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04-8:喧騒を抜けて




 「魔者だ!逃げろ!!」


 静まり返ったはずの市場に、切羽詰まったような声が上がった。

セナたちから少し離れた北東方面から聞こえてくる。


警告の声からすぐに甲高い悲鳴が次々と上がった。

それから走り出す足音、ガタン!パリン!と物が倒れ、割れるような高い音が連なる。



 嫌な緊張感と、何も見えていない不気味さが、セナの不安を助長させた。



 「ルフォス様、参りましょう」

 エイベルが変わらない口調で言った。


 「ひとまず、このまま南へ。後ろをついて来てください」

 カリーナが走り出し、セナは分からないままに背中を追いかける。


 「シェイ、面倒を起こすな!行くぞ!」

 背後でユーインが怒鳴る。

セナが振り返ると、シェイもちゃんと後ろを走っていた。




 

 すぐに市場は大混乱になった。

人も亜人も獣人も関係ない。

みんな四方に走り出し、悲鳴を上げながら走る人もいた。


小さな子どもが泣きながら手を引かれている。

押されたのか地に倒れている女性。

装飾店の主人は、逃げもせずに必死で袋に商品を詰め込んでいた。



 ようやく市場を抜け、城門が近くなる。

ちょうど槍や盾を装備した兵たちが、市場の方へと走っていくのが見えた。

息切れを起こして、セナの足は完全に止まってしまう。

 



 「お前、体力ねぇな」

 「だいぶ、体力値、上がったけど...!?」



 肩で息をしながらペロに言い返す。

ミラは少し息が上がっていたけれど、カリーナやエイベルたちは、ぜんぜん息切れしていなかった。

職業軍人と一般人を比較するなんて馬鹿げてる!



 「ルフォス様。このまま一度バンクス邸に戻るべきかと」

 「……はい、そうします…」


 エイベルの提案に、セナは素直に頷いた。

不安はあったけれど、エイベルやカリーナたちがいる。恐怖はあまりない。


ただ、騒ぎのことで頭がいっぱいだった。

商いのことなんて、頭からすっかり追い出されたし、

もう一度、あのホット林檎ジュース店で全員分のジュースを買って帰ろうと思っていたのに、もれなく忘却の彼方となった。



市場では、確かに誰かが『魔者』と叫んでいた。

セナは、まだ魔者を見たことがない。

人が魔物に変質してしまうことは、とても恐ろしいことだと思った。

どんなふうに変わってしまうのだろうか。

そんな事ばかりが頭の中を巡った。




 カリーナや騎士たちは周囲を警戒しているようで、ただ歩いているだけなのに真剣な表情だった。

誰かに、実際の魔者について聞ける雰囲気ではなかった。



 街の出入り口、城壁の門前を通ると、話し声が聞こえて来た。



 「おい、今週で3人目だぞ。最近は多すぎる。

市場で魔者が出るなんて初めてだ。他国のやつか?」

 「さぁな。環神に見放されたんだろうさ。それよりも、俺は魔物がまたいつ大量に出てくるか気が気じゃねぇよ…」



 門兵たちが、悲壮感を漂わせながら話している。

セナがつい数時間前に通った時、彼らはとても大きく見えたのに、背中が少し丸まって小さく見えた気がした。







 セナたちは、早々にバンクス邸に戻った。

最初に出た時とは正反対に、足取りは重い。

イーソーを見て、美味しいホットリンゴジュースを飲み、商売に意気込んでいたはずの自分が幻のように思えた。



 「……驚きましたね…。誰も食べられてないといいのですが…」

 ミラが肩を震わせながら口を開くと、カリーナが頷く。


 「変質には10秒ほどあります。初動さえ上手くいけば、犠牲は最小限に抑えられているはずです」

 「…そりゃ、隣にいる人を平気で殺せるならの話だよ」

 シェイが呆れたように言った。



もしかしたら、カリーナにはそれができてしまうのかもしれない。

けれど、セナはカリーナが酷いだとか何だとか思わなかった。


 変質してしまったら、もう魔物と変わりない。

ルミアでは警鐘が鳴り響き、魔者が四人も人を食べたと言っていた。

犠牲を最小限に抑えるならば、取るべき最良の手段なのかもしれない。



 シェイに何かを言い返すのかと思いきや、カリーナは突然に話題を変えた。



 「ところで、お嬢様。あの市場に店を出すならば、商品を選定する必要があり、価格共有もすべきです」



 まさかの、ごもっともで素晴らしき現実の問題提起だった。

今言う?感は多少あるけど。


セナはペロから魔者をどうにもできないと言われているし、考えたところでどうにもならない。

カリーナの言う通り、やるべき事は沢山ある。




 「そうだね。なんか激戦区っぽいし。みんなの知恵を借りないと」


 少しでも能力があるなら、誰でもいいから助言してほしい気分だった。

書類上親族と云えど、感覚的には同業他社である『海の馬商会』に頼るわけにもいかない。


セナが情けなく弱気な態度を取ると、ペロがクワッと口を大きく開く。




 「お前の知恵をフル活用しろよ!商戦だ!詰め放題だ!ブラインドパッケージだ!」


 セナは、ペロの口を手で塞いだ。

するとミラがハッと気づいたように顔を上げて、気まずそうにオズオズ言った。



 「あ、ダズマー殿…呼んで…来た方がいいでしょうか?」



 セナとしても、このまま気楽な感じで進めていきたいのが本音だった。

ダズマーを呼んでも大変ややこしいような気がする。

けれど、呼ばないのももっと面倒な気がした。




 「はい、お願いします」


 もしかしたら、素晴らしい案を出してくれるかもしれない。

セナは前向きに考えて、内心を顔に出さないように笑顔を作った。






 内心の声が届いたのかは分からないけど、ダズマーは不在らしかった。

いないことに、セナは少し安堵した。

でも、街に出ていたなら魔者騒動に巻き込まれていないか心配だ。

それに、突然決まったから打ち合わせの事前通達もしていない。



 ダズマー抜きで価格を決めるのは良くない。

ひとまずセナたちは、幌馬車の商品をもう一度確認することにした。



 商い担当で進めるからと断ったけれど、そのまま護衛騎士たちもシェイも作業を手伝ってくれた。




 「いよいよ商隊って感じになってきましたね!

スモールードで仕入れた毛皮や炭も売るんですか?」


 シェイが毛皮を指す。

セナは確認作業をしながら、魔者への不安より、初めての商売への緊張の方に比重が傾き始めた。



「元々卸していた場所で売ろうと思ってて。確か、『キンの毛皮工房』…?」

「工房ならおそらく南西のエリアにあるはずです」


 カリーナが毛皮の袋を集めながら言い、ユーインは箱を持ち上げながら言った。


「ここの執事のおっさんに聞いてみるか」


 「あの、ルフォス様…こちらはどうしましょう」

 ミラが汚れた反物を手にして、セナに見せた。



暴動で幌馬車が横倒しになって泥が跳ねたという、何重にも巻かれた布だ。

すぐに洗ってくれたのか、そこまで汚れが目立つわけではない。

けれど、間違いなく手芸店では置かない汚損レベルである。



 「どうしようね...」

 セナは腕を組む。


 「破格で売るか、自分たちで使うのが通常です」

 カリーナが反物を見て言った。


セナの物ではないし、ルミア王国が用意したものだ。

二束三文で売れても、ミラガイア商隊から見れば、原価は0円だから自分の懐は全く傷まない。

けれど、セナは破格売りを選択したくはなかった。




 「……加工してみようかな…。他の露店とは違う目玉がほしいし…」

 セナは反物を撫でた。


 市場では、セナが欲しいと思うものがあまりなかった。

巾着はそれなりに需要があるらしい。

安価なものは地味寄りで、高価なものは、豪勢だが似たような古典柄のようなものが並んでいた。



 「加工?」

 シェイが首を傾げる。


 「はい。こう、リボンとか…。

ファンシーなポップ感、フェミニンっていうか、思わず可愛い!って思うような物がなかったんですよね」


 「わかるぞ!!魔法少女成分が全くない!」

 商品であるネックレスを三個もつけたペロが、クルリとセナに振り返った。

魔法少女は可愛さと明るさ、キラキラ感があるので、あながちペロの言い分も間違いではない。



 「でも異物感半端なさそうで逆にミスマッチ…?

しかもリボンや月や星のモチーフを刺繍した巾着くらいじゃ目立たないし。

……うーん…。

ちょっと珍しくて、安すぎず高すぎない…目につくもの…」



 セナは腕を組んで首を傾げた。

お商売は大変に難しい。



 「抹茶ソフト一択!!」


 ペロがまた叫ぶ。そのせいで、セナは温かい抹茶か緑茶が飲みたくなってきた。

何なら紅茶か烏龍茶でもいい。



 「布製品だってば…」


 パタパタと手慰みに、汚れてしまった布を何度か折って弄る。

セナは三角に折れた布を横目で見た瞬間、なぜか頭に折り鶴が浮かんだ。



 「……ねぇ、ペロ。布で折り鶴は?

ちょっと大きめのやつを上から何個か吊るして…」



 一枚の布で立体的に作れる飾りだ。

不要になれば解いて布にもできるというメリットもある。

なにより縁起がいいし(別の文化圏では不吉な鳥とも言われていることをセナは知っているがスルーすることにした!)、目立ちそうだ。



 思い浮かぶと、すぐに作り方にセナの思考が飛ぶ。

目の粗い薄手の麻布を指で撫でると、少しザラついた柔らかさが伝わる。




 「……糊で固めればパリっとするし折れそうじゃない? あ、でもアイロンもいる…」


 「糊くらいは作れるだろ。ジャガイモを擦り潰すんだ。小麦粉でもいける。

アイロンは、石を魔法で熱するなら…まあ作れんこともないだろ」



 ペロも、セナと同じように腕を組んで首を傾ける。

作れると聞いた瞬間に、今度はセナの意識がデメリットに向いた。



 「あ、でもこれどうなの? 異文化の持ち込みってアリ?」



 ペロが半目で呆れたようにセナを見た。



 「折り鶴やらデザインで生活基盤を崩せるか!

大量生産、低価格でばら撒きすんならともかく!」



 それもそうだ。

そもそも異物感が強くて、敬遠される可能性の方を心配すべきかもしれない。



 「お嬢様、精霊ペロ。お二人が何をおっしゃっているか全く分かりません」



 カリーナが眉を寄せて言った。

ミラが頷き、シェイが首を傾げてセナを見つめている。

セナは何から説明したらいいのか、たじろぐ羽目になった。









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