04-6:異界式の連絡先交換
ジェラルドへのお礼の手紙は、10分程度で完成するはずだった。
それなのに、代筆を頼んだペロが勝手な変更をしまくるせいで、倍の時間がかかっていた。
「王城でご挨拶してから一月あまり、お元気でお過ごしでしょうか」が、
「よぉ、元気か?」に改編されるのである。
セナのキャラが木っ端微塵だった。
セナはインクを即座に拭った。
それに、ギャーギャーとペロと言い合いしながら、羊皮紙の表面を何度も削る羽目になった。
もはや削りすぎて、羊皮紙が毛羽立ちまくっている。
これを見たジェラルドは、一体どう思うだろう。
「ったく、つまんねぇ手紙だな!もっと意外性を出せよ!」
ペロが、削りすぎてインク滲みが所々にできた手紙を見直している。
「テンプレが一番だよ」
セナは机に左頬をつけて、グッタリ項垂れた。
ペロに頼んだのが大間違いだ。
最初からカリーナに代筆を頼めば良かったと後悔する。
またペロがフンフン鼻歌を歌いながらペンを走らせる。
今度は端に絵まで描き始めた。
ペロの自画像が端に添えられている。
なぜか目は、昭和の少女漫画風にキラッキラで、どこかで見たことのある魔法少女のステッキも描かれていた。
セナに止める気力は残ってない。
ジェラルドが、200歳以上の年の功で笑ってくれる方に賭けることにした。
きっかり30分後、ドアがノックされる音がした。
セナは手紙を持って、ペロと一緒に部屋を出た。
ユーインとエイベル、それから騎士が一人(デレク・サンガーという騎士だ)と、外套のフードを深く被ったカリーナがいた。
彼らと一緒にバンクス邸の廊下を歩き、外に出る。
「確か、街の北西に、イソコ便局があったな」
ユーインが顎に手を置いて、思い出すように視線を斜め上にやりながら呟く。
セナは「イソコ便」の単語に、パッと顔を上げた。
「もしかしてイーソーに会えるかもしれませんね!?」
「え? ああ、まあ、多分? 出払ってなければの話ですが…」
ユーインがほんの少し目を開き、曖昧に答えた。
会えるかどうかは分からないけれど、セナはワクワクと心が弾む。
ふと一方的にイーソー可愛い同盟を結んだミラが頭に浮かぶ。
「ミラ殿にも声をかけた方がいいかも…」
もしもイーソー好きが社交辞令だったり、休息したいのなら迷惑だが、本当に好きなら誘わないのも反感を買いそうだ。
組織内の微妙な人間関係とは、とてつもなく面倒くさい。
セナがポツリと呟くなり、ペロが彼らのいる宿舎に向かって叫んだ。
「おおい! 茶髪の使いっ走り!イソコ便局に行くぞー!30秒で出て来い!」
ガタッと木製の窓が開いた。
顔を出したのは、ミラではなくシェイだった。
「え、セナ様出かけるの?」
「うん、街に手紙を出しに!」
「一緒に行きまーす!」
シェイが窓枠に足をかけた。
けれど、セナの背後を見て、まるで幽霊でも見たようにギョッとした表情になる。
彼女は急に窓枠にかけていた足を室内に戻して、バタン!と木製窓を閉めてしまう。
もしかしたら、後ろのエイベルを見て、窓から出るのを諦めたのかもしれない。
「……29、30! セーフ!」
シェイが到着する。
ミラが幌馬車の影から現れて、こちらへ駆けて来た。
どうして、幌馬車から出て来たのだろう。
「なぜ、お前が来る」
エイベルが、まるで「呼んでいない」と言いたげにシェイを見下ろして眉を寄せる。
「え? ご一緒したかったので。自由時間だし」
シェイは首を傾げてあっけらかんと言い放った。
「お待たせしました!」
「おおし、街へ行くぞ!」
そこへミラが到着し、ペロがご機嫌に出発の音頭を取る。
ユーインが侍従に何かを話すのを待って、セナたちはバンクス邸を出発した。
セナたちは、まず住宅街を北に向かって歩き出した。
ユーインが先頭だったけれど、途中から彼が、「あれ、こっちだったか?」と首を傾げたため、カリーナが先頭を変わった。
セナは、左にシェイ、右にペロ、その隣にミラと並んで歩いた。
北に行くにつれて、道幅がどんどん狭くなり、家屋もそれに応じて小さくなっていく。
まるで、バス・トイレなしの1K平屋が密集しているようだった。
それでも、玄関前には花が飾ってあったり、二階建ての建物があって、薬やパンの絵看板が、扉や壁に掛けてあった。
薬屋の前はハーブのような独特な匂い、パン店の前は、とても香ばしい匂いが漂っている。
「…商店街とも違いそう」
今度は針と糸のような看板を見つけた。
数軒の家屋を過ぎると、また二階建ての店がある。
隠れ家店というには多く、商店街というほど店は連続していない。
セナの独り言に反応した先頭を歩くカリーナが、説明し始めた。
「この辺りは、役人や神官の住まい、彼らが利用する良店が入っているエリアです」
「へぇー」
セナもシェイもミラも同じような声が出る。
気分でも乗ってきたのか、カリーナは観光ガイドよろしく更に続けた。
「右手に見えるのが、環神教の神殿です」
セナは右に顔を向けた。
「ああ、街に入る時に見えた大きい建物…」
巨大なドーム型の屋根と、石造の柱にも凝った装飾がされている。
セナは、スモールードの村で別れの挨拶をする時に、パンをくれたおばさんや、銀メダルのアドルが「環神の加護を」だとか何だとかを口にしていたことを思い出した。
この辺りでは、一般的な宗教なのかもしれない。
少し歩くと、二階建ての建物に、鳥が小包を持つ看板が見えた。
扉には、こうあった。
大陸イーソー輸送ギルド
バルアータ支部
“ご機嫌なら、どこよりも速くお届けします“
愉快な一言が書かれた木製の扉に、カリーナが手をかける。
セナは、ドキドキしてワクワクした。
ギィと外側に扉を開くと、すぐにカウンターが見えた。
ユーインが扉を支えてくれ、セナは中に入った。
カウンターの奥には、大きな木があった。
天井近くの二階部分にまで枝葉を伸ばしている。
木には、長さの違う小さなブランコが三つ吊るされていた。
それから、幾つもの餌場や鳥の巣のような物もある。
奥には小さな暖炉があって、周囲だけは石積みになっていた。
近くの長テーブルには幾つかの包みと手紙が置いてある。
床は、半分以上が草むらのようになっていて、まるで家の中が小さな庭のように整えられていた。
「おや、いらっしゃい。随分と大人数で来たね」
白髪の優しげな顔つきの老人が出てきて、カウンターの前に立つ。
眼鏡の位置を直しながら、ゆっくりとした口調で言う。
同時に、木の茂みからイーソーが顔をちょこんと出して、こちらを伺い見た。
「ルフォス様!イーソーです!!」
「ほんとだ!」
ミラが指をさし、セナもイーソーに釘付けになった。
すると、白髪の老人はハッハッハと声を出して笑う。
「お嬢さんたち、おかしなことを言うね。うちは、イソコ便局だよ。
イーソーが居なきゃおかし…いやぁ、おかしくはないね。
出払ってる時もある」
ハハハと笑いながら老人は立ち上がり、机の上に並んだ荷物をチラリと見てから、こちらに向き直った。
「さてさて、ご依頼はどなたかな」
「お嬢様、手紙を」
「あ、うん」
カリーナに促され、セナはバッグから手紙の形に折った羊皮紙を出した。
カリーナは、ジェラルド.R様と書いた宛名の上に、カウンターの羽ペンでスラスラと何かを付け足し、用意していた麻の包みに入れた。
包みには、小さな羊皮紙のカードが縫い止められている。
「ゼラート魔導都市国家、中央塔便局まで」
「ルミア王国へ」
今度は、エイベルが蝋で封をした手紙と、何か糸のようなものが巻き付けられた小枝をカウンターへ置いた。
エイベルの手紙には宛名も住所も無かった。
「小包は6バーシル、手紙5バーシル。マナ痕配達は追加10コペル。
隣国なら2日以内で配達。戦がある地域や死人には配達できないよ」
エイベルが銀貨11枚と銅貨10枚をカウンターに置いた。
チャリ、と硬貨がぶつかる音がすると、赤いイーソーがカウンターの上にやって来た。
どうやら、羽は緑色だけじゃないらしい。
「赤いの来た!……ん? この子なんか背負ってるんだけど!?」
セナは色鮮やかな赤いイーソーを凝視する。
なんと、大きな銅貨をリュックのようにして背負っていた!
白髪の老人は気にすることもなく、頷く。
「赤イソや茶イソは、確かに緑イソよりは珍しいがね。どのイーソーも契約すると、大コペルを背負うのさ」
異界では、鳥が契約して硬貨を背負うらしい。
異界の鳥常識は謎だらけだ。
でも、可愛いので何を背負おうがなんでもオッケーかもしれない。
赤いイーソーは、エイベルが置いた小枝を突っついて足で転がした。
羽ばたき始めて宙を飛ぶと、手紙が突然に消えてしまう。
イーソーは、荷物が置いてある机まで飛んでいくと、
消えたはずの手紙が再び現れて、ヒラヒラとテーブルの上に落ちた。
エイベルは気にした様子もなく、小枝をまた手に取って懐にしまい込んだ。
(どうなってるのー!?)
セナがあんぐり口を開けると、老人が愉快そうに笑う。
「イーソーは、我々には見えないマナ帯を出して、荷物を包んでしまうのさ。
だから、荷物は見えない。飛ぶ時は羽をマナで巨大化させているとも言われているよ」
「な、なにそれ…。可愛い上にダンスと歌もできて、有能ってこと?」
「イソ!」
セナが赤いイーソーを見つめる。
まるで応えるようにイーソーが片羽を上げた。
それを合図にしたように、三羽の緑色のイーソーが赤イーソーの隣に並ぶ。
あろうことか、四羽全員が片羽を上げた。
「「「イソ!」」」
ミラが息を飲む。
セナは可愛いが限界突破して、胸元の衣服をぎゅっと掴んだ。
「おや、任せろってところか。こりゃあ早く荷物が着きそうだ」
老人がまた楽しげに笑い声を上げた。
セナもミラもイーソーから目を離せず、惜しみながらイソコ便局を出た。
「そういえば、エイベル殿の手紙には宛名も届け先もなかったように見えたんですけど、あれで届くんですか?」
どうしても気になって、セナはエイベルに向き直る。
エイベルは頷いた。
「……イーソーは魂基マナを識別し辿れるため、ある程度の方角を指定すれば宛名は不要です」
「へぇー。私もジェラルド殿やアデラインに直接出せるのかな?」
「届け人の魂基片があれば可能です」
魂基片。
また妙な異界用語が出てきた。
セナが首を傾げると、カリーナが外套のフードを調整しながら言った。
「髪や爪、血液などですね」
「………は?」
セナは思いもよらない回答に声を上げた。
「いや、ちょっと待って。 その流れでいくと…。
ジェラルド、私の髪の毛持ってるってこと!?」
爪を切った覚えもなければ、血を出した覚えもない。
カリーナは不思議そうに首を傾げた。
「要人の魂基片を持つのは常識です。はぐれた場合、イーソーで連絡がつきます。
私も既に、お嬢様の髪を回収しています」
「いつの間に!?」
セナは一歩引いた。
知らない間に髪の毛を回収されているなんて、かなり衝撃的だ。
魔法士の常識はどうなっているのだろうか。
捨ててくれと言う前に、ペロが自分の毛を一本抜いて差し出してきた。
「いい機会だし、一本やる!」
「セナ様! 私のも要りますか!?」
シェイが両手で、ポニーテールの赤茶髪をとき始めた。
この初めてのアドレスやID交換みたいな空気はなんだろう。
カリーナが、自分のウェーブのかかった灰色の髪をブチリと一本抜いた。
「イーソーは迷子の際にも有効です。交換しておくと安心です」
セナの頭は爆発しそうだった。
なぜ髪の毛を差し出されているのか、状況がサッパリ理解できない。
(IDや番号の代わりに髪の毛交換するの!?)
異界の常識は、理解不能である。
とりあえずセナは、差し出される髪を受け取る羽目になった。
手の中の数本の髪を見て、セナはそっと目を逸らす。
使う日が来ないことを願うばかりだ。




