04-5:絞り込み、予想して
「殿下は、何と?」
やって来た二人に椅子を勧め、セナも腰掛ける。
すると、ユーインが早々に口を開いた。
ユーインの薄紫の目には、不安と焦燥のようなものが揺れていた。
隣にかけたエイベルは、そういった感情は見えない。
リエズ王女について、少なくともユーインほどの苦手意識は持っていないのかもしれない。
「物資の惜しみない協力を約束してくれました。必要な物は用意してくださると。
こちらからは、何もお願いしていません」
セナは王女へ挨拶したのみだと情報を共有する。
「残り46分は、夫婦の出会い編を延々と聞かされたぞ!
なんだ、あのお花畑女は!」
セナがせっかくいいように話をしたというのに、ペロが内容をバラしてしまった。
ユーインは、気まずそうに視線を逸らす。
「いえ、それは…。リエズ殿下本人が、ファナンとルミア両国の条件を整えて降嫁しただけなら、大変いい仕事をした王女で終われるんですがね。
バンクス子息の婚約者が、これまで五度も変わってる。うち二人は行方不明。お花畑で済ますには…」
「憶測で話すことではない」
エイベルが目を伏せてピシャリと切る。
婚約者が五度も変更になったのに、リエズ王女が疑われたり、ルミア側の工作だと言いがかりもつけられていないのだろうか。
『着飾って美しく見せても、中身は歪んで腐ってる。
特に王家の女は、見えずとも苛烈だから気をつけた方がいいわよ』
セナはリエズ王女の言動を思い出して、なんとも言えない気持ちになった。
あれは、なんの忠告だったのだろう。
リエズ王女本人のことか、はたまた――と思ったところで、セナは疑問を横に置いた。
「……ともかく、商隊全員にバンクス子息と接触しないよう通達しておくべきかもしれませんね」
セナは、リエズ王女の室を出てすぐに思い立ったことを共有する。
釘を刺されたのはセナだけだ。
でも、あの様子では、何をもってして害虫認定されるか分からない。
ユーインは頭が痛いのか、右手で髪を掻き上げた。薄紫色の髪がサラリと流れる。
エイベルの表情はやはり変わりなく、淡々と返事をした。
「ルミア側の者には、こちらで伝えます」
「お願いします。カリーナには私から」
だいたいの話がまとまったところで、またノックが響く。
三人と一匹で顔を見合わせ、誰も何も言葉を発しない。
セナは扉の方へ視線を向けた。
「どうぞ」
キィ、と木製扉が音を立てて開く。
カリーナの肩まで伸びる灰色の髪が揺れる。
感情が見えない蜂蜜色の目と目が合った。
「お嬢様、成り行きで侍女も兼任することになりました。
侍女としての基本は分かりませんが、これまで以上のサポートを行います」
カリーナから脈絡もなく、温度のない声で告げられる。
セナは、一体どういった成り行きでカリーナが侍女になったのか、ぜんぜん想像ができなかった。
ひとまず左隣の部屋に通されたのは、カリーナなのだろう。
それは、とても心強く感じた。
「今まで通りで十分すぎるくらいだよ。いつもありがとう」
「そうですか」
カリーナは視線を僅かに下げた。
表情や声の調子からは、彼女の心情を測るのはとても難しい。
カリーナにお礼を言って、眼前の二人に言わないわけもなく、セナは姿勢を正した。
「エイベル殿、ユーイン殿も、いつもありがとうございます」
「………恐縮です」
「いえ、こちらこそ」
頭を下げると、エイベルとユーインも続いた。
ユーインの方は崩れかけた姿勢をシャンと伸ばして改まった様子になる。
セナはそれが面白くって、口元がつい綻んだ。
ペロが、退屈そうに一つ欠伸をして水を飲む。
「冷てぇな!」
ファナン共和国バルアータの水は、軽い口当たりだった。
冷たく、少しだけ鉄の味がする。
「……ところで、お嬢様。ゼラートへ調査と資料依頼の手紙の準備ができました」
カリーナが、黄みがかった麻布の小包を少しだけ持ち上げて見せた。
「ええ、早くない!? ちょっと30分待ってくれない?」
セナもジェラルドから届いた荷物のお礼を書きたかった。
首に巻いている白い毛皮のマフラーは、とても温かい。
「……ルフォス様。街へ出られる際の護衛ですが、交代で15人を5組に分け、3名でお守りします」
今度はエイベルが言った。
確かに、ゾロゾロと街の中を歩くわけにはいかない。
でも、セナには三人も多い気がした。
魔物が出るならばまだしも、石の壁に守られた街中だ。
「バルアータの街は治安が悪いんですか? 1人でも十分な気がしますけど」
なんなら護衛無しでも良いくらいだ。
街に入った時、治安が悪い印象を受けなかった。
中心部から聞こえて来た喧騒は、休日のショッピングモールのような騒がしさだった。
「……最近のことは分かりませんが、西側の一部以外は、バルアータの街は北部でも良い部類ですよ」
カリーナの情報に、エイベルは首を横に振った。
「万一は起こせません。3人のうち1人は、離れてお守りしますので、お側に侍るのは2人です」
エイベルに強い口調で言われてしまう。
要人護衛の常識も、この世界の労働事情も知らないセナには、「みんなの休みは? もっと休みを取った方がいい」なんて言い返すこともできない。
騎士に負担をかけるせいで、不満が生まれないのであればいいが、セナは踏まれた白い服がまた頭を横切り、内心で大きな溜息をついた。
油断したら、解散!と叫んでしまいそうだ。
「では、30分後にお伺いします」
「はい」
セナは渋々頷いた。
エイベルとユーインが部屋から出て行き、セナはさっそくカリーナにバンクス子息への接近禁止を話した。
「分かりました。バンクス子息と思われる男性には近づきません」
カリーナは、一瞬だけ眉を顰めたが頷いた。
通達された全員が似たような反応をするかもしれない。
「……ちょっと幌馬車に、羊皮紙と着替えを取りに行ってくる」
庭の向こう、建物の影に馬から外された幌馬車の一部が見えた。
「お供します」
「すぐそこだし、大丈夫だよ」
セナは部屋を飛び出した。
野花、ハーブに野菜が無造作に植えられた庭を突っ切る。
「マビ、また君か…!」
すると、誰かの声が聞こえて来た。
セナが足を止めて、騎士たちが泊まる宿舎の方へ顔を向けたけれど、何も見えなかった。
それ以上、何も聞こえてこない。
セナは首を傾げつつも、そのまま幌馬車の方へ歩き、中に入った。
(……これも洗わないと…)
羊皮紙と着替えを掴み、靴跡がついて泥に塗れた白い長衣も掴む。
この汚れた長衣を見ると、セナは少し陰鬱な気分になった。
一緒に山越えをした騎士やカリーナたち十四人の可能性は、低いと考えたかった。
隊を北上山越えと、東回りの渓谷ルートの二つに分けて、すぐに出発した。
隊を分ける直前に、セナは荷物整理をした。
衣装箱を見た時、一番奥に白い長衣はあった。
出発前の僅かな時間に衣服を踏みつけて戻せないとは言えないけれど、かなり難しい。
東回りのルートは、騎士が二人。
アレク、それに女性騎士のカイリーとは、まだあまり話をしたことがない。
使用人四人も同様だった。
直接話をして、仕事をセナ自ら振ったのは、商い担当として旅に参加しているダズマーとミラだけだ。
特に、ミラにはこちらの数字を教えてもらい、他とは違って少し共に居る時間が長い。
「おい、セナ、遅いぞ!」
「羊皮紙が見つからないのでしょうか?」
外からペロとカリーナの声が聞こえてくる。
結局ついて来てしまったようだ。
犯人探しなどしたいわけではないのに、すぐに頭が可能性を並べたがる。
セナは首を横に振って思考を振り払った。
まずセナが考えないといけないのは、ジェラルドへのお礼の手紙の内容だ。
あと、衣装箱にどうやって鍵をつけるかも考えるべきかもしれない。




