02-4:湯と路銀。そして、名前
再び時が戻り、現在のルミア王城。
謁見の間の扉が開かれ、9人が、ゆるく半円を描くように並んでいる。
ペロが先導してスイーっと宙を飛んで行き、
9人から2メートルほど離れた場所に止まった。
(どう見ても真ん中のオジサンが国王で、
左の5人が王家、右3人がお偉いさん…? なんでこんな事に…)
内心とは裏腹に、セナは背筋を伸ばし、口角を少し上げてペロに続く。
オドオドした態度は、こういった時は悪手だ。
何よりも、ペロが居る。
鼻歌は歌うし、不要な一言どころか多すぎるが、一人でいるよりも断然心強い。
中央に立つ国王らしき壮年の男と目が合うと、
彼は驚いたように目を見開いた。
白髪混じりの藍色髪、アンバーの眼。
金糸の刺繍が入った青い衣装だけ見れば、確かに王らしい。
けれど顔立ちは、ちょっと頼りなさそうな、気の良い普通のおじさんに見えた。
その彼が口を開く。
「精霊ペロ、星霊。フィブラリスはまさか…」
「ああ、ここに居るセナがそうだ! 救世の勇者サマと呼べよ!」
ペロの恥知らずな紹介を止められる空気は一切無かった。
18個の目玉が向けられ、突き刺さるようだ。
まるで、動物園の檻の中に居るみたいだった。
セナはウンザリしたけれど、顔に出すわけにはいかない。
国王がセナに一歩近づき、指を組み三角を作った。
「よくぞ我が国に参られた、フィブ…いや、勇者殿。
伝説に会えるとは、なんと幸運なことか」
「……初めまして。お会いできて光栄です」
なんと返答していいか分からず、セナはテンプレ回答に笑顔を添える。
動物園から一転、初対面同士の気まずい微妙な雰囲気が漂う。
もっとシリアスで堅苦しく、
面倒そうな展開を予想してたセナは、国王の親しみやすい挨拶に少し拍子抜けした。
「ルミア王。遠路遥々、勇者殿は天なる道を通じて参られた。
その疲労たるは千里駆けると同義。我らとしては、早々にお休みいただきたい」
王が口を開こうとすると、
背後にいる、デコッパチなジェラルドが淡々と言った。
有難い気遣いだ。
けれど、異界渡りでは数歩しか歩いていない!
「そうか…。歓迎の宴でも開こうと思ったのだが…」
王は、明らかにガッカリした様子で、
チラッとセナの方へ視線を向けてきた。
もっとやめてほしい!
気遣い120%を要するイベントだ!
セナは手のひらをひっくり返して、宴を阻止してくれたジェラルドを内心で讃える。
しかし内心はどうあれ、セナは微笑して軽く目礼を王にしておいた。
すると、王は何と受け取ったのか満足そうに大きく頷く。
「陛下、私も一度ご挨拶差し上げたい。ご許可いただきたく」
セナから見て国王の左隣、
同じ髪と目色を持つ青年が王に視線を向けた。
吊り上がった右目と、髪に隠れた左目のせいか、ずいぶんと冷たくて暗い印象を受ける。
動きも軍人のように無駄がない。
おそらく親子なのだろうが、雰囲気はまったく違う。
それに、王との親しさも僅かも感じられなかった。
「おお、そうだな。勇者殿。我が子らだ。
私の隣からイーサン、ハイディ、ハワード、カーラ、レジーヌ」
王は覚えさせる気も、挨拶させる気もないらしく、次々と名だけを上げた。
しかも早口のせいで、彼らの名前は、セナの右耳から左耳に流れていく。
カタカナ名が多いのは厳しい。
せめて、佐藤、鈴木、高橋、田中あたりならば、セナもギリギリ覚えられたかもしれない。
ただ、挨拶をしたいと言った冷たい目の青年――イーサンだけは、なんとか記憶の端に引っかかる。
2人の王女が恭しく三角ポーズを作り、膝を折って頭を下げた。
残りの2人の王子と、その間に挟まれた王女も手で三角を作り、小さく頭を下げる。
セナの返礼を待たず、王が続けた。
「そして、こっちが我が国の宰相、軍――」
「紹介はもういい! まずは、湯の用意だ!
コイツ、毎日入るから湯浴みがないと速攻で帰るぞ!
観光も兼ねて来てんだ! 路銀もたっぷり用意しろよな!」
ペロの要求の声が、謁見の間に意気揚々と響き渡る。
セナはギョッとしてペロを見た。
シーンと静まり返る場に、声を上げていい雰囲気は無い。
「早急に湯を用意いたしましょう」
コホンと宰相が咳払いした。
「供には、火属性と水属性魔法が扱える魔法士が必要ねぇ」
背後からセクシー美女なアデラインの面白がるようなアルトの声も響く。
(……誰でもいいから、もうペロを黙らせてよ!)
セナは、目を伏せて俯く。
恥ずかしさに、顔から火が吹くかと思うほどに熱くなった。
すぐにセナの前に影が落ちた。
何事かと顔を上げると、「挨拶をさせてほしい」と言っていたイーサン王子が立っていた。
見つめてくる眼光の圧がすごい。
眼光ヤバ王子だ。
セナの身体が強張った。
「勇者殿。天よりこの地へ降り立っていただき、感謝に絶えない。
この地、そして民を救えるのは、其方一人。
できうる全てを差し出すゆえ、力を貸していただきたい」
アンバーの目には、懇願の色が浮かんでいる。
口元は引き締まり、必死だと訴えているようにも見えた。
「ふぉふぉ、イーサン第一王子。
『御足、大地について理が巡る。御手、天に掲げば理が戻る』。
フィブラリス…勇者殿は、この地に来て下さった。
我らは既に半分救われておりますぞ」
いつのまにやら貧弱サンタもといウォルター老が、
セナとイーサン第一王子の間に立って言った。
イーサン第一王子は、ようやくセナから視線を逸らす。
「……ユールタイド卿。あぁ、分かっている。勇者殿、すまない。気分を害したか」
「いえ…」
世界存続がかかっていれば、藁にも縋りたくなるのかもしれない。
藁になってしまったらしいセナは、苦笑してイーサン第一王子を見上げた。
「……可能な限り、協力します」
「……感謝する、勇者殿」
今、セナはそれしか言葉を持たなかった。
イーサン第一王子はそれで少しは満足したのか、小さく頷く。
しかし、圧は強いままだしニコリともしなかった。
「ふぉふぉ、ルミア王。よい刻限になりましたな」
ウォルター老がお開きだとでも言うように告げた。
「そうだな。明日こそ宴の席を設けるゆえ、楽しみになされよ、勇者殿」
「ありがとうございます、国王陛下」
まさかご遠慮いたしますとは言えず、セナは微笑んで礼をする。
満足そうだったのは、宴を明日にズラすためだったのだろうか。
「長官、彼らを室に案内せよ」
王は満足そうに笑って言うと、背後の扉が開き、ギィッと鈍い音がする。
思った以上に緊張していたのかもしれない。
急にセナの肩に鉛でも乗っているかのように重くなった。
「くあぁ。風呂入って、さっさと寝ようぜ!」
ペロが欠伸をしながら呑気に言って背を見せる。
セナは謁見の間から出たところで、幾許かの恨みを込めて揺れる白い尻尾を引っ張った。
「ンギャア!!」
「ふふ、セナ様と精霊ペロは仲がとても良いのですね」
ペロの悲鳴を聞いたはずの星霊フィアが、のんびりと楽しげに笑った。




