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01-5:満月の夜を渡る


セナは、ペロが気になってチラリと画面を見た。

するとペロはあんぐりと口を開けている。



 「………お、お、おおおお、お前、どうした!? 正気か!?」



 イヤホンから聞こえる声は、かなり震えていた。

ペロは、セナが異界へ来るとは、絶対に思っていなかったらしい。



「……温泉旅行の話くらいは聞く」


「そ、そうか! よし! まず、三食昼寝付きだ!

危なくなったら即帰還! 同じ時間、同じ場所に戻れるから、お前に不利益はない!」



 セナは画面内のペロを見つめると、ペロは何度も首を縦に振った。



「なんか、うさんくさ…」


 やはり都合の良い条件に、セナは詐欺にでもあっているような気がした。

しかし、ペロは何でもないように答えを返して来た。



 「ホントだ! ちゃんと世界に記録されてる存在は、存在すべき場所に引き戻される! じゃなきゃアカシックレコードが狂うだろ」



 またもオカルトワードが飛び出し、セナは右手で額を覆う。


他にも、どうやって『異界渡り』をするのかと聞くと、


世界の存続が危機的なマナ異常を起こしていて、魂基配列(こんきはいれつ)が一致した存在は、実体物質でも異界に渡れるだとか。

導師と星霊(ホシミ)のマナ500年分突っ込んで、この異界に来ただとか。



ペロは難しい能書きを他にもいくつか垂れた。


セナが分かったのは、『異界渡り』が一人で宇宙に行くレベルの難易度だということだけだ。



それを真実だと確かめる術はない。

けれど、このままペロが崩壊する異界へ戻ることは、その死を意味する。




 セナは、ふうと大きな溜息をつく。



 「ペロ、約束はちゃんと守って。

一つ、嘘はつかない。二つ、帰ると言えば、どんな時でもすぐに帰す。

三つ、どんな結果になっても私のせいにしない。……四つ、何があっても、私の味方でいて」


 「ああ、約束だ」



紫色の目は至って真剣だった。

ペロは画面の向こう側で、モフモフの指を器用に一本だけ立て、こちらへ向けてきた。


まるで、指切りをするみたいだ。

セナは、ペロの指がある場所を小指でタップする。



その間、セナはペロをじっと見つめていた。

嘘をついているなら、目の動きでも口元でも、一瞬くらい何か出るかもしれない。

でも、ペロには何もなかった。


セナは少しだけ安心して、本題に入ることにする。



 「で? 私はその異界に行って何すればいいわけ?」

 「ん? マナ異常の正常化だ」



 「業界用語じゃ分かんないでしょ。具体的に言って」

 「…………………」



ペロはキョトンとした顔になり、

それからモフモフの腕を組んでみせた。



 「うーん。……知らん!」

 「はぁ!? 知らん!? そこ知らなくてどうすんのよ!」


 たまらずセナは声を荒げると、ペロはシレッと続ける。



 「記録に残ってないもんは知らん!

残ってないって事は、たぶん説明が不要ってことだろ!

多分おそらく、お前はマナ異常が多いとこに立ってるだけでいいはず!

そう、お前は立ってるだけが仕事だ! 多分!」


 セナは頭が痛くなってきた。

これほど、「多分」「おそらく」を多用した説明を人生で聞いたことはないかもしれない。



 「現地に行かないと分からないこともある! 勇者にしか分からないこともな!」

 「……何もできなかったらどうすんのよ!?」

「できないわけがない!」



 初めての環境へ飛び込む時に、これほどまでの不安を感じたことがあるだろうか?

今までにない決断をした胸は大きく高鳴って、既に僅かな後悔と恐怖を感じている。


そんなセナの心配をよそに、ペロはイヤホンを通して、大音量で弾むように指示を出してきた。



「ぃよおし、勇者!

追加の1周だ!足を上げろ! 脂肪を燃やし、筋肉をつけろ!!」



 いつも通りのペロに、セナはガックリと肩を落とす。

今日は、もう眠ってしまいたい。



「嫌よ。今日の健康維持ノルマ終わったし」

「ん? お前、魔法も使いたいだろ? 魔法使うのだって体力と筋力いるぞ?」


 

セナは、立ち止まった。

体力はともかく、筋力が魔法に必要だって?



「魔法少女が走り込みや筋トレしてるの見た事ないけど!?」


「影でやってんだろ!ほら、声出して走れ! 努力TUEEEE!!」


 

ペロのおかしな標語に、思わず眉を寄せる。



 「爆走だ!オー! 努力TUEEEE!オー!」


 「変な掛け声やめてよ!」



 小声で反論しつつ、セナは噴き出し、笑みが浮かんだ。


呟くようにペロが小さく「ありがとな」と言う。

セナは聞こえない振りをして、強く大地を蹴った。








 五日後。

満月の夜が来るのは、あっという間だった。



 『異界渡り』

おそらく人生の最大級の大イベントに、セナは平常心を保ちたかったが、うまくいかなかった。


ペロ曰く異界には寿司がないらしい。

セナは夕食に寿司を買ったのに、何度も箸で寿司を掴み損ねた。


 「美味そうだなァ」


じーっとペロが見てくるせいかもしれない。

セナは、あまりゆっくり食べることができなかった。



 「よし、準備はいいな! 服は薄いな?!」

 「……オッケー」


すっかり暗くなると、セナはスマホを持つ。

少しフォーマルなカッターシャツに、薄手のズボンがなかったから、タイトスカートで家を出た。

コートは直前に脱げばいい。

異界には、身に着けている服がギリギリ許容されるかもしれない程度で、物質は何も持っていけないらしい。



 「公園の藤棚でもいいけど、一番マナが安定してる近所っつったら、やっぱ神社だな! それに、門の形がたくさんある!」


 「アー、ペロ? やっぱ明日にしない?」



いよいよ目的の神社が見えてきた。

大きな楠が風に僅かに揺れて、葉擦れの音が夜の闇に響いている。

セナの手は緊張で汗をかき、心臓が壊れそうなほどに音を立てていた。



 「なんだ? 怖気づいたか?

やめるなら、スマホをあの手水舎の下に置いて離れとけよ」



 ペロは、セナが行かなくても帰還をやめるつもりは一切ないらしい。

気楽そうにケラケラと笑っている。



 「……約束は守ってよ、ペロ」



鳥居を潜る前に一礼して、手水舎の前までやって来る。


ゴクリと生唾を飲んで、コートを脱ぎスマホを手水舎の石畳に置いた。

帰れるのだから大丈夫だと、何度も何度も不安がる自分に言い聞かせる。



 「指切りしたろ、当然守る!

門をくぐったら、予定通り人間の国 ルミア王国か、

あるいは竜人の国 ム=メラ部族連合国か、亜人の国 ユグ首長国のどっかに出るぞ!」



 「は!? なんて!? 竜人!? 亜人!?

もう一回言ってくれる!?」


 「多分ルミアに出るけど、3つの国のどっかに出る! 行くぞ!」



 聞きたいことはそうじゃない。

ペロの声とともに、スマホの画面に赤いネオンの魔法陣が現れた。



やがてそれは、画面からズルズルと這い出るように大きく広がり、空中へと展開されていく。

陣の中の四角く赤いネオンの線が、手水舎の柱と重なった。


まるで、それは巨大な門のようにも思えた。



セナは目を見開き、ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるように、左手で襟首をぎゅっと掴んだ。



 「魔法陣に飛び込め!」


 合図に、セナは唇を結んで魔法陣へと飛び込んだ。


――――視界から光が消える。







 目は開いているはずなのに、なにも見えなかった。

ペロの声も聞こえない。それどころか、風も匂いも感じない。



 「ペロ?」



 声に出して呼んだはずなのに、自分が発した言葉は音にならなかった。

指先が冷たくなっていく感覚と一緒に、胃から何かが迫り上がってくる。



何か重大な失敗をしたのかもしれない。

そう思うと、ぞっと背筋に寒気が走った。


次の瞬間、赤いネオンの光が一閃して横を走る。

追いかけようと踏み出すと、冷凍庫を開けた時のような冷気を感じた。

それに、何か膜のようなものに触れた感触がする。



その直後、視界に光が戻る。



 眩しさに目がくらんだが、ほんの一瞬だった。

セナは目を開く。


そこには、何処までも続くと錯覚しそうな原野が広がっていた。



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