↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/65

02-1: 四つの影




 周囲には高層ビルが一つたりともなければ、

電線だって一本もなかった。


青空には、切れかけた白熱灯を思わせる、弱い太陽のようなものがある。

そのすぐ横には月のような球体がうっすらと見えた。



 (此処が、異界……?)



 セナは空を見上げていたが、俯いて足元を見た。

地面には無造作に草が茂り、その上にしっかりと立っている。



なぜだか、身体が軽い。

呼吸すると酸素が身体中を巡り、冬の早朝のように引き締まる心持ちがした。

不思議な感覚だった。



 辺りは、とても静かだ。鳥の声も虫の声もしない。

それどころか、セナをこの異界に連れて来た張本人の声もしなかった。



 「……ペロ?」



 キョロキョロと見回すが、辺りにスマホは見当たらない。

タイトスカートの裾が、少し焦げついていることに気づく。


物質は持ってこられない。

服がギリギリだとペロが言っていたことを思い出した。



幼い頃に、知らない場所で迷子になったような心細さが1秒ごとに膨らむ。

セナは叫んだ。



 「ペロ!!」



 次の瞬間、突風が駆け抜けた。



セナは両腕で顔を庇い、目をぎゅっと瞑る。


風がビュウビュウと音を立てて吹き抜け、幾つもの葉が千切れて空に舞い上がっていく。

振り返って、飛んで行く葉の先を見つめた。


その先に、四人の人間がこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。



先頭に黒髪の少女と、白髭を蓄えた老爺が並んでいる。

その後ろを歩くのは、髪が赤褐色の男と、アメジスト色の女。


全員もれなく長髪で、只者ならぬ雰囲気があった。



顔ははっきりと見えない。衣服は現代のものとは明らかにデザインが違った。

全員が裾の長い衣服で、まるで舞台上の衣装のようにも見える。



 「っ、」


 セナは息を呑んで、後退りした。

人を見つけたというのに、ほっとするよりも先に恐怖が立つ。


逃げろと頭に警告が浮かぶ。

勘に従い、彼らにくるりと背を向けて走り出した。




 「お待ちください、フィブラリス」



 背後から少女の声が響く。


フィブラリス?

周囲に人はいない。まさか、自分のことだろうか?



清涼な声に敵意はなく、どこか懇願じみたように聞こえた。


なによりも、どこかで耳にしたような声に足を止める。

セナの心臓がまたも大きく音を立て始める。



ペロに会ってから、セナの心臓は負担がかかる一方だ!

ガミガミ文句を言いたいが、こんな状況に追い込んだはずの本人がいない。



 立ち止まったまま、大きく深呼吸を繰り返す。

それから恐る恐る振り返ると、彼らとの距離がかなり縮まっていた。



また風が吹き、揺れる草の音がサワサワと響く。


黒髪の少女が、呟いた。



 「………精霊ペロ? ああ、マナ不足で実体化できないのですね?」



 今、彼女はペロと言った!

セナは目を見開く。



黒髪の少女が右手を掲げる。

そこから光が溢れて、40センチに満たない白い狼のような生き物が姿を現した。

いつもスマホ画面の中に存在した姿とソックリだ。



 「復活ーッ!久しぶりのシャバだ!」



 聞き慣れたボーイソプラノが響いた。


ペロは翼もないのに、宙に浮いたままだ。

首を左右に倒しながら、自分の右手で左肩を揉んでいる。



セナはペロが居ることに安堵した。

不安の蓄積で、その名前を責めるように呼ぶ。



 「ペロ!!」


 スイーっとペロが泳ぐように空を飛んでくる。



 「いやー、悪い! ずっと傍に居たんだが、マナ消費が激しすぎて実体化できなかった。

おまえは平気か? そうだ! 分裂したりしてないな!?」



 セナは両手を伸ばし、ペロの首を両手で掴んだ。



 「ぐえっ」


 「せめて出発前に、いなくなる可能性を言っといてくれる!?

すっごく怖かったんだけど!?」


 「うぐぅ…。オレも想定外だったんだ! お前が…いや、悪かったって…」



 悪気は無いようだったので、渋々ペロの首を解放する。

無機質な画面の中の住人だったのに、ふわふわした毛の感覚、柔らかな身体の感触が手に残る。



その感傷に浸る暇もなく、影が近づいてきた。

気づけば、4人の人間が顔の分かる位置までやって来ている。




 「お初にお目にかかります、フィブラリス」



 距離にして2.5メートル。


腰まで届く黒髪の、整った見目の少女と目が合う。

濃紺の目は底知れぬ海のようだった。


清廉とした少女のような外見。

それなのに、老成したように穏やかな雰囲気を纏っている。



 彼女は、ゆっくりと目を伏せた。

それから、指と指を交互に組み合わせて三角のような形を作り、頭を下げた。

長い黒髪が揺れる。


他の3人が同じように指を組んで、膝をつき首を垂らした。



 「…え、…」


 跪かれた経験が皆無のセナは、どうしていいのか分からずに慌てる。

助けを求めてペロに視線を向けると、ペロは、腕を組んで大きく頷いた。



 「おい、古くさい呼称じゃなく、勇者様と呼べよ!」

 「ちょ、やめて!?」



 セナは、ペロの尻尾を掴んで引っ張る。

「ギャンッ!」とペロの悲鳴が響くが、構わず少女の方へ駆け寄った。



 「あ、あの、頭を上げて。みなさんも立ってください。

……その、困ります」


 「遠い、決して交わらぬ地から、わざわざ来てくださった。

なんと勇敢で情け深い方か。感謝申し上げます、勇者殿」



 白い髪、それに立派な白い顎髭を蓄えた老爺の腕をとって立たせる。

引退して数十年後の、貧弱なサンタクロースのようだった。


老爺は、セナの手に温かく皺のよった大きな手を重ねた。

一目で、人の良さそうなお爺ちゃんだと分かるような笑みだった。


セナは慌てて首を横に振る。



 「いえ、そういうのじゃないんです…。本当に。

後ろの方々も、どうか立ってください」 



 「勇者殿は、随分と謙虚なようだ」



 後ろに居る赤褐色の髪を持つ男が、立ち上がって言った。


背が高いせいで、いやに威圧感があった。

赤褐色の長い髪は、オールバックにして後ろに流している。

トパーズの目はどこか冷たく、観察するような色が浮かんでいた。


あまり良い印象を受けず、セナは広いおでこを見つめて、

「勇者呼びとか…ホントやめてよ、デコッパチ」と内心で叫ぶ。




 「お心のままに。お会いできて光栄です。勇者様」



 次に男の隣にいた美女が立ち上がった。


彼女はアメジスト色の緩いウェーブのかかった髪に、同色の目を持っている。

左の目尻には黒子があった。


スリットが入った長いワンピース風の衣服。

胸元が惜しげもなく開いていて、まるで人を誑かす魔女のようだ。


同性でも思わず目がいってしまう胸元を見ないように、

紫色の目を見つめると、ウインクされてしまった。



 (……セクシー美女にまで勇者呼び…)


 このままでは勇者が定着しそうで、セナは恐ろしくなった。

立っているだけで良い「勇者」なんているわけがない。




 「あの、私」


 七瀬セナだと名乗ろうとして、思わず言葉が止まる。

古い歴史の中で、呪(まじな)いに名前が重要だという話をどこかで読んだことがある。


 続きを喋らないセナに、

見かねたペロが尻尾を撫でながら隣にやって来た。



 「名乗っても大丈夫だぞ? 此処じゃ、お前んとこみたいに呪ったり操ったりするのに名前を使う文化はないからな」


 セナは小さく息を吸い、口を開いた。



 「七瀬セナです。……勇者ではなく、ペロに依頼されて来ました」


 「……つまんねぇが、まあいい!セナ、そこの黒髪紺目が星霊(ホシミ)」

 「フィアと申します」


 ペロが指で、ピッと黒髪紺目の少女を指した。

少女――フィアは、柔らかく微笑む。



 「こっちの爺さんら3人は、ゼラート魔導都市国家のトップ魔法士」


 かなり雑な紹介であるが、誰も気にしていないらしい。

誰も突っ込まないせいで、紹介が更に続く。



 「ウォルター・ユールタイドと申します。

この左に控えるのが、ジェラルド・ラトリッジ。

そして、右がアデライン・ルコントにございます」



ウォルター老が、一気にまとめて紹介する。


「貧弱サンタ」がウォルター。

軽く会釈した「でこっぱち」がジェラルド。

妖艶に微笑む「セクシー美女」がアデライン。


内心で復唱したが、早くもカタカナの名は頭から飛んでいきそうだった。




 「初めまして」


 セナは警戒をとかないまま、四人に笑顔を向けた。


地球なら、初対面の人間への対応はこうだ。

彼らの胸の裡はともかく、悪い印象よりも良い印象を持ってもらうに限る。



 「コイツら4人に愛想を振りまく必要はないぞ!

異界渡りのせいで、マナがほぼスッカラカンだ!

星霊(ホシミ)様に、魔導都市国家、最高位の導師!

でも、今はそのへんのザコ魔法士と変わらない!」


 ペロはケラケラと笑った。



 「まったく不甲斐ないことです」


貧弱サンタなウォルター老が、困ったような表情で白い顎髭を撫でると、

黒髪少女の星霊フィアが、柔らかい声で目を伏せる。



 「ウォルター導師、私たちの最初の役目は異界渡りです。

ここからは、かの国が役目を果たすでしょう。我らは再び力を蓄え…」


 急にフィアの声が止まり、身体が揺れて後ろに傾く。



 「あ、危ない!」


 倒れる!

セナは声を上げ、慌てて彼女の右腕を掴んだ。

背後にいたアデラインもフィアの背を支えたから、彼女が地面に倒れることはなかった。



 「マナ欠乏状態ね。ずっと星霊お一人で異界へ続く魔法陣を維持されていたから…」

 アデラインが言うとフィアは弱々しく言った。


 「すみません。セナ様、ルコント導師。支えていただき、ありがとうございます」

 「あ、いえ…」



 再び一人で立つフィアの腕を、セナはゆっくりと離した。


 『魔法士と星霊のマナ500年分突っ込んで異界に来た』

そうペロが言っていた事を、セナはふと思い出す。



 「んじゃあ、行くか!」

 「馬車を用意しておりますぞ。さぁ参りましょう、勇者殿」



 ペロが呑気に声を上げると、ウォルター老が元来た道を歩き始める。

貧弱な引退サンタの見た目だが、歩幅が大きく、しかも早い。



 「あ、爺さん。セナをいつでも送り返せるようにしときたい。

マナを寄越せよ。まだギリちょこっとあるだろ」


 「容赦ありませんなぁ...」



 ウォルター老は、眉を下げて情けない顔をしつつ右手を上げる。



ペロが、約束を守ってくれることにホッとする反面、それが迷惑をかけている。

セナの胸に小さく罪悪感が渦巻いた。



 「行くぞ!馬車で宿に移動だ!」



 出発!と、ペロの明るい声が響く。

セナはなんとも気まずい思いのまま、踏み出した。









おまけ:キャライメージ

フィア、ウォルター、ジェラルド、アデライン

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。