04-7:市場視察あるいは見学
布に色とりどりの髪を挟み、バッグの奥底に突っ込んだ。
セナはハッとした。
現代風に言えば、これは名刺のようなものかもしれない!
(いやでも、魂基片を辿れるのはイーソーだけらしいし、魔法士二人は勝手に回収してったから名刺じゃない…。
異界では、ご自由にお取りくださいって抜け毛に書いてるのかも…)
セナはふと、親しい相手に髪を贈る文化が、地球にもあったことを思い出した。
「さて、帰りますか?
それとも美味いもんでも食べます? 確か、この先に良い酒場が…」
ユーインが東の方へ目を向けたので、セナは常識比べをやめて顔を上げる。
ユーインの提案はとても魅力的だった。
でも、残念ながら絶対に逃れられない、やるべき宿題がセナにはあった。
初心者だらけの商いチームで、初商売だ。
セナは食べ物以外の商品の相場をほとんど知らない。
事前調査は避けて通れない問題だった。
「…アー、ユーイン殿。私、少し市場の方へ行ってみたくって。いいですか?」
おずおずと意見を口にした。
すると、シェイはパッと顔を輝かせる。
「行こう、行きましょう!私も気になってたんです!」
「市はあちらです」
有無を言わさぬ雰囲気で、カリーナが、再び先頭を歩き出した。
ファナン共和国の首都バルアータの中心部は、布の張った屋台や、馬なしの馬車がそのまま屋台となっている移動式店が立ち並んでいた。
もう昼も過ぎて、あと数時間もすれば陽光が弱くなる。
それでも、呼び込みや値を交渉する声が、あちこちから響いていて賑わっていた。
セナは、少しの気合いと共に賑わいに足を踏み入れた。
歩き始めると、露店の大小も、売っている種類もそれぞれバラバラの多種多様だった。
銀細工の装飾品を売る店の隣で、干し肉や吊るされた鶏、兎を売っている。
織物店の横では、香辛料や薬の原料が山のように積まれていた(セナは匂いがつかないか心配になった)。
ドリンクや汁物、焼き物を売っている店からは、白い湯気が立ち昇っていた。
薬のような匂いや、焼き魚の香ばしい匂い、ミルクを煮立てたようなほんのり甘い匂いが、歩くたびに入れ替わるように漂ってくる。
「そこのお嬢さん、うちの装飾品はどうだい?
ビルドナ帝国じゃ若い娘がこぞってつけてるよ!」
二重アゴで化粧の濃いおばさんが、赤みのある金の髪飾りを手に持って、セナに勧めて来た。
あまりセナには似合うとは思わなかった。
売れると思ったのだろうか。
よく見ると金色は少し黒ずんでいて、真鍮かもしれない。
彼女の店には、他にも銀の指輪や、小さな宝石がついたペンダントもあった。
そして、やはり他の店と同じく値札はない。
「それは、おいくらです? 奥の指輪やペンダントは?」
セナは市場調査だと意気込み、微笑んで店に近づいた。
「髪飾りは20コペル、銀の指輪は3バーシル、宝石付きのペンダントは6バーシル!
2つ買ってくれるなら、5コペル負けるよ」
似たような商品がカウンターに並べてあった。
カリーナが教えてくれた原価のだいたい三倍から四倍の値段である。
「お前、こういうの趣味だったか?」
ペロが宝飾品をジーッと見下ろす。
ミラも「わ、素敵」と眺めていた。
シェイは左隣の武器店の方が気になるのか、首を左に向けている。
兜のようなものは凹みがあるものばかりで、それがデザインなのか中古品なのか、セナにはよく分からなかった。
「んー、可愛いけど、今月ピンチなんです…。マフラーも買ったし」
セナはもらったばかりの白い毛皮のマフラーに手を置いた。
それから、まったく趣味ではない六バーシルのペンダントにチラリと目を向ける。
「……そうだねぇ…。よし、特別だ!
思い切って1バーシル負けるよ! 5バーシルでどうだい!?」
おばさんはペンダントをズイっと見せびらかすように持って、笑顔で言った。
セナは腕を組み、悩んでいるように首を横に倒す。
「んー、あっちの店のペンダントも可愛かったし…」
「な、なら、1バーシル引くよ!これでどうだい!?」
「うーん」
息巻くおばさんに、セナは少しだけ悩むふりを続け、名残惜しそうにもう一度ペンダントへ視線を落とした。
でも、おばさんからそれ以上の一押しは出てこない。
「……ちょっと考えます。どうもありがとう」
「ああ、ちょっとお嬢さん!」
この店では、宝飾品の販売価格は、三倍から四倍だ。
値引きは二割弱といったところのようだ。
これだけ店があるなら、相場に極端な開きはないはずだ。
何軒か回れば相場の幅は掴めるかもしれない。
セナは軽くお辞儀をして、そそくさと店を離れた。
それから、雑貨や布製品を扱う屋台を見回って、同じように価格調査をした。
三店目が終わったところで、後ろを歩いていたカリーナがセナの肩を軽く叩いた。
「……お嬢様、もしや相場を見ているのですか?」
「え? うん、そうだよ」
セナが頷くと、カリーナが斜め下を見て視線を逸らした。
「…仰ってくだされば、そのようなことは私がします」
珍しく重々しい口調で言うカリーナに、ミラが何かに気づいたように、ハッとしたように顔を上げた。
「す、すみません! 私の仕事ですよね!?」
「....え!? 違う違う!誰がするとか決まってないし!」
顔を青くしてアワアワしているミラに、セナは首を勢いよく横に振った。
当然ながら、「ではどうぞ、どうぞ」とお決まりの譲り合うネタを誰も出してくれるはずもなく、気まずい空気が流れる。
セナは、街へ出てきたから、ついでに敵情視察しようとしただけだった。
値札を見て、さっさと退散するつもりだったけれど、どこの店も値札はない。
ちょうど声がかかったから、リサーチを開始しただけのつもりだった。
正直、誰がやってもいいことだ。
こんな空気になるなんて、セナは完全に想定外だった。
「なぁ、アレ飲みたい!100%リンゴジュースだぞ!!」
いつも空気をぶち壊すペロが、珍しく空気を読んだのか、はたまた偶然か、セナの背後にある屋台を指さした。
振り返ると、火にかけた大鍋を長い棒で混ぜている青年がいて、甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。
「い、いいね!みんなでリンゴジュース飲みましょう!
すみません、7人…8人分ください!」
勢いよく言ったせいで、大鍋を混ぜていた青年はセナを見るなりギョッとして、混ぜていた棒を手放してしまった。
木製カップ一杯二コペルの温かいリンゴジュースは、酸味と甘さが絶妙だった。
ホットドリンクなので茶色の液体をイメージしていたけれど、鍋の中身は紫色で、果肉がドロッとしてる。
何か元気になるような効能があるかと期待したが、特にそういった効果は出ない。
「しかし、ルフォス様。
わざわざ商いなんてせずとも、金ならルミアから送られてきませんか?」
離れた護衛にリンゴジュースを届けてくれたユーインが、戻って来るなり不思議そうに尋ねてきた。
エイベルの眉間の皺が深く刻まれ、ユーインを睨む。
まるで不要なことを言うなと言いたげだ。
だけど、セナは気にせずにユーインに大きく頷いた。
「私も最初はそう思ってたんですけど…。
『大陸交易同盟 加盟規約』の加盟資格の中に、『商いを行い、継続的に利益を生じていること』っていう条文があるんです。
まだ全部は読んでないけど、多分、実態がないと通行証や身分証は没収されます」
大陸交易同盟―――通称、商業ギルドは、金さえ出せばオールオッケーなゆるゆるのガバガバ団体ではないようだった。
当然ともセナは思えた。
現代でも、実態のない会社と取引なんて普通はしない。
それも、商業ギルドの通行証は、大陸のほとんどの国に入れるのだ。
かなり中身には厳しいかもしれない。
「そりゃあ…なんというか…」
ユーインが髪を混ぜ、一瞬チラリとミラを見た。
セナはなんとなく言いたいことを察した。
なぜ、ミラやダズマーのような素人みたいな人が同行しているのか。
そんなことを聞きたいのは、セナも同じだ。
でも、彼らの全ての仕事を見たわけではないのに、アレコレ言うのはよくない。
「というわけで、頑張って稼ぎます!」
セナはユーインの言葉に気付かないふりをして、ニッコリと微笑む。
「ルフォス様、私も頑張ります! 次の相場調べはお任せください」
ミラが両手をグッと握った。
彼女の焦茶の目がやる気に満ちていて、見ていてとても気持ちいい。
「はい、ミラ殿。お願いします」
セナは、ミラにも微笑んだ。
価格調査に関してはカリーナとミラに任せた。
セナは商品のデザインや縫製の良し悪し、どんな人が何を購入しているのかを見ることに集中した。
そうして幾つかの店を回る。
「布や革類は、2〜3倍で売値をつけています。宝飾品も先ほどと変わりませんでした」
カリーナが淡々と報告する。
「お疲れさ――」
言い終える前に、エイベルの手がセナの肩を掴み、強く後ろへ引かれた。
「おっと、悪い…」
セナの前スレスレで男が通って行く。
肩がぶつかりそうになったようだ。
相手の長衣の裾が足の動きに合わせてはためいた。
一瞬だけ黒い飾り布が見える。
円の中に葉が連なっていて、うち一つは目のように見える奇妙な絵が、銀色で刺繍されている。
顔を上げると、小豆色の短髪の男がいた。
緑の目が僅かに見開かれたが、男はそのまま通り過ぎて行く。
隣には濃緑の髪を結い上げた女もいたが、顔は見えない。
二人とも黒と茶色の目立たない衣服で、人混みに紛れてすぐに見えなくなった。
「ルフォス様、大丈夫ですか?」
頭上からエイベルの声が降ってきて、セナの意識は浮上していく。
「あ、はい。ありがとうございます、エイベル殿」
「疲れたんなら帰ろうぜ。オレは疲れた!」
ペロが、抱っこしろと言わんばかりにセナの手の中に入って来る。
次の瞬間だった。
「うわああ!」
市場のどこか奥で、野太い悲鳴が響き渡る。
まるで世界が止まったように、さっきまで騒がしかった人混みの中から音が消えた。




