02-3:旅立ちの曲が響く
眼前の妖艶美女アデラインが、100歳越え。
おまけに、あの黒髪紺目の少女――フィアが2000歳以上?
ありえない。
こんな世の中、狂ってる。
セナは羨ましいような、そうでもないような…
微妙な心持ちになって馬車に揺られていると、蹄の音が聞こえて来た。
それも一頭や二頭ではない。
複数いるらしく、馬車を囲うように走っているみたいだった。
「心配ないわ。王国騎士が迎えに来たようね」
どうやら、セナは不安そうな顔をしていたらしい。
アデラインが安心させるように柔らかい笑みを浮かべた。
「王国騎士?」
セナは不思議に思って首を傾げる。
アデラインは、ゼラート魔導都市国家に所属していると言っていたはずだ。
また別組織という事だろうか。
そういえば魔法に気を取られて、
セナは何処に行くのかも聞いていなかった。
ペロは「人間の国」、「竜人の国」、「亜人の国」の何処かに出るといっていたはずだ。
一体、ここはどこなのだろう?
「ああ! 予定通りルミア王国に出たからな。
大陸の3本指に入る大国の一つ。お前の後見の一つというか、サイフだな」
ペロがサラッと口走る。
財布と言ったように聞こえたが、もしかしたらセナの聞き違いかもしれない。
「そろそろ着いたか?」
聞き返す前に、ペロが馬車の御者席方向の革を捲った。
既に夜になっていたようで、辺りはすっかり暗かった。
御者の向こうには、写真や映像でしか見たことがない西洋城のシルエットが見える。
城は、一段高い丘の上に立っていた。
幾つもの塔があり、松明だろうか、ポツポツと等間隔で灯りが見え、城の輪郭を闇夜に浮かび上がらせている。
馬車が進む度に、石で組まれた城壁が近づく。
スポットライトもなく、整備された黄金の華美さもない。
積み上げられた石の重みと、拒絶するような静けさが厳然とそこにあった。
なんだか、セナには冷たくて威圧的に見えた。
「……夢みたい…」
無意識に、セナの口から言葉が溢れ落ちる。
もしかしたら全てが夢で、今ここで目覚めても不思議じゃない。
「ん? 城なんて、お前んとこにも何個もあったろ!
オレはやっぱ姫路城がいいな! 西洋城ならノイシュヴァンシュタイン城一択!」
ペロは捲っていた革を元に戻しながら、現実逃避をあっさりとぶち壊して来た。
このモフモフには感傷なんてものは一切ないらしい。
「……そうね…」
セナは、ガクッと項垂れる。
「あら、勇者様も城に住んでたの? ルミア王城は小さすぎるかしら?」
アデラインの誤解に、セナは慌てて顔を上げた。
「いえ、私はただの一市民です。城は、観光で見るくらいで…」
「観光? 城が見学できるなんて驚きだけど、それは素敵なことね。
勇者様がルミア王城を見学する際には、ご一緒しようかしら」
城に興味がないとは言わないけれど、
その前にセナはアデラインに絶対言わねばならない事があった。
「あ、あの、ルコントさま? 『勇者』は、ペロが誇張して言ってるだけで、私に相応しくありません。できれば苗字で呼んでいただけませんか」
セナがドキドキしながら強めに言い切る。
アデラインは僅かに目を開いたが、すぐに元の表情に戻った。
「では、セナ様とお呼びするわね」
そっちの名前ではなかったけれど、勇者呼びよりは断然いい。
「……いえ、敬称も…」
魂基配列とやらが、世界のマナの流れと一致したくらいで、急に自分の価値が上がったなんてセナには思えなかった。
それに、来たのはペロを見捨てたくない自分の為であって、
彼らの助けになるためではない。
自分の身にまで危険が及ぶなら、見捨てて帰ることも厭わない。
だから、あまり持ち上げてほしくなかった。
「分かったわ。なら、私もアデラインと呼び捨てて気軽な口調で話をしてちょうだいね、セナ」
戸惑いを感じたが、自分の要求だけ呑ませるのもおかしい。
笑みを深めるアデラインに、セナは渋々と了承した。
「…分かった…。……アデライン」
「ふふ、名で呼びあうなんて、まるで友のようね」
アデラインは、弾んだ声とは裏腹に、そっと目線を下にした。
ペロが顎に手を当てて「ふむ」と首肯した。
「お前、友達いなさそうだもんな!」
その瞬間。
アデラインの足元に青色の魔法陣が浮かび、何かが猛スピードでペロを横切る。
ハラハラと白い毛がまた足下に落ちた。
「あら、精霊ペロ。何かおっしゃって?」
アデラインは微笑んでいるが、圧が強い。
ペロは地球の城を覚えるよりも、『口は災いの元』と云うことわざを覚えるべきだったかもしれない。
馬車が速度を落として止まる。
安全だった箱の中から出る事に、少しばかり躊躇いがあったものの、セナはアデラインに続いて下車した。
今度は貧弱サンタなウォルター老が手を差し出してくれ、石畳に降り立つ。
「お待ちしておりました」
城を見上げようとすると、声がかかった。
分厚そうな木扉の前にいる、老年の男が発したようだ。
トップスとコートが合わさったような、青みを帯びた暗い灰色の長衣。
鳥羽色のズボンをはいた、紳士然とした雰囲気がある男だった。
その男を中心に等間隔で鎧を着た兵たちが並んでいる。
分厚い扉のすぐ近くには、壁から伸びる棒に、紺色の旗が揺れていた。
太陽を思わせる光条の中央に鳥と王冠が描かれ、その周囲を五つの珠が取り囲む紋だった。
「モーリス宮廷長官殿、さっそく案内を頼みますぞ」
ウォルター老が言うと、紳士が城の扉を開いた。
「行くぞ、セナ!」
ペロが真っ先に飛び出す。
セナは、ウォルター老やフィアたちの後ろ。
アデラインの隣を歩こうと思っていたのに、誰も動かない。
「ふぉ、ふぉ。どうぞ、勇者殿」
ウォルター老が、先を譲るように右手を出して言った。
目が垂れて笑い皺が寄る。今にもプレゼントを配布しそうな顔つきだ。
「早く来いよ!」
更にペロが急かしてきたせいで、セナは仕方なく宮廷長官の後に続く。
セナが歩き出すと、黒髪少女のフィア、ウォルター老、デコッパチなジェラルド、アデラインが続く。
厳しい造りの割に、小さな木製扉をくぐると(上には、定番の落とし格子があった!)、長い廊下が続いた。
天井も高く、足音が反響する。
「フンフン、フーン、フン…♪」
ペロの鼻歌が廊下いっぱいに響く。
しかも、RPGゲームのオープニング―――旅の始まりの曲である。
ここに居る誰もが謎な音楽だろうが、分かるセナは、口元がヒクヒクした。
(ここで、このチョイスする!? しかも響く!)
「ちょっと、ペロ!」
セナが小声でコソコソ注意すると、ペロが振り返った。
「なんだ?ハモるか?」
「ハモらないわよ!」
「素敵な曲ですね。セナ様の故郷のものですか?」
後ろから、フィアの声が響く。
「………そうです」
セナは恥ずかしさに、目線を右往左往させる。
チラリとフィアの顔色を見ると、倒れた時よりは幾分と顔色が良さそうだった。
しばらく廊下を進むと、幾つもの通路が交わる巨大なホールへ出た。
柱やアーチ、天井にまで装飾が施され、各通路の奥には兵らしき人影が見える。
宮廷長官はその一つへ入り、さらに奥へ進んだ。
(……これは…。ちょっと待って)
重厚な木の扉を前にして足が止まる。宮廷長官が脇にそれた。
彼は手の指を組んで例の三角をつくると、深々とセナに頭を下げた。
「拝顔叶いまして、誠に光栄でございます」
「あ、はい…」
この先に待つものを想像していたせいで、セナは良い返事ができず、ただ軽く会釈を返す。
そして予告もなく、扉を守る兵がギィと音を立てて分厚い木の扉を開いた。
磨かれた白い石畳。青い床敷きには、金の刺繍が入っていた。
一直線に続くブルーカーペットの中央には、煌びやかで派手な服を着た壮年の男が立っている。
その脇に控えるように左手側に若い5人の男女。
右手に3人の壮年の男たちが並ぶ。
最奥には、数段高い場所に金の玉座があるが、人の姿はない。
(……失神できないかな……)
セナの頭に、ペロが鼻歌で歌っていたRPGゲームの曲が皮肉のように流れた。




