04-13:揺れる鳥
迎えた翌日は、雲が多いけれど晴れていた。
セナは寒さに身体を震わせ、眠い目を擦る。
商いの準備を済ませて、薄暗い早朝から幌馬車一台と一緒にバンクス邸を出た。
「ぃよおし、場所取りは命だ!行くぞ、お前ら!」
ペロが突然に張り切り出して、音頭を取る。
隣にいたシェイとセナは顔を見合わせて、同じように口元が緩む。
「応!」
「イエッサー!」
それぞれ似たような掛け声を出して笑い合う。
カリーナが不思議そうな顔で、じっとこちらを見ていた。
ガラガラと木の車輪が軋む音を響かせながら住宅街を歩く。
朝早くから近所迷惑かもしれないと、セナは内心ビクビクしていたけれど、誰にも怒鳴られることはなかった。
時々、パンの香ばしい匂いが漂う。
広場につくと、既に十以上の店が開店の用意を始めていた。
幌馬車はスピードを上げて、広場の中心部から少しだけ離れた通路の角地を取ろうとしたが、わずかの差で取られてしまった。
仕方なく、セナたちは予定していた場所の隣に陣取って幌馬車を着ける。
市場内に馬を留めておけないから、サイモンがバンクス邸へ連れ帰ってくれる。
セナたちはすぐに開店準備にかかった。
オープンカーのような露店にするために、幌の革布を一部開く。
床を畳み折り、カウンター台を置いた。
並べる商品をよく見えるように調整し、布折鶴四つを左右に長さを変えて上から吊るす。
「いい感じだな!左右対称だ!」
ペロがまるで写真を撮るように指で四角を作った。
セナも露店の中から外へ出てペロの横に並ぶ。
折鶴が異界の地で、ゆっくりと半回転している。
生きてもいないのに、その姿が楽しそうで愉快そうに見えた。
染色したら、もっと目立つかもしれない。
(…温泉旅行のはずが、苦難の商い修行旅行になってる…)
内心で呆れているのか何なのか、自分でもよく分からない感想が出てくる。
けれど、悪くはない。
露店で揺れる故郷の折鶴は、どこか可愛くて頼もしく見えた。
「すまんが、ちょっと道を避けてくれるかい」
セナの背後から声がかかった。
「あ、すみま――」
セナは振り返って謝罪をしようとしたけれど、灰色の毛並みを見た瞬間に言葉が止まる。
無意識に身体が硬直し、右足が後退した。
凶悪な顔をして襲いくる獣人が頭をよぎった。
スモールードの村の悲鳴が頭の中で響いたのを押し込め、笑顔を無理矢理作る。
狼獣人の緑色の目がやや見開かれる。
「申し訳ない。南から出てきて、先日ハイノーレン大陸から来た者の襲撃に遭ったゆえ、少し過敏なのです」
レンツの声がすぐ後ろからしたと思うと、セナの前に進み出た。
狼獣人は、視線をセナからレンツに移す。
ガシガシと頭を掻いてから、セナを見下ろした。
「そうか、そりゃあ可哀想に」
「あの、すみませんでした」
獣人の言葉に、セナは少しだけ安堵して頭を下げて謝罪する。
すると、頭上から「ハハ!」と陽気な笑い声が聞こえる。
「気にするな!ビビってるくせに笑うなんて器用なやつだな。
ほら、顔見知りから貰ったんだ。パンでも食って元気出せ」
獣人は引いている屋台から平べったいパンを取り出して、包みごとセナに押し付けた。
「あ…ありがとう…」
「おうよ。今日は隣人だ、よろしく頼む。……しかし、おかしなモンを吊ってるな。鳥か…?」
セナは、容赦ない反応に苦笑した。
けれど、セナも好みではないデザインに似たような反応をするし、万人ウケなんてものは、この世にない。
まだ指が震えていたけれど、彼の気さくな態度は、セナの獣人への恐怖心を少しだけ和らげてくれた。
陽光が強くなり、市場の人通りが増え始める。
セナが積極的に笑顔を振りまきながら声をかけて呼び込みをする。
それをシェイやミラが真似て、ミラガイア商隊の商い初日は華やかな雰囲気だった。
でも、商売は厳しかった。
遠巻きに露店を見る人、こちらを見てヒソヒソ話をする人。
チラリと商品を見ているのに、掛け声にも反応せずにそそくさと歩いて行ってしまう女性。
子どもが「何これ!」と布折鶴を見上げるのに、親がガミガミ怒鳴りながら通り過ぎて行く。
そんな中でも寄って来た客が布折鶴に興味を示すと、
売るスイッチが入ったセナの口は、壊れて制御が利かなくなった。
『吉祥と長寿の象徴飾り』だとか『夫婦円満や家に福を呼ぶ縁起物』と鶴における思いつく限りのイメージを、通販番組の司会者のようにアピールする。
更に『鶴の恩返し』が脳みそに浮かんだけれど、誇大広告すぎると理性がストップをかけた。
流石に吊るし飾りは、一人でに機織りできない。
ちょうど布折鶴に興味を示した五人目となる青年に、セナは笑顔で言った。
「不要になったり、汚れが目立ってきたら、一枚の布に戻して使えますよ」
約二十センチ。
掌にちょうど乗る中サイズ折鶴を青年に差し出す。
青年は布折鶴を様々な角度から見て、腕を組んで考え込んだ。
僅か数十秒も経っていないのに、セナには十分も二十分も待たされている心地になった。
「いや、やっぱりいいや。巾着だけいただくよ」
青年は巾着を持ち、8コペルをセナに渡して去って行った。
「ありがとうございましたぁ」
セナは声だけ明るく伸ばし、ガックリと肩を落とした。
昼を過ぎた時点で売れたのは、従来型の巾着二枚、宝飾品一つ、それに刺繍のないシンプルな黒い巾着が一枚。
売上は、たったの4バーシル18コペルだった。
セナは頭を抱えた。
何をするにしても、初手は大切なものだ。
せめて一日分の商隊の食事代1ゴルドを稼ごうとしたけれど、世の中は甘くなかった。
SNSも印刷技術もないこの世界で、どうやって存在を知らしめるのか。
まさか投げ売りすることもできない。
手伝ってくれた護衛騎士たちがどんな顔をしているか、セナは恐くて彼らの顔を見ることができなかった。
「売れねぇな」
昨日、魔者の騒動があったのに、市場の喧騒は相変わらずだった。
それでも、隣店からの痛烈な言葉はセナの耳に刺さるほどよく聞こえてくる。
顔を上げて、声主を探すと今朝の灰色の狼獣人と目が合う。
彼は、目を細めて突き出た口を僅かに開いてニヤっと笑った。
「一杯やるか? 知り合いの酒場『酔いどれ羊』っていうんだが、そこで奢るぞ、新人」
セナはガックリと項垂れる。
「……お肉が食べたい…」
商品台に並んだ大中小、八つの布折鶴。
どうしてかセナには鶴ではなく、閑古鳥に見えてきた。




