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04-15:響く声と手拍子




 酒場というものは、時代も世界もそう変わらないのかもしれない。

笑い声と、あちこちから話し声がやまずに賑やかだった。



 お酒は、ダブルショットグラスと同じくらいの木製コップ一杯、1コペル。

小さな串肉は2コペル。

まるでワンコイン居酒屋のようだった。




 「セナ、アイツが焼きたてをくれたぞ!」



 ペロが焼き立ての串肉を取ってきたらしい。

差し出されたミートボール大の肉が三つ刺さった串肉を受け取る。


みんなは平気で口にしているけれど、セナは食べかけが混ざった皿の串肉はどうも手が伸びなかった。

シェイは二本目を頬張っている。



 どこから奪って来たのだと辺りを見回すと、黒い毛のヒョウのような顔立ちの獣人がヒラヒラと手を振った。

セナは軽く頭を下げて口パクでお礼を言い、肉に齧りつく。

炭で炙られただけの素朴だけど柔らかな食感がした。



 「……ありがとうございます、こんなにたくさん…」


 セナは、ウォルと熊の亜人に向き直って礼を言った。

まったく怖くないかといえば、まだセナは彼らのことが怖いと思った。

肩に力が入って、近づかれると胃がギュッと掴まれるような気がする。




 「気にするな。もうずっと昔からイノーヴァンに襲撃された奴らには、酒や飯を奢るって習わしがあるのさ」

 ウォルは、ぐいっとコップを傾ける。


セナには奇妙な習わしだと思った。

確かに獣人のイメージは変わるかもしれない。

けれどなぜ、自分がやってもいない事を償いのようにするのだろう。

彼らが悪いわけではないのに。




 となりの熊に似た亜人がニカッと笑った。

開いた口から鋭い上下の犬歯と、綺麗に横一列に並んだ歯が見える。

人間とは明らかに違う犬歯に、目が吸い寄せられる。

逸らしても、また見てしまう。

やっぱり彼らに慣れるなんて無理かもしれない!




 「その通り!盗人の極悪人だと我ら先祖が謗りを受けぬように、血と名誉を守ってるんだ」


 「……んな事を言うのは、バルアータに住むお前らだけさ!

イガル辺境侯国でそんな風習があればすぐに借金地獄だぞ!」



 違うテーブルから声が上がり、その付近からドッと笑い声が上がった。

ウォルも熊の亜人もムッとしたのか、鼻に皺が寄る。

セナがオロオロする暇もなく、また違う方面から声が上がった。



 「そう、俺たちゃバルアータに住まう良き人だ!」



 すると、その声に賛同するように「違いない!」とか「そうだそうだ!」と勢いよく同意の声が上がる。



 セナは暴動でも起きやしないか心配になってきたけれど、ユーインは片肘ついてるし、シェイは三本目の串肉に手を伸ばしてる。

レンツは、平然とお行儀良く座っていて、カリーナは相変わらずフードを深く被っているせいで、表情はまったくわからない。

ミラだけがセナと同じように、目で周囲をキョロキョロと見回していた。



 「そう、我々バルアータに住まう者は、山の民!果たす者たちだ!」



 人間の男性が立ち上がり、まるで乾杯の音頭を取るようにコップを掲げた。

すると、ダン、ダンと床を誰かが踏み鳴らす。

それが合図のように、手拍子が増えて大きくなった。

誰かがリュートのような小型の弦楽器を弾き始めた。

そして誰ともなく歌い始め、どんどんと声が集まり大きくなり、大合唱になった。




 谷に鐘鳴る

 ヒュルラ、ヒュルカン


 山の川、岩の丘

 ヒュルラ、ヒュルカン


 銀の盾を掲げよう、ヘイ!

 馬の蹄は谷を越え、ヒュルラン!


 我ら果たす

 バテレイユ山の民!


 我ら果たす

 バテレイユ山の民!



 蔦を盾へと巻きつけ、ヘイ!

 手を取り氷を越え、ヒュルラン!


 我ら果たす

 バテレイユ山の民!


 我ら果たす、ヘイ!

 バテレイユ山の民!





 彼らが何回も歌を繰り返すせいで、セナもすっかり覚えてしまった。

ペロやシェイと、一緒に彼らと歌う。

歌を歌いながら、セナの頭の片隅で、「これ使えるのでは?」という商売に関する思考が渦巻いていた。







 酒場を出ると、もう陽光はすっかり弱まって、空は紫がかっていた。

冷たい一陣の風が髪を揺らし、外套をはためかせる。

それでも、酒場からは炭火焼きの匂いが漂い、言い合いなんて無かったように、笑いが絶えずに響いていた。



 「あー、まだ頭に歌が残ってる!」



 頭の中でメロディが流れ続けていて、セナは笑った。

大勢で大合唱するなんて、まるで合唱大会やスポーツの応援歌のようだ。

カラオケではちょっと味わえない高揚感があった。



 「銀の盾を掲げよう、ヘイ!」

ペロがまた歌う。

 

「馬の蹄は谷を越え 、ヒュルラン!」

シェイが笑顔で続く。


 「「我ら果たす。バテレイユ山の民!」」



 セナとウォルの声が重なり、四人で顔を見合わせて笑う。

一瞬、別れの空気が漂った。楽しい時間が終わりを告げる。




 「これでお前らも立派なバテレイユ山の民だ。明日もめげずに変な鳥を飾れよ」

 「吉兆と幸福の鳥だってば!」



 ウォルが手を挙げ、セナはそのフサフサの灰色の手にパチン!と自分の手を合わせた。


一緒に食事をして歌った今、ウォルを見ても、もう身体は強張らなかった。

熊の亜人も、黒豹の獣人も、さっきまでよりずっと「知らない怖いもの」には見えない。

急に距離を詰められると、やっぱりビビるけれど。



 「大変美味しかったです。ご馳走様でした」


 セナは酒場を出る前にも彼らに笑顔で礼を言ったけれど、改めてウォルに微笑む。

ウォルは頭のてっぺんをガリガリと乱暴にかいた。

尻尾が緩やかに左右へ揺れている。




 「なんだ、急に丁寧なやつだな。ほら、行った行った」



 セナが右手を振る。

シェイも「また食べにくるねー!」と手を大きくブンブンと振った。




 互いに背を向けて歩き出し、セナたちは東のバンクス邸へと少し早足で向かう。

もう暗くなるのに、市場の方はまだ明るい。

昼間の喧騒とは違う、ざわつきがあった。

魚の焼ける香ばしい香りが強く風に乗って鼻腔をくすぐる。



 前を歩くミラとシェイ、ペロが食べた肉串の評価をしている。

セナは市場の明かりにも、前を歩く三人の会話にもほとんど意識を向けず、俯き加減で歩いていた。



 彼らと歌を歌う中で、セナは宣伝効果がある広報手段に短い歌があることを思い出した。

けれど、それには幾つかの壁がある。作詞作曲問題だ。




 「……お嬢様、どうかされましたか」

 カリーナがフードを深く被ったままセナを覗き込む。



 「ああ、ええと、鶴の歌とかあったかなと思って…」

 「かーごーめ、かーごーめー」



 聞いていたらしいペロが歌い始めた。

それは、不吉にも鶴が滑ってしまう。

セナはいつも通りペロの口に手で封をして黙らせた。



 (明るくてリズミカルな歌、ねぇ…)



 誰もが歌いやすい、幼稚園で歌った童謡や、スーパーの販促ソングを片っ端から頭に流してヒントを見つけようとするのに、さっき歌った『バテレイユ山の民』の歌が、途中で乱入してくるのをセナは何度も追い出さなければならなかった。


 セナの険しい顔にユーインが一歩引き、話しかけようとしたシェイが慌てて口を結ぶ。

セナは考え続けた。









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