00-0:繋ぎし糸/序に代えて
※視点変更
本筋理解には必須ではないですが、世界観や裏側を知りたい人向け。
苦手な方は、02-4へ
セナが、ルミア国王を前にして失神する方法を必死に考え、
ペロが、次は何の鼻歌を歌おうか呑気に考えている。
今この時より、半年前に少しばかり時間は巻き戻る。
ルミア王国の北西にある、ウィンプレン領。
三十の騎兵、五十の歩兵が平原に列を組んで並んでいた。
「皆、魔物の血はなるべく避けよ!」
青い外套の男、ルミア王国の王弟が後続の兵に叫ぶ。
彼らがこれから対峙するのは、黒い生命体『魔物』。
二足歩行のもの、四足、それに八足に至るまで、人間か、動物か、虫なのか。
一つ一つに個性があって、何と形容するのも難しい。
ただすべてに共通するのは、
黒く、悪臭を放ち、物々しい牙と角を持っている。
魔物たちの姿が、丘地から見え始める。
その数、四十か。あるいは五十か。
口から唾液を垂らして走り、血肉がある全ての物を食らおうと、ルミア王国軍にまっすぐに向かってくる。
やがて、凶悪で攻撃的な顔つきが目視できるほどに距離が近づく。
兵らは息を呑み、ある者は覚悟を決めて剣を抜き、
ある者は武者震いして槍を構える。
鞘に仕込まれた研磨器が擦れて、鋭い音が次々と響く。
接近戦の時が、いよいよ近づいてくる。
「火司りし法行、来るものは灼熱を、行くものは楽喜を与えん!
―――ファイアー!」
数百メートル背後にいる三人の魔法士から、魔物に向けて攻撃が放たれた。
火炎の球が、最前線を走る四足のイノシシのような魔物に当たる。
その瞬間に、炎が巨体を包んで激しく燃え上がった。
「これ以上、ルミアの領土に一匹たりとも足を踏み入れさせるな!
かかれーッ!」
勇敢なる王弟は、馬の腹を蹴る。
その合図に、兵らが雄叫びを上げて続く。
数十秒もたたずに、人と魔物の乱戦になった。
刃が肉を割く音、踏み潰される人間の悲鳴、魔物の絶叫、攻撃魔法の爆炎。
それらが、平原に混沌と響き渡る。
決して、人間が勝てない戦ではなかった。
一人いれば、戦況をひっくり返しかねない魔法士が三人もいる。
「殿下! 後方より魔物襲来!―――その数、二十体!」
王弟は馬上から振り返った。
魔法士らが無惨にも喰われ、殴り殺されている光景に、奥歯を噛みしめる。
背後からの奇襲。
陣を敷く時に確認してあったにも関わらず、どこからともなく魔物は現れる。
魔物は、この百年にも満たぬ間に、驚くべき速さで増え、更に成長して進化した。
これらは、全てマナ異常によると古くから伝えられている。
王弟の脳裏に教典の一句が過った。
『理環に外れし時、すべてが乱れ、やがて崩壊す。
土地が枯れ、魔物が増え、すべてが悉く死に絶えるだろう』
「殿下!退却ください!」
長らく戦場を共にした騎士の声が響いた。
後方にある町の光景が、目に浮かぶ。
――――人々が暮らす温かな家々、賑わう市場、子らが走る小さな広場。
「ならぬ!ここで必ず食い止めねば、ウィンプレンの町はどうなる!
戦え!先へ行かせるな!」
勇敢なる王弟は、斧を持って襲い来る二足の魔物に向かいながら、
そう最後に言った。
混戦の末に、人間は魔物に勝利した。
王国軍は、ウィンプレンの町を守った。
最後まで大地に立っていたのは半数。
その中に青い外套を着た者はおらず、物言わぬ姿でルミア王城に運ばれた。
謁見の間に運ばれた弟の遺体を前にして、ルミア国王アントン・ヴェダ・ルミアは、
悲しみに暮れ、未来を憂いて声を上げて泣いた。
しかし、これは既に、幾つもの選択が積み重なった末の因果にすぎない。
このアントン王が早々に王位を退いていれば、遺体は王弟ではなく別の者だった。
王弟こそが王冠を被り、その死を悼んで泣いていただろう。
ただ、『北の王』が涙するのは、四百年前から決まっていたことだった。
「陛下、大変申し訳ありません」
老年の宮廷長官が、王に近づいて耳打ちした。
声が僅かに震えている。
「星霊が拝謁をと。お姿が、あの時とお変わりません」
王は顔を上げた。
気まぐれに現れる預言の種族『星霊』。
破壊と再生を告げ、過去未来を識る、人ならざる者。
「お久しゅうございます、ルミア国王。
――――二十年前は王子であられました。戴冠のお祝いを申し上げます」
黒髪の少女が、薄い笑みを浮かべながら言った。
まるで彼女には、ルミア国王の側にある棺が見えていないようだった。
国王は、流れる涙もそのままに拳を握りしめる。
今や、国のあちこちで土地が枯れ、魔物が増え続けている。魔者もだ。
その上、頼りになる優秀な弟を亡くした!
果たして、王で在ることは祝われる事なのか。
しかし、国王は言い返す気力もなかった。
それに、この恐ろしい預言者に、現状を打破する助けを乞わねばならなかった。
「……星霊。どうか、どうか頼みます。
あの時のように力を貸していただきたいのです」
「はい。既に、星から託宣を受けています」
星霊が微笑み、ルミア王アントンは息を呑んだ。
「北王、落涙し願う時、門への道が開かれん。
門をくぐりて辿りし者、北上して内に進み、是を知り得て、知り得ざる」
星霊は清涼なる美しい声で続ける。
「―――今まさに、門への道が開かれました。
天地のマナに干渉し、この異常を止めることのできる唯一の存在――フィブラリスを、迎えることができるはずです。
ゼラート魔導都市国家にも協力要請をすべきでしょう。
時はさほど残されていません。ご決断を」
濃紺の瞳は、何も映していないようで不気味だ。
ルミア国王は、ただ頷く術しか持ち合わせていなかった。
あらゆるものに、マナが巡る。
自然、人、動植物、無機の鉱物。
それは、数多の世界も同様に巡っていた。
長い時の流れの中で、
幾つもの世界がマナ異常の危機を迎え、再生と崩壊の道を辿ってきた。
再生のためには、無限の記憶庫から、
世界と同じマナの配列を持つ適合者を見つけ、彼らの到着を待つしかない。
世界そのものは、崩壊するにも再生するにも抗わない。
だが、そこに生きる者たちは違う。
誰だって、自分の世界が滅びるのを黙って待っていられない。
しかし世界も、その地に住まう者たちも、マナの流れを正せない。
それを修復できる適合者は、必ず遥か遠き異なる界に存在している。
そして彼女が触れたスマートフォンに、異界への招待状が届いた。
けれど、これは『魂基配列』と身体が適合すれば、誰のもとにも起こりうる。
また月が満ちた。
まるで、誰かを探すように。




