無駄になってしまう。まあ、一応ごまかせたみたいなのでよかったが。


『ふふっ。うん、それじゃあ二人きりで行こっか』

「……ん? 何で今笑ったんだ?」

『ううん、何でもない。何だか、休日に男女二人きりで遊びに行くなんて、デートみたいだなって思ったから』

「……は、はい!? デ、デート!?」


 先ほどの土館の台詞とはまた別の意味で予想外な台詞を言われた俺は激しく動揺した。それはもはや、驚きのあまり自分が座っていた椅子から転げ落ちてしまいそうになるくらいの……いや、実際に転げ落ちて背中を強打したくらいのものであり、それはもうとにかくびっくりした。まさか、土館にそんなことを言われるとは思っていなかったからだ。


 動揺と背中の痛みのあまり何も声が出せなくなっていた俺に気がついたのか、PICの向こう側からは土館の可愛らしい笑い声が聞こえてくる。


『あはは。そんなに焦らなくても大丈夫だよ、元々は五人で行く予定で、それが二人になっただけだからね。それじゃあ、せっかくだしお昼も一緒に食べたいから、十二時に第六地区のS-4エリアの中央噴水前でね』

「あ、ああ……」


 てっきり土館も多少なりとも男女二人で休日に遊びに行く(しかも昼食も一緒に食べる)ことについて意識してくれているのかと思ったが、どうやら俺の思い違いだったらしい。俺ばかりが勝手にデートだと思い込んで動揺していたのが恥ずかしいじゃないか。


 土館の台詞に俺が返答した後、電話が切られてPICから虚しい電子音が聞こえてくる。その音が今の俺の精神を余計に恥ずかしさや後悔のどん底に突き落としていた。それは、比喩だとかそういうものでもなんでもなく、その言葉通りの意味だった。


 だが、俺は立ち直る。これくらいでへこたれていてどうするというんだ。これまで約一年半もの間、俺は土館には様々な方法でアプローチしたが、土館は逸弛のことばかり見ていてまったく相手にしてくれなかったじゃないか。だから、俺がいくら期待したところでこの気持ちが伝わることなんてないんだ。だったらいっそ、吹っ切れてしまえ。


 ……今日は土館とデートだ。少なくとも、俺の中ではそういうことにしよう。うん。

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