04-14:定石、毛皮の値段
陽光が少しずつ弱くなり始めた。
セナはそろそろ片付けを始めようかとカリーナと話をしていた所に、本日護衛の任から外れ、休みのはずのユーインが顔を出した。
「はは、その顔は上手くいきませんでしたか?」
ユーインがなんでもないように笑って言った。
「…はい」
セナは肩をガックリ落とした。
売れなかったことと、そろそろ引き上げること、隣店の主人に『酔いどれ羊』で酒をご馳走になることをユーインに話す。
「『酔いどれ羊』ですか…? いや、ルフォス様…『酔いどれ羊』ですか?」
ユーインが目を開き、店名を二度も聞いてきた。
確かに、ちょっと変わった店名かもしれない。
セナは、デフォルメされた二足歩行の羊がビールを飲む姿まで想像できる、可愛い店名だと思ったけれど。
訝しげに首を傾げると、ユーインは右手で髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
「……いえ、東にもっと良い店があります」
「せっかくのご好意なので、ご相伴にあずかろうと思ったのですが。何かあるとか…?」
セナはヒソヒソ声でユーインに尋ねた。
獣人耐性もつくかもしれないし、セナとしては勇気を出したかった。
なにしろ会う度に獣人や亜人にビクビクしてたら、余計なトラブルを招きそうだ。
この機会に彼らに慣れておきたかった。
『酔いどれ羊』に悪い噂でもあるのだろうか。
「いえ、そういうわけでは…。その酒場は、『キンの毛皮工房』の近くです。ついでに毛皮と炭を卸に行きますか?」
目を逸らし、ユーインが頬を掻く。
セナは毛皮と炭のことを二日前まで覚えていたのに、すっかり忘れていた。
しかし突然に「来たぞ、査定してくれ!」なんて白モフは言えるかもしれないけれど、セナにはできそうにない。
「そうですね。ただ、突然に訪問してはご迷惑になるかもしれません」
アポなし突撃は、超迷惑だ。
特に繁忙期なら、笑顔の下で悪態を吐かれてもおかしくない所業である。
それに、もともとは別の商隊がやっていたことだから、買い取ってもらえるかも分からない。
先に一言だけ伝えて、訪問は後日にしようと考えていたが、彼らのフットワークは軽かった。
「ああ、確かに。では、先触れを出してきましょう」
つい先日は、リエズ王女へ先触れに行くのにごねてたユーインが積極的に言った。
するとミラがサッと手を挙げる。
「あ、私が行きます!場所を教えてもらえますか」
セナは僅かに不安になったけれど、一生懸命なミラの姿に任せることにした。
要点と、断られたらすぐに引き下がるように伝える。
ユーインがミラに場所を伝えると、彼女は勢いよく走り出した。
肩まで伸びた茶髪が左右にリズムよく揺れる後ろ姿を見送る。
ミラの姿は、すぐに人混みに紛れて見えなくなった。
ミラがアポ取りに走っている間、数人が露店の前を通っては布折鶴を見たり、コソコソヒソヒソと話をしていた。
(……興味関心は引いてるはずだけどなぁ…)
セナの中では、本日の営業はもう終了していた。
もう声をかけずに思考に耽る。
初手は大ゴケだ。
せめて、一つ二つは小さいサイズでも折鶴か、可愛い巾着が出ると思ったのに楽観視しすぎていたのかもしれない。
「ルフォス様ー!」
タッタッと軽快な足音と、ミラの明るい声が響く。
一人反省会していたセナが顔を上げると、ミラは僅かに息を切らせながら報告した。
「すべて買い取りたいそうです!早く来てほしいと仰ってました!」
スモールードの村からの販路があり、元々需要があったものだ。
セナは毛皮についての心配はさほどしていなかった。
定石こそ踏むべき手順だと言われたような気がして、セナはあまり喜べなかった。
セナは狼獣人へ『酔いどれ羊』に行く約束をして、一度、バンクス邸に幌馬車と共に戻る。
それから毛皮と炭を持って、『キンの毛皮工房』へ向けて歩き出す。
メンツはいつものカリーナ、シェイ。
それからユーイン、ミラ、本日護衛の任に就くレンツと二人の騎士だ。
バルアータの市場を抜けて、南西側へと歩いて行くと、バンクス邸があった南東側とは雰囲気がまったく違った。
家屋は木造建築で、所狭しと並んでいる。
イソコ便局があった北東の通りとよく似ているけれど、それよりも道幅は狭く、押し固められた土の道が続いていた。
けれど、店の数はこちらの方が多く、二階建ての店がいくつか隣り合って並んでいる。
『キンの毛皮工房』は、ハサミと針が描かれた看板と、靴が描かれた看板の店の間にあった。
レンツが扉を開けてくれる。
セナが軽く微笑んで頭を下げて中に入ると、頭が禿げた太眉のおじさんがいた。
彼は、ぐわっと口を開けて叫んだ。
「うぉおお!!毛皮か?! ミラガイア商隊か!」
「うるさいぞ!」
ペロがセナの背後から出て来ると、工房の禿げた親父が更に目を輝かせる。
「生きたままの毛皮もあるのか!」
「オレを剥ぐ気か!? コイツ、正気かよ!」
ペロは右手で目の下を引っ張り、べっと舌を出した。
流石にセナもペロの毛を剥いでほしくない。ペロを腕の中に隠す。
「こ、こんにちは。ミラガイア商隊です」
セナはツルツルの頭よりも濃い海苔のような眉毛に目がいってしまい、なんとか視線を逸らす。
工房の主人は、どこか人間離れした雰囲気があった。
「おお、すまんすまん!
毛皮を運んで来る商隊のほとんどが魔物のせいで壊滅しちまったらしくて、つい興奮した」
工房の主人の声は、大きく、とてもよく響いた。
彼は時が惜しいとでも言いたいように、カリーナとミラ、それからユーインが持っている袋、騎士が背負った袋を、奪うようにひったくり、次々と開けて毛皮をチェックし始める。
「先触れで伝えた通り、スモールードからの毛皮と炭です」
「全部で、12ゴールドでいいぞ!」
毛皮と炭だけなら、3ゴルド、3バーシル、5コペルでスモールードの村から買い取ったものだ。
4倍近い額で吹っかけるペロに、セナは目を伏せた。
工房の主人は機敏な動きでセナへ向き直った。
「足元見過ぎだろうよ!? 9ゴルド15バーシルだ!」
「12ゴルド!」
ペロが叫ぶ。
「9ゴルド17バー!!」
「10ゴルド!!」
「うるさいよ!!」
隣の針とハサミの看板店から女性の怒鳴り声が響いてくる。
セナとしては、カリーナの言っていた3倍の値で卸せたらラッキーだと思っていたのに、
これなら10ゴルドでも取引は成立しそうだ。
けれど、本来なら良くて炭が2倍、毛皮が3倍。
合わせて9ゴルド7バーシルほどが、良い取引値のはずだった。
「売り手良し、買い手良し、世間良し」。
近江商人の『三方良し』が頭をよぎった。
片方だけが得をする商売は長続きしない。
商隊の運営費は、ルミア王国から支払われていた。
そして旅に同行する彼らの給金も既に国から支払われている。
絶対に金が必要な人間の集まりではない。
工房の主人は毛皮を運んで来る取引先を失った。
金貨の貴重さは、おそらくセナたちと比べ物にならない。
更に、この寒い北の地で、毛皮は人の命を守る大切な防寒具でもあるはずだ。
「9ゴルド17バーシルで」
セナの声が響く。これでも、かなりの値段だった。
ペロがプリプリ文句を言いながら、毛皮工房を出る。
そこから三度角を曲がったところで、セナたちは目標の酒場『酔いどれ羊』に到着した。
ボロボロの木板にジョッキと羊らしき動物が描かれている看板が出ている。
何度も修繕したのか、色の違う木板で壁を補修した跡がいくつも見えた。
しかも、扉の片隅には蜘蛛の巣が張ってある。
見るからにオンボロな上、掃除もしてなさそうだ。
ユーインがセナに二度尋ねた意味が少し分かった気がした。
でも、中からは楽しげな笑い声が聞こえて、炭火焼きのいい匂いまで漂ってくる。
「ボロいな!」
「ルフォス様、断っても問題はありませんよ」
間髪入れずにペロのボーイソプラノが響き、ユーインが気遣うように言った。
セナは、ボロボロの掘っ立て小屋のような店に入ったことはなかった。
いつもカフェ風の雰囲気のいい場所で食事をするし、ラーメン店だって最近はどこもオシャレだ。
でも、セナは約束した。
「いえ。おば――ドラキュラ屋敷のようで、むしろいい雰囲気です」
「じゃ、行きましょう!」
隣に来たシェイが楽しそうに笑って、勢いよく扉をバターン!と開けて入って行く。
「こんなちっさいドラキュラ屋敷があるかよ。あー、腹減った!」
ペロがブツクサ言いながらシェイの後ろを浮いたままついて行く。
セナも、ゴーストハウスではなく酒場に入った。
中は、想像していたよりもずっと綺麗で普通だった。
入ってすぐ右手側のカウンターには竈があった。
白い煙が立ち上り、ジュウジュウと音が鳴る。
見渡せば、獣人と亜人があちこちにいるが、人間の方の比率が高い。
みんな小さな木製コップを片手に楽しそうに談笑している。
「よお、来たな!新人!」
奥の長テーブルにいた狼獣人が手を挙げた。
セナには、彼の顔が他の獣人とどこが違うのか判別できなかったけれど、声で隣の露店の彼だと分かった。
側まで歩き、小さく無骨な四角い椅子に座る。
足の高さが違ってガタガタ音を立てて揺れた。
「おっと、そういや名前も名乗ってなかったな。ウォルだ」
灰色の毛並みの狼獣人は、目を細めて口角が上がる。
「セナです。それからペロ、」
「よぉ!」
ペロが手を上げて挨拶する。
一人ずつ名前を紹介し、一言挨拶をし終えると、ピッチャーと小さな木製のコップがテーブルに運ばれた。
「ウォル、酒代は半値にしてやろう。儂からのこないだの礼だ。しかし、妙な御仁らを連れて来たな?」
背の低い白髪の老人が、セナを見下ろす。
その声に、セナは初めてバルアータに入った時に見た、親しげな老人と獣人が彼とウォルだということに気づいた。
「ああ、イノーヴァンの襲撃にあったらしい。串肉も頼む」
ウォルが巾着を出そうとすると、近くのテーブルの獣人が立ち上がり、ズンズンと歩いて来た。
熊のように大きい。
けれど彼の耳は人のようで、鼻も口も大きいが、獣人ほど突き出てはいない。
亜人なのかもしれない。
「おいおい、聞き捨てならんな!まだ奴らは略奪してんのか、兄弟!」
熊の亜人に、がしっと肩を抱かれ、セナはビク!っと身体が跳ねた。
ジェラルドから貰ったマフラーは汚さないように置いて来てしまい、無防備な首に獣人のふさふさの毛が纏わりつく。
「俺たちは略奪者とは違うぞ?それ、肉をやろう!たんと食え!
みんな、コイツらに肉を分けてやってくれ!」
小さな串肉が乗った皿が、あっという間に増えていく。
食べかけの串肉も混じっていて、セナの笑みは引き攣った。




