04-10:門外不出につき
バルアータでは、夜中から雨が降り続いていた。
朝になっても、陽光は雲に隠れて薄暗い。
ザアザアと雨脚が強まり、雨が壁を叩く音が、やけに大きく聞こえた。
その音で少し早く目覚めたセナは、巾着にリボン柄の刺繍をしばらく刺していたけれど、少し飽きてきた。
大の字で眠るペロを起こさないようにベッドから立ち上がる。
小さなガラス窓から外を見てみた。
窓のそばは隙間風のせいか、かなり寒い。
セナは急いで暖炉前に逃げると、部屋にコンコンとノックが響いた。
「どうぞ」
扉が開き、バンクス邸の使用人とカリーナが一緒に入ってきた。
「朝食をお持ちしました」
優しげな使用人のおばさんは、テーブルに朝食を置いてくれた。
「ありがとうございます」
セナが笑顔で礼を言うと、柔らかい笑みのまま頭を下げて退出していく。
ルミア王国王城の侍女や使用人たちはとてもキビキビしていて、あまり和やかな感じではなかった。
だけど、バンクス邸の使用人たちはとても柔らかい。
「んごっ…、飯か!」
いい匂いにつられて、ペロが飛んでくる。
雨の日は湿気のせいか、ペロの毛がもわっと膨らんでいる。
「カリーナも一緒に食べよう」
「はい。ではこちらへ持ってきます」
カリーナが立ち上がる。
セナは並んだ食事を一緒に食べようと言ったのだが、どうやらカリーナも食事を受け取っていたようだ。
のんびりとした朝食が始まる。
「ところでお嬢様、先ほどから気になっていたのですが、アレが昨日仰っていた珍しくて目立つための加工品ですか?」
カリーナは早食いだった。
カリーナの皿には、チーズと煮詰めた紫林檎のデザートがなかった。
それを分けて同じ分量だったはずなのに、セナがようやく半分の量を食べ終える頃には、完食し終えていた。
セナはデザート用の煮詰めた林檎をパンにのせて食べようとしたのを中断して、カリーナの視線の先を追いかける。
デスクの上に布折鶴が置かれていた。
「うん。飾り物だけどどうかな? 目立ちそう?」
カリーナが立ち上がった。
セナに断ってから、布折鶴を手に持って様々な角度から見始めた。
「……多少は目立つはずです。それにしても縫い目がなく立体的ですね。
実用性はありませんが」
カリーナの言う通り、実用性はまったくなかった。
セナは苦笑する。
「目立たせるための飾りだからね。
一枚の布で折ってて、いらなくなったら布に戻して使えるから、まったく無駄でもないかも。
いつからできたのか私も知らないけど、ホント当時の人はよくこんなの思いついたよね?」
幼稚園から折り紙はやっていた記憶がある。
鶴以外にも、パクパク・パックンチョ、アジサイ、ピアノも作った気がするのに、ほとんどの折り方を忘れてしまった。
「武家の門外不出の礼儀作法、包装技術『折形』や、神事で供物を包んだ『儀礼折』が起源だぞ!」
ペロがセナの手から煮詰めた林檎が乗ったパンを奪い取った。
「それ私の林檎ジャムパン!」
「美味い!オレもこれで食べる!」
ペロも自分のパンに林檎を煮詰めたデザートをのせて食べ始める。
セナは「人のを取らないの」とブツクサやりながら、パンを千切って再び煮詰めた林檎をパンにのせる。
お行儀が悪くても、カリーナは許してくれるはずだ。
現に彼女は、チラリと見ただけで何も言ってこない。
もしかしたら、林檎ジャムパンを食べたかったのかもしれないけれど。
「……門外不出。そうしたくなる気持ち分かるかも。
すぐに作り方を真似されたら不利になるね」
新しいものや、もしもうまくいって人の目を引いたら、大抵目をつけられる。
ビジネスにおいて、模倣されるのは通例だ。
お偉い昔のご先祖様のアイディアではあるが、形はともかく、全工程を真似されると手痛いかもしれない。
「……形は真似されるかもしれませんが、作り方は魔法で秘匿できます」
カリーナは鶴の膨らんだ胴体部分をつつきながら、ポツリと言った。
外は、まだザアザアと強い雨が降り続いている。
室内では、暖炉に焚べた薪の水分が弾けてパチ、パチと小気味いい音が響いた。
セナは顔を上げてカリーナの蜂蜜色の目を見つめる。
いつもと変わらない温度のない、感情の揺れを測るのが難しい瞳。
けれど、いつだって頼りになって、力になってくれた。
セナの声のトーンが一つ下がる。
「……カリーナ、それマジ?」
「マジです」
カリーナがセナの期待を、しっかり受け止めるように頷いた。
商標権や特許権のようなものを魔法契約で登録や履行できてしまうのだろうか?
やはり物騒だが、魔法は便利だ。
セナはワクワクしてカリーナを見上げる。
「我々ゼラート魔導都市国家の魔法士は、所属塔、首家派閥などで魔法陣式や魔道具を受け継ぐのが慣例です」
突然にゼラートの話に飛んでいく。
セナは少し拍子抜けしつつ相槌を打つ。
「そうなんだ」
魔法士にも派閥があるらしい。
サンタなウォルター老もアデラインやジェラルドも。
ゼラートの導師には、そういったギスギスした感じはなかった。
アデラインとジェラルドは、自分の塔にかなりの自負があるようだったけれど。
カリーナが続ける。
「他の魔法士に流出しないよう、魔道具を解体して解読しようとすると、自然発火するようにしているのです」
「爆弾じゃねぇか!」
ペロが突っ込んだ。
「……消費者に危害を加えるのはちょっと…」
手に持った折鶴を解体しようとしたら燃え始めるなんて、大火傷である。
「確かに、人に危害を加える陣式もありますが、ただその物だけが燃え尽きる陣式もあります。
人に危害はないのでご心配には及びません」
「それヤバくない? 門外不出の布折鶴できちゃうんじゃ…?」
セナがパンを千切ると、ペロがスープをゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み切って言った。
「数量限定!期間限定版だ!」
「マナを使用するので、日に8個しか作れないことをご留意ください」
「十分だよ!」
セナはそのままカリーナと、陣式の発動条件を考えることになった。
お湯をかけて、一日水に浸ける。
これで折り目が消え、陣式が崩れる。
無理やり解こうとしたり、ハサミを入れたりしたら、燃え尽きてしまうというトンデモな門外不出『布折鶴』の仕様が決定した。
着々と準備が進む中で、ノックが響く。
そろそろ商い担当者の打ち合わせが始まる時間だった。
セナは慌てて最後の一口残ったパンを食べ切った。
扉を開けるとミラとダズマーの他に、騎士九人と使用人四人も集まっていた。
「私、商い担当者って…。もしかして間違えて違うこと言っちゃった?」
「いや、お前は確かに商い担当者って言ってたぞ!ボイレコはないけどな!」
ペロが首を振ってくれて、セナはホッとした。
疲れている時、考えていることとは違うことを口が勝手に喋ってしまう。
「何か手伝えたらと思い…。ご迷惑でしたか?」
レンツが苦笑し、セナは慌てて首を横に振る。
「いいえ、そんな!嬉しいです!ありがとうございます。
……ただ、せっかくのお休みなのに、なんだか申し訳なくって」
野営での見張り番や、戦闘は彼らがこなす。
商い担当者がいるのに、騎士たちに付き合わせるのも違う気がして、セナの言葉はだんだん小さくなっていく。
「セナ様ったら気にしなくていいのに」
シェイがにこっと笑い、ユーインがウンウン頷いた。
「そうそう。役に立つかは分からないですけどね。『五人揃えば銀貨が見つかる』って言うじゃないですか」
彼らの思いやりや優しさが、セナの胸にじんわりと広がった。
人数が多くなったが、なんとか暖炉の前の絨毯に全員が集まった。
セナがあっという暇もなく、平気で彼らは床に座ってしまう。
広かった客室は急に狭くなったように思えたけれど、雨音は弱くなった気がした。
誰もセナを睨みつけて悪態をついていなかった。
だから、この中の一人が白い衣服を踏みつけるほどの不満を抱えているなんて、セナには思えなかった。




