04-9:商い準備
デザインも折り鶴も、言葉だけでは説明しづらい。
セナは明日の昼、商い担当者で打ち合わせをすると告げ、その場は解散となった。
セナは説明するために大慌てで準備をしなければならなかった。
「異界に来て、小麦粉から糊を作ることになるとは…」
セナは客室に戻って、暖炉の前で小麦粉と水を混ぜながらブツクサ言った。
しかも、糊を作る経験なんて地球でもしたことはない。
「新たな経験ができて良かったな!立派な糊屋になれるぞ!暖簾分けだ!」
「ペロ…。糊屋やってたわけ?」
くだらない事をペロと言い合いながら作業を進める。
鍋を混ぜていると、半透明の葛湯のようなとろみがついてきた。
100cmサイズに切った麻布を、鍋に突っ込む。
それから少しして、暖炉の前に干す作業に取りかかった。
「一晩で乾くかな?」
縄を椅子の背にくくり、そこへ布を掛けて伸ばす。
垂れ落ちる水分が、木桶に溜まった。
ボト、ボトっと水滴が落ちる音と、パチパチと暖炉の木が弾ける音が響く。
「即乾燥だ!とれいっ」
ペロの掛け声と共に熱風がセナの顔を通り過ぎた。
暖炉の火と布が揺れた。
セナはペロが魔法で髪を乾かしてくれていたことを、すっかり忘れていた。
「さすが魔法!」
セナはペロの右手をぎゅっと握る。
「そこは、さすがペロ様だろ!」
「さすがペロ様! でも、すごい粉吹いてカッチカチなんだけど…」
セナは麻布を触ってみる。
とてもではないけど折れる感触ではなかった。
それから、セナたちは三度ほど試行錯誤を重ねることになった。
最終的に麻布に木ベラで糊を塗り、七割乾燥で、布が折れるようになった。
それから庭に出て、ペロが魔法で石を熱する。
セナは、火掻き棒で石を動かしながら折り目を熱処理して、二時間程度で布折り鶴の試作品が完成した。
羽を広げて60cmほどの立体的な布折り鶴。
セナは、それを見ると、何でもないことなのに妙な達成感を覚えた。
少し汚れている場所も、模様のようになってキマっている。
「……わりと良くない?
これ、中サイズも作って露店に2つ吊ってたら目立つよね?」
イソコ便局で見たイーソーのブランコのように、長さを変えて吊るのが良さそうだ。
「恐竜風船より地味だけど、悪くないぞ!」
ペロがツンと布折り鶴をつついた。
市場には、花や草、紐や布飾りの商品を吊るしている露店はあった。
でも、揺れる大型の布飾り商品はあまり無い。
折り鶴の目的は、目立つことだ。
ルミア王国が用意した商品は、きっと良いものなのだろうけれど、
似たような商品が並ぶ市場では、埋もれてしまう。
何か違うものがあった方が、目を引きやすい。
染色すればまた違うかもしれないが、セナはひとまず満足して室内に戻ることにして立ち上がる。
すると、背の低いネズミのような男が小走りで揉み手をしながら近づいて来た。
「おお、ルフォス様。こちらにいらっしゃいましたか!
若奥様が、予定が合えば夕食を共にしたいと仰せでございます」
セナはペロと顔を見合わせた。
当然、セナには断る口実はなく、リエズ王女と夕食を取った。
何の話かと身構えていたが、始まったのは、「夫との出会い編」に引き続く、第二話「王城交流編」だった。
「その時に、彼が何と言ったと思う? “私でお力になれることがあれば、何なりと仰ってください”と言ったの!」
「ええ!? 何なりと、ですか?」
「そうよ!そうなの!」
リエズは、夫の一言一句を宝物のように語り続けた。
「お花畑はしつこいな」
ペロがウンザリしたような顔でチビチビと白湯を飲む。
「精霊ペロ。愛し愛される者がいるというのは、こういうことなのよ」
リエズ王女は、幸せそうに微笑みながら、左手の金の腕輪に触れる。
スマホをチラッと確認する。
リエズ王女は、かれこれ一時間十五分ほど「王城交流編」を同じテンションで語っていた。
セナは相槌を打ちつつも、巾着刺繍の図案を考えることに脳みその半分以上を使う。
「ああ、そういえば市場にいる時に魔者の騒ぎがあったんですって?」
ヘラヘラ笑っていたリエズが、急に真面目な顔になった。
セナの伸ばした背が、また少し伸びる。
まるで雑談していたのに、突然に仕事の進捗具合を聞いてくる上司のようだ。
本来の彼女の顔は、こういった面が強いのかもしれない。
「はい。場所が離れていたので詳細はお話しできませんが…」
セナも自然と声が一オクターブ低くなる。
「だいたい分かるわ、セナ様。ここ一ヵ月、いやに変質する者が多いのよね。
魔物の襲撃もあったし、マナ異常が起こっているんだから当然かもしれないけれど…。
……ともかく、御身の安全が第一よ。
よければ、私の騎士を渡しましょうか?
彼らも奥で閉じこもっている一夫人より、かの伝承であるフィブラリスに仕えた方がいいかもしれない。
それに、ルミアの騎士といっても、実際に頼りになるのは半分くらいでしょう?」
「と、とんでもないことでございます、リエズ様」
リエズは、考え込むように視線を左下に向けて思索している。
セナは両手を振って否定した。
これ以上人員が増えるのは勘弁してほしかった。
ただでさえ、面倒な問題も、課題も山ほど抱えている。
新しい人員を迎える余裕は、これっぽっちもない。
「そう? 他に欲しいものはないの?
別に見返りを求めて言ってんじゃないわよ?
ああ、いえ、この地を救ってほしいという願いはもちろんあるけれど…」
リエズ王女はあっけらかんと言い放つ。
彼女の茶色の目は、真っ直ぐとセナを見ていた。
なんだか断るのも失礼かと思い、セナは何かリエズに頼れることがないか、考えなければならなかった。
ちょっとペンがないから一瞬貸してくれない?みたいな、そんな気軽さのものだ。
セナはふと最初にリエズ王女が挨拶をしてくれたことを思い出した。
「……では一つ教えていただきたいのですが」
リエズ王女が頷き、セナは指を組んで三角のポーズを作ってみせた。
「この挨拶って何なのでしょう? 返礼はどうすれば?」
ゼラートの導師もカリーナも、それからリエズ始め、王家の面々も三角ポーズを作って挨拶をした。
なんとなく最敬礼や三つ指を付いた座礼のようなもののように捉えていた。
リエズ王女は、目を見開いてセナを見た。
「あ、あなた、それ本気で聞いてるの?
欲しいものがないかって聞いてるのに、どういった挨拶かを教えてほしいと?」
彼女の目は何度も瞬き、それからすぐに、「アハハハハ!」と大声で笑う。
その声は部屋中に響き渡り、ペロが耳をペタリと伏せて手で抑えた。
「うるせーな!」と、また不機嫌そうに文句を溢す。
何か変なことを聞いてしまったのだろうか?
「もしかして、オルセンに何も強請るなとでも言われているのかしら?
……まあいいわ。これは『環理礼』というものよ。
北部や環神教を信仰する地域で、神聖なものや理への尊敬と恭順を示す礼ね。
場所によっては、親指を水平に重ねて三角を作るのではなく、円にするところもあるの。
当然、返礼の必要はないわ」
セナは若干引いた。
ヒクヒクと右目が痙攣する。
『フィブラリス』とは、一体どのような存在なのか。
セナは知ろうと一歩を踏み出した。
カリーナとエイベルが資料集めの依頼を自国へ送ってくれもした。
けれど、神聖、理である。
「ププー!」
ペロが吹き出して笑う。
知らないままの方が良かったかもしれない。
まるで逃避のように、巾着に施す用のポップでキュートな刺繍案が、セナの頭に浮かんだ。




