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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第十三話 『疑惑』

 明日、俺は逸弛と火狭を除いた友だちグループの五人で、気分転換としてどこかへと遊びに行くつもりだ。わずか三日間で友だちを二人も失ったことや土館が火狭と喧嘩したことによって、みんなの中にもストレスが溜まっているだろうと思い、遊びに行くことで少しは解消されるだろうと思ったからだ。


 とはいっても、それは俺が一人でふと思いついて勝手に実行しようとしただけのこと。とりあえず、本命だった土館は俺の誘いに乗ってくれた。その後、俺は嬉しさのあまり有頂天になっており、家に帰ったらまずは何をしようかと考えていたとき、不意に遷杜から電話がかかってきた。


 その電話で遷杜から信じられないような台詞を聞いた俺は、それまでの高揚した気分が一気に冷めていく感覚に陥った。そして、電話を切り、遷杜に指定された例の場所に行った。


「遷杜!」


 遷杜に指示されて俺が向かったのは、つい先ほど俺が金泉と二人きりで話をしながら通り過ぎた、様々な研究所が立ち並ぶ第二地区多種研究施設密集区域V-5エリアだった。


 下校中の突然の呼び出しだったため、俺は特に心構えもできていないまま、荒い息遣いの状態まま、ようやくその場所へと到着した。到着早々にその現場を見てみると、俺が来たことに気がついたのか遷杜がこちらを向いて立っており、そのすぐ近くには海鉾の後ろ姿も見えた。


 今のところ、ここには俺たち以外の人はいない。見渡す限り白一色の研究所が整然と立ち並んでいるばかりで、車道がないために自動車も通らない。研究所以外の建物はもちろん存在せず、人工樹木すらも一本も植わってはいない。


 先ほど金泉と会話をしながら歩いていたときはあまり気にならなかったが、この場所は普段俺たちが住んでいる世界とはまったく別の場所なのではないかと思えてしまうほど、異質な雰囲気の場所だった。今年は二一二三年だが、さらにその百年後にでも来てしまったのではないかという錯覚に陥ってしまいそうになるくらいに科学的な不思議な場所だった。


 そんな異質で真っ白でどこまでも続く研究施設密集区域の一部分に、遷杜と海鉾ともう一人がいる。俺はその光景を見た瞬間、思わず自分の目を疑った。この悲惨な光景は何なんだ。何でまた、あの二人と同じようなことになってしまったんだ。


 俺はその光景の悲惨さと残酷さに恐怖し、またしても友だちを一人失ってしまったことに絶望した。


 海鉾は自分が着ていた制服の前面部分や顔に大量の血を付着させて、真っ赤な水溜りの上に膝をついて座っていた。そして、その海鉾が泣きながら両手で抱きかかえていたのは、全身にいくつもの切り傷や刺し傷がある血まみれの金泉の死体だった。


 金泉の体はぐったりと力なく海鉾に体重をかけるような形で身を委ねており、全身のいたるところにあるそれらの傷口からは今も血が流れ続けている。また、そんな二人の足元にはまさに血の海と呼べる真っ赤で大きな水溜りができ上がっており、すぐ近くにあった真っ白な建物の壁には赤色の液体が入った水風船を何十個も投げつけられたかのように、何かが弾けた痕跡があった。


 目の前にあるその悲惨な光景が現実のものであることくらい分かっていたが、まだ信じられていなかった俺は、一歩ずつゆっくりとその現場へと歩いて行く。その間、遷杜は俺のことをずっと睨み続けており、海鉾は金泉の死体を抱き締め続けていた。


 金泉の死を悲しみ、その死体に顔をうずめながら泣いている海鉾の姿を見ていると、俺も余計につらい気持ちになるみたいだった。何で、またこんなことになってしまったんだ。


 つい先ほどまで金泉は俺と一緒に話しながら下校していて、ここから先の分かれ道で分かれたはずだったのに、何でその少し手前にあるこんな場所で殺されているんだ。怒りと悲しみが入り乱れる感情を必死に押さえつけながら、俺は海鉾に抱き締められている金泉の死体を見た。


 どうやら、死因は地曳と天王野が殺されたときと同様に、全身をナイフで切りつけられたことによってできた傷口から流れ出た血の量が多過ぎたことによる出血多量であると思われれる。ただ、金泉は最初に死んだ二人とは違って、狂気じみた笑みを浮かべたりはしておらず、静かに目を閉じて死んでいた。


 金泉の死体は自分の全身から流れ出た血液によって真っ赤に染まり、出血していないはずの髪の毛や顔の一部分も赤く染まっていた。また、金泉を死に追いやったと思われるナイフは今だに金泉の腹部に突き刺さっており、ナイフを力づくでねじ込まれたことで傷口がさらに広がってしまったらしい。そこからは、どの部分のものなのかは分からないが、少しだけ内蔵が見え隠れしていた。


「何で……こんなことに――」

「……っ!」


 俺は金泉の死体を見て、遷杜や海鉾の様子を伺うように一言だけそう呟いた。するとその直後、遷杜が眉間に皺を寄せて明らかに怒っているように睨みつけながら、俺の胸倉を掴んできた。俺が言った台詞が気に障ったのか、遷杜はそのまま俺に殴りかかってきそうな形相と勢いをしていた。


「せ、遷杜……?」

「……冥加、いい加減にしろ。今度は金泉に何をしたんだ?」

「な、何って……俺は金泉に話があると言われて、それで話をしながら帰っていただけだ」

「話だと? 何のだ?」

「金泉は何を根拠にそれを考えていたのか分からないが、俺が地曳と天王野を殺した犯人を知っていると思い込んでいたらしい。さっきは、それについて色々聞かれたんだ」


 なぜか遷杜に胸倉を掴まれていた俺は、首が絞まって今にも息ができなくなりそうなその状態を一刻も早く解除しようと、必死に抵抗しながら遷杜の質問に答えていった。遷杜の腕力は俺とは比べ物にならないほど強く、どう抵抗しても今の状態の解決にはならなかった。そろそろ俺の息が持つ限界のところにまできたとき、俺の台詞の直後、遷杜は不意に俺の胸倉から手を放した。


 ようやく息苦しくてつらい状態から開放された俺は何度か咳き込んだ後、全身で大量の酸素を一気に取り込むかのように大きく深呼吸をした。そのとき、遷杜は海鉾と目を合わせて何かを合図しているようにも見えたが、それが何を意味しているのかまでは分からなかった。そして、俺が地面にへたり込んでいると、遷杜が俺に話しかけてきた。


「冥加、胸倉なんかを掴んで悪かったな。さっきのお前の言い方が少し気に食わなかったんだ」

「……いや、俺ももう少し考えてから発言するべきだと分かったから、別に大丈夫だ……」


 まだ少し、首元と胸部に痛みが感じられる。遷杜があんなに怒っていたことはこれまでに一度もないし、俺の言い方が気に食わなかったからという理由で親友の胸倉を掴んでくるようなやつではないことくらいは俺にはよく分かっている。


 つまり、友だちが三人も殺されているにも関わらず、俺がまるで考えられていない軽率な台詞を言ってしまったからこそ、遷杜は俺のことを怒ってくれたのだろう。


 もし、理由もなく苦しめられていたのなら相手が遷杜であろうと殴り返していたところだが、今回ばかりは遷杜が俺のことを思ってしてくれたという風に解釈できるので、ひとまずはそれでよしとしておく。今は殴り合いの喧嘩なんてしている場合ではなく、金泉がなぜ殺されてしまったのかについて考える必要がある。


「そういえば、どうやって二人は金泉が殺されたことを知ったんだ?」

「霰華ちゃんが――」

「俺と海鉾が土館の監視を終えて、それぞれ自分の家に帰った。そして、そのときに海鉾がこの現場を見つけ、俺に連絡した。俺が来たときにはすでにこんなことになっていて、冥加を呼びつけた。それだけだ」

「……そうか」


 金泉の死体を地面に寝かせた海鉾は暗い雰囲気のまま、小さな声で何かを言いかけていたが、その台詞を最後まで言い終わる前に、先に遷杜が俺に返答した。確かに、遷杜と海鉾の自宅の方向は俺や金泉と同じ方向だったからな。寄り道か何かをしようとして研究所が立ち並ぶこの道を通っていても不思議ではない。


 それにしても、また殺人が起きてしまった。しかも、地曳と天王野のときと同じく、殺された友だちが発見される少し前に俺はその現場にいた。今回は金泉と途中で通りすがっただけのこの道で殺人は起きてしまったが、状況としては同じことだろう。


 俺が考えていると、続けて遷杜は俺に質問してきた。


「冥加。お前が金泉と途中で分かれたのは、この研究施設密集区域の中か?」

「……え? いや、俺と金泉が途中で分かれたのは、この先にある分かれ道だぞ? さっき遷杜から電話がかかってきたときも、その近くにいたんだ」

「何だと? だったら、何で金泉はこんなところに戻ってきて、しかも殺されているんだ?」

「むしろ、俺がそれを聞きたいくらいだ」


 俺たちが知っている情報だけで考えれば考えるほど、余計に状況が分からなくなっていく。今日の放課後、俺は金泉に話があると言われてテキトウに情報交換をしながら下校していた。その際に、この人気のない道も通ったがそれはせいぜい数分間の些細な出来事であり、最終的に金泉と分かれたのはもう少し先の分かれ道での話だ。


 遷杜の言う通り、それだと話は噛み合わない。もし金泉が何らかの理由で俺と分かれた分かれ道を引き返して、この人気のない道に来たときに殺されたのならまだ納得ができる。でもそうだとすると、その『何らかの理由』とは何だ?


 俺と話していたときはただひたすらに質問攻めをしていた金泉だったが、俺が地曳と天王野を殺した犯人を知らないということに納得した後は、やけに不満足そうだったがそれ以上のことは追及してこなかった。そして、俺が金泉に質問する時間も与えてくれることなく、俺たちは分かれ道で分かれた。


 俺が知る限りでは、わざわざ道を引き返すような素振りは見せていなかったし、他に考えられる理由もない。ましてや、金泉が引き返したそのタイミングで殺人犯と遭遇するなんてことは可能性としては極めて低い。だが、現に金泉は何者かによって殺されてしまった。しかし、そこまでの経緯が分からない。


 金泉の身に何があったのか、何でこんなことにならなければならないのか。俺も遷杜も海鉾も金泉の死を悲しみながら考えたが、結論は出なかった。


 もしかして、二人は俺が言った『金泉と途中で分かれたのは研究施設密集区域ではない』という台詞を信じてくれていないのだろうか。友だちからの信頼だけが俺の友人関係を築き上げている全てといっても過言ではない。俺はそれだけは絶対に回避しなければならないと思い、二人にある提案をした。


「なあ、遷杜と海鉾。もし俺の言うことが信じられないのなら、金泉のPICの移動履歴を調べてくれ。今俺のPICは調子が悪いみたいでその確認はできないが、金泉の移動履歴さえ分かれば新たに分かることもあるだろ?」


 そうだ。金泉本人がどう移動したのかさえ分かってしまえば、金泉は何で道を引き返す必要があったのか、その先で具体的に何があったのかを確認することができる。それができれば、俺が言ったことを二人に信じてもらえるし、何か有益な情報も得られるかもしれない。


 俺のPICは先ほど見たときに現在時刻の表示が少しおかしいような気がしたので、さすがに故障とかではないと思うが、その影響で俺にあらぬ疑いがかけられるのは好ましくない。だから、余計に信用を失いそうな台詞だが、俺は二人にそう言うことしかできなかった。


 あと、金泉が自分のPICの暗証番号を遷杜か海鉾に教えている可能性は低いが、金泉の家族や警察に頼めばそれくらい簡単に調べられるだろう。いや、確か金泉と土館と海鉾の三人は俺の友だちグループの中でも特に仲がいい女の子たちだったから、海鉾あたりには教えているかもしれない。いざというときのために、こういうときのために。


 しかし、俺の期待を裏切るかのように、遷杜は暗い表情で俺の台詞に答えた。


「残念ながら、それはできない。今回も同じなんだ」

「……? 遷杜、それはどういう意味だ?」

「今回も『死体からはPICがなくなっている』。しかも、金泉がいつも持ち歩いていたあの金属の塊も見当たらなかったから探したが、どこにも見当たらない」

「え!?」


 遷杜のその台詞を聞いた俺はまさかと思い、地面に寝かせられていた金泉の死体の左手首を見た。確かに、金泉の左手首には本来取り付けられていなければおかしいPICがなかった。


 しかも、遷杜のその台詞によると、金泉が愛用していた知恵の輪までもがなくなっていたという。犯人が何らかの目的でPICを集めていることはこれまでの二つの事件から分かっていたが、でも、何で知恵の輪を盗む必要があったんだ?


 知恵の輪は戦争前に比べると、それに類似する携帯用パズルが結構増えたからそこまでメジャーなものではなくなったが、現代でも少し遠くまで買いに行けば普通に手頃な値段で売っている程度のものだ。


 そのため、別にそこまで珍しいものではないはずだし、どこにでもあるような安い金属で作られていたはずだから、わざわざ海外に売り飛ばすなんて可能性も低い。


 犯人の目的は俺の友だちグループの女の子を殺すことにあるのか、それともPICを奪うことにあるのか、それともそれらとは異なるまったく別の理由なのか。俺には分からなかった。


 結局、俺が言った『金泉と途中で分かれたのは研究施設密集区域ではない』という台詞は証明されることなく、金泉殺人事件についての有益な情報が得られることもなく、俺たちは警察を呼んであとのことを任せることにした。


 また、俺はこの三人に明日俺と土館と一緒に五人で遊びに行こうと言うつもりであったが、とてもではないがそんなことを言える雰囲気ではなかった。でも、土館と約束をしてしまった以上、俺は行かなければならないが、二人のことは遊びには誘わなかった。


 代わりに、逸弛と火狭と土館には金泉が殺されたことは言わないでおこうという話をした。あの三人は恋愛関係で揉めていて特に神経質になっている。逸弛と火狭は仲直り直後でゆっくりと平和に何の心配もなく二日間の休日を過ごしたいはずだし、土館は友だちが死んだということを知ればまた悲しんで遊んでいる場合ではないと思ってしまうからだ。


 だから、このことは逸弛と火狭と土館には週明けの月曜日に話すということに決まり、今のところは俺と遷杜と海鉾だけの秘密にすることになった。しかし、この決定が後々の悲劇を誘発することになるとは思ってもいなかった。

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