04-11:価値観の擦り傷
「アー、それでは、始めていきたいと思います」
セナは、しどろもどろになりながら打ち合わせの開始を告げた。
誰も口を開かないので、主催者であり、便宜上、商隊の主であるセナが進める。
けれど、本来なら商い担当であるミラかダズマーが主導すべき話のはずだった。
騎士たちは主体的に動き、それぞれの役目を果たしている。
セナに割り振られたのは、あくまでマナの正常化のための役目だけだ。
なのに、当然のように座って待っている二人の顔を見ると、なんだか苛立ちが湧き上がる。
けれど、この人選を決めたのはルミア王国だ。
意図も事情も分からない以上、本人たちを詰めるのも違う。
セナは一度目を伏せ、深く息を吸った。
きっと、彼らに何か任せられる部分はあるはずだ。
今回も言い聞かせて、無理やり感情を押し込める。
ゆっくりと目を開いて、セナは続けた。
「アー、それでは商品選定に価格設定、値下げ幅についての話から参ります。
まず商品選定について…」
抑揚をつけつつも、事務的なセナの声だけが部屋の中によく響いた。
視線は基本的にミラとダズマーに固定し、たまに背後のギャラリーに移動させる。
ミラは真剣にじっとセナを見つめている。
逆にダズマーはうつむき加減で一つも目が合わない。
シェイと目が合うと、彼女はにこっと微笑んでくれた。
その笑顔が少しだけ嬉しくて心強く思えた。
レンツは要所要所で頷いてくれるから、セナの声のトーンは落ちなかった。
エイベルからの鋭い視線は、まるでセナが何か悪いことをしでかさないか見張られているように思えて、セナはそちらへ向けて喋るのは控えることにした。
「これについて、何か意見やアイデアがあれば遠慮なく仰ってください。
自国の売れ筋商品についての話でもかまいません」
セナが提案や方針を一つ示すたび、意見や質問を募った。
いくつかカリーナと騎士側からの質問や確認が飛んだ。
そうセナが描いた大筋から離れたものではなかった。
ひとまず、商品を入れた木箱ごとに、原価の二倍、二・五倍、三倍、四倍の価格帯に分類すること。
下げ幅は、点数や値段上限によって一割から二割。
売れなければ、価格の見直しをするという基本体系は、スムーズに決定した。
ダズマーは終始俯いて微動だにしなかった。
もしかして、眠っているのかもしれない。セナの不愉快指数が上昇した。
病気ならばともかく、そもそも開始直後から俯くなんて、もう呆れて相手にしたくない気持ちでいっぱいになった。
しかし、商いとして使える人員はたったの二人だ。
「……ダズマー殿、ミラ殿はいかがですか。
ここまでで何か質問やご意見があれば遠慮なくお願いしたいのですが」
「………特には」
ダズマーがポツリと呟き、ミラが頷く。
いっそ全て自分の采配でやってしまう方が良いかもしれない。
セナは、溜息をぐっと堪えた。
市場で利を上げる歴戦の商人がいれば、鋭い指摘が飛んだかもしれない。
だが、ここには根っからの職業武人と、雑事が仕事の使用人、それから、今のところ読み書き計算ができる人員しかいない。
(そういえば、商人って毎日のように市場どころか、町中を見回って変化を見つけてるシーンが多かったっけ…)
暗い方へ意識を持っていかないために、セナは商人が活躍するドラマや小説を思い出した。
どこで需要があり、何が困っているのか。
その答えをいち早く見つけ、行動した人がビジネスチャンスや富を手に入れるのだ。
生憎、セナにはそんな才能があるとは思えなかった。
気持ちを切り替え、セナは口を開いた。
「では、次の題である他との差別化ですが――」
「ジャジャジャーン!!これだ!門外不出の匠の技!!布折鶴!」
続けようとすると、ペロがセナの顔の前にやって来て折鶴を掲げる。
「そして、こちらです」
カリーナが、セナの刺繍したリボンや月と星、折鶴などの巾着を掲げた。
場がシーンと静まる。
ペロが眼前にいるせいで、セナは彼らの顔を見ることができなかった。
でも、無言の中にある「だから?」と「何だそれは」の空気を間違いなく読み取った。
(……で、ですよね…!?)
セナは恥ずかしくて、顔が熱くなってきた。
半分上手くいくのでは?という期待と、半分ダメかも…という不安があったが、見事に天秤は後者へと傾いた。
国や地域、時代によって価値観は違ってくる。
現代で一部に市場があるからと、『現代可愛い』が全ての場所でウケるはずがないのだ。
世界が違うのだから尚更である。
折鶴は目立つのでともかく、巾着デザインはボツにした方がいいかもしれない。
羞恥で心臓がバクバクと音を立てる。
ペロが前にいて、顔を隠してくれていることに感謝している中、ミラの明るい声が響く。
「ルフォス様!その、カリーナ様の持ってる左から二つ目の巾着!すごく素敵です!」
ミラが立ち上がり、カリーナが持つ赤い刺繍糸で大きめのリボン柄を刺繍した巾着を手に取った。
横目で、ミラの姿が確認できた。
キラキラと瞳が輝いている。
口角が上がり、お気に入りの何かに出会った人のようだった。
「どうぞ、手に取ってご覧ください」
カリーナが販売員よろしく、ミラや他の人にもセナが刺繍を施した巾着を配り始める。
ペロもカリーナを真似するように、シェイに布折鶴を渡した。
「昨日言っていた目立つ飾りですね!確かに大きいし目立ちそうです」
シェイは折鶴を貶しはしないものの、いかにも興味なさそうに、隣のレンツに渡した。
大変素直な反応で、セナは少し気分が沈んだ。
けれど、仕事上ならセナでもそうしたはずだと思い直す。
ご機嫌取りなど何の意味も持たない。
結局は、売上や市場反応が結果として突きつけられる。
「……これ、いいな」
カイリー・モルドがポツリと言った。
彼女は体格のいい筋肉質な女性騎士で、セナはあまり話をしたことがない。
というのも、何度かシェイと話している時に仲間外れのように思えて話を振ったが、彼女はあまり参加したくないようだった。
三度目以降、セナは彼女に話を振るのをやめていた。
東回りの渓谷沿いルートを行った二人の内の一人の騎士だ。
勇ましい顔立ちのカイリーが手に持っているのは、青い刺繍糸で小さなリボンを刺繍したものだ。
「……ルフォス様、これは我々も買えるのか?」
カイリーの暗い緑がかった目がセナを見上げる。
「私も欲しいです!」
ミラが大きなリボン刺繍の巾着を握った。
さっきまでの空気はどこに行ってしまったのか、セナの恥ずかしくて逃げ出したい気持ちが消えていく。
「試作品だし、あげ」
「そっちは8、使いっ走りの方は12コペルだ!」
浮かれたセナが「あげます」という前に、ペロが人差し指を彼女たちに向けた。
カイリーとミラが巾着を出して、銅貨を数え始める。
確かに無料はよくないかもしれない。
世の中には、備品や商品を平気な顔でコッソリと取っていく人がいるので、その言い訳を与えかねない。
「……社割で! 製作シリーズは、6割引きで!」
「福利厚生!1人5点まで!」
ペロが更に制限を加えた。
「……イカしてる布飾りだ。ちょっとデカいけど、悪くないな」
カイリーが銅貨を数えている横で、ユーインが面白がるように布折鶴を見ていた。
その横でエイベルが右手で拳を作って口元に置いて小さく言った。
「……目立つが異端ではない。神殿から問題視されることもないだろう」
どうやら現代可愛いデザインと折鶴は、極一部には受け入れてもらえそうな感触である。
これならば、数個作っても問題はないかもしれない。
セナは少し言い辛く、声を小さくして遠慮がちに言った。
「……あの、商い担当と…使用人の方には、巾着の袋作りだけ一緒に手伝ってほしいんですが――」
「私に手仕事をやれと!?」
今まで俯いていたダズマーが急に立ち上がった。
濃い紫色の目をひん剥き吊り上げ、セナを睨みつける。
興奮したように攻撃的で憎々しげな声は客室に大きく響き渡った。
セナは驚いて固まったが、口をついて言葉が出てくる。
「……無理にとは言いませんが…」
ダズマー・ヘイズ。
彼も家名を持つ貴族だ。
貴族ならば、こうした作業は使用人の仕事なのだろうか。
じゃあお前何すんの?と出かけた言葉を飲み込んで続ける。
「では、ダズマー殿には当日店頭対応に合わせて、在庫や帳簿記載を任せてもいいですか?」
ダズマーは口元を痙攣させ、セナを睨みつける。
「それで結構です!」
彼は語気を強めてそれだけを言うと、そのまま扉の方へ歩いて行き、乱暴にバタンッ!と強く扉を閉めた。
嫌な空気が流れる。
(………普通に喋れよ…コミュ障か)
セナの心も刺々しくなって、苛立ちが蓄積していく。
でも、初めて見るタイプではなかった。
不機嫌を撒き散らし、大声を出せば相手が引くと思っている人間なら、地球にもいた。
それに、部屋にいる彼らには関係のないことだ。
主催者が、いつまでも空気の悪さを置いておくわけにもいかない。
セナはひとまず微笑む。
「では、これで打ち合わせは以上です。
晴れたら明日からいよいよ商い開始です。みなさん、よろしくお願いします」
以上、解散である。
セナは高級チョコレートが食べたくなった。
それから、ポテトチップスに、甘じょっぱいお煎餅。プリン、マカロン、タルトタタン。
頭の中で、美しい器に乗った菓子が回っていく。
なんだか、少しだけ気分がマシになるような気がした。
「少しお待ちください」
セナの脳内の回転菓子をレンツの声が止める。
「私もお手伝いします」
優しく微笑むレンツ・ダ・ブライスに現実に引き戻されたセナは目を瞬かせた。
「え、でも…」
貴族男性は繕い物が嫌なのでは?
特にレンツは、ダの称号がある。
セナの戸惑いを切るように、エイベルが声を上げた。
「協力したい志願者は残るように。
ただし、ルフォス様が並べて良いと思える物を作れる者だけだ」




