04-2:歌うイーソー
ルミア王国内では、エイベルが何らかの紋章を見せるだけで街へ入ることができた。
やはり他国では、そうもいかないようだ。
「通行証を確認する。どこの商隊か」
門兵は、セナよりも背が高く、眉が太い大柄の男だった。
黒い長衣の右胸には、旗と同じ、七つに割れた歯車のような柄が刺繍されている。
「ミラガイア商隊です、お願いします」
セナは木製半円片を差し出した。
悪いことは一切していないはずなのに、初めてのやり取りに緊張で身体が強張る。
門兵は、腰につけた巾着から、大きさの異なる二つの木製半円片を出した。
それから、セナの半円片と合わせて、完全な円を作る。
一つ目を合わせた時は、何も起こらなかった。
二つ目を合わせると、カチッと音がして、中心の金属が埋め込まれたパーツがクルクルと回る。
「三級商隊か。商行税は、2バーシルだ」
セナは巾着から銀貨を二枚差し出す。
門兵は銀貨とセナをチラッと見たあと、顎をしゃくった。
「行っていい」
セナは軽く頭を下げて歩き出し、幌馬車もそれに続く。
ファナン共和国の首都、バルアータの門をくぐった。
「意外とあっさり終わった…」
荷物を調べられたり、質問が飛んでくるかと構えていたのに拍子抜けだ。
「大陸交易同盟は、信用が高く納税も渋りませんから…。
大陸内では、その通行証さえあれば、ほとんどの国で先ほどのように出入国できますよ」
寒さのせいだろうか、少し鼻が赤くなったレンツが微笑む。
それはつまり、言い換えれば紛失したら大事だということだ。
「へぇ。落とさないようにしないと、ですね…」
セナはバッグの巾着に丁寧に通行証をしまう。
門をくぐると、エイベルが再び先頭に立った。
人や馬、馬車が行き交い、道は空いてるとも、混んでるとも言えない。
舗装されていない土の道だったけれど、埃は立っていなかった。
馬を引く人、子どもを連れて天秤棒を肩にかける人、
そしてセナの目は、荷を担ぐ狼の姿を見つけた。
(…獣人……!)
灰色の毛並みに、二足歩行の狼の姿。襲撃者が脳裏に掠めた。
足が止まり、身体が強張る。
そこへ、大荷物を両手で抱えるように持った背の低い白髪の男が、灰色の狼獣人の前で歩を止めた。
「よぉ、お疲れ。ようやく封鎖が解けたってな。商人どもが、またわんさか来るぞ」
角に立つ灰色の獣人へ、白髪男が気安い口調で声をかける。
獣人は、目を細めた。まるで苦笑しているような顔だ。
「まったくだ。傭兵団も来て、西の酒場が騒がしいったらない。
それより、また腰をやるぞ。荷を持ってやるよ」
「いいさ、お前も持ってるだろ」
「馬鹿言え、片手は空いてる」
灰色毛並みの獣人は、白髪の男から荷物をひょいっと取り上げて軽々と片手で持った。
「悪いな。昼食でも食ってってくれ」
まるで長年の友人のように、人間と二足歩行の獣姿が路地の合間へと消えて行った。
あの時の獣人たちにあった凶暴さも、怒りに満ちた顔も、灰毛の獣人には欠片もなかった。
セナは視線を下に向けて、歩を進める。
同種同族の全てが悪だとか善だとかを言い切ることなんて、絶対にできない。
既にそんなことは、セナも知っている。
それなのに、まだ指先が震えていた。
染み付いた恐怖は、なかなか拭えない。
ペロは慣れると言っていたけれど、セナには、とても難しいことのような気がした。
「あ、イーソーだ!」
子ども特有の高い音。
喜び混じりの明るい声が、背後から通りに響く。
楽しそうな声に、セナの思考がぷつりと切られ、誘われるように振り返る。
残念なことに、後続の幌馬車や馬で子どもの姿は見えなかった。
「ルフォス様。前ですよ」
「え? 前?」
右隣のレンツに小さく笑われて、セナは首を前向きに戻す。
セナの目の前で、緑色の鳥が、パタパタと忙しなく羽を動かしていた。
形はコマドリに似ている。大きさはハトくらいだろうか。
つぶらで大きな茶色の目に、足は細くて長い。
「大陸イーソー輸送ギルドから荷物のようです」
背後からカリーナが淡々と言った。
「イソコ便? セナ様宛ですか?」
シェイが幌馬車の御者席から覗き込むように身を乗り出した。
(なんて? 大陸イーソー? イソコ便?)
セナには、何のことかサッパリ分からない。
目の前の鳥を凝視する。
「イソ!」
明るい鳴き声は、まるでセナに「やぁ」とでも挨拶をしているかのようだった。
「ルフォス様、両手を出して、荷を受け取ってみてください」
レンツが柔らかい口調で教えてくれる。
セナは言われるがままに両手を差し出した。
すると、突然に柔らかな風に包まれたような気がした。
次の瞬間、どこからともなく、セナの両手に白い包みが現れた(ハードカバー一冊分程度の重さだ!)。
「イソ!」
緑色のイーソーと呼ばれた鳥は、
前を歩くエイベルが引いている馬の背に、ちょこんと降り立った。
「あ、ありがとう」
一体、どこに荷物が出てきたのだろう!
セナは、不思議な鳥から目が離せずに、口からお礼が飛び出す。
着払いか、包みの中身は何なのか。
頭の中から獣人の存在はすっかり放り出されてしまった。
「イソォ?」
緑色の鳥イーソーは、小首を傾げ、茶色のまん丸い目でセナを見ている。
胸の奥から湧き出る衝動に、セナは耐えられなかった。
「……か、可愛い!」
「イソ、イソ」
イーソーは鳴き声を上げながら足を交互に持ち上げ、小さな足裏を見せてきた。
セナのテンションが一気に跳ね上がる。
「お嬢様、見かけに騙されてはいけません。
荷物の受け取りを待たせると財布を奪うような厚かましい鳥です」
セナの目がキラキラと輝いてイーソーを見上げるせいか、
カリーナが、重大な注意事項を告げる教師のような口調で言った。
「違いねぇ!幼い頃に追いかけただけで、群れで屋根や洗濯物を荒らすような困ったやつらだ!」
どこからか、サイモンの不機嫌そうな声も上がった。
セナは仲間の意見を肯定したい派だったけれど、イーソーについては難しいような気がした。
「ええ? 嘘でしょ?」
「……誠意を持って接すれば、イーソーは賢い隣人ですよ」
レンツが穏やかに笑む。
きっとレンツは、追いかけ回したり、荷物の受け取りを待たせたりしなかったのだろう。
「……パンとか食べるかな…?」
セナはソワソワしながら、布に包んだパンをバッグから出した。
「はい、イーソーは基本、何でも食べます」
レンツが答える。
「……食べる?」
口をつけていない場所を一口だけ千切って差し出す。
イーソーは突然にリズムをつけて身体を揺らし始めた。
「イーソ、イーソ、イソ、イッソ〜。イッソー♪」
更に足を交互に出しながら、節をつけて歌い出す。
セナは、ガクッと頭を下げ、プルプルとパンを差し出したまま手を震わせた。
もしも、イーソーがペットショップに並んでいたら、セナは毎日のように通ったかもしれない。
「イソ!」
指からパンを持つ感覚が消え、イーソーの声が空高くから聞こえた。
セナが顔を上げて空を見上げると、イーソーは上空をくるりと旋回して飛び立って行ってしまった。
「……なにあれ…。可愛すぎて心臓が止まるかと思った」
セナはぎゅっと再び荷物を抱きしめる。
「大袈裟なやつだな。郵便機能付きのただの鳥だろ」
ペロが干し肉を噛みちぎりながら、馬上から突っ込んでくる。
しかし、幸運なことにセナの感覚は特殊なものではなかった。
「ルフォス様!分かりますっ」
背後から、タッタッという軽快な足音と共にミラが走り来た。
目が大きく開き、口角が上がった嬉しそうな顔。
レンツが後ろに下がり、セナは一瞬ギクリとしつつも、隣に並んだミラの紺碧の目と目を合わせた。
脳内を白い服がよぎった。疑念が渦巻く心を、セナは微笑んで隠す。
「えっと、ミラ殿?」
「私もイーソーは可愛いって思います!」
彼女の目の輝きに既視感を覚える。
人生の活力に対して、財布の紐が緩い友人そっくりだった。
セナの心は若干複雑だったが、疑念は隣に置いておくことにした。
「ミラ殿…」
セナは、歩きつつも片手を差し出す。
「ルフォス様…」
ミラがゴクリと息を飲んで手を握り、
セナたちは目を合わせたままガッチリ握手を交わし合った。
ノリによる、イーソー可愛い同盟が結ばれた。
おそらく今後、セナとミラの間でイーソー情報が頻繁に飛び交うに違いない。
セナは確信した。
「変な友情結んでないで、荷を確かめろよ! 誰からだ? 不幸の手紙か!?」
ペロがセナの左隣に飛んで来て、ワクワクしながら白い包みを見下ろす。
「ここにも不幸の手紙概念あるの?」
「オレも欲しい!」
不幸の手紙を欲しがるペロの神経はまったく理解が及ばない。
セナも荷の中身は気になった。
ペロに手綱を預け、さっそく布包みを開けると、二種類の石をくっつけたようなA4程度の平たい石と、白い毛皮のような塊、それから小さな包みが入っていた。
「お!あったかそうだな!」
ペロが白い毛皮を手に取り、首にかけた。マフラーのようだ。
「……それに、これは石本のようです。失礼しても?」
カリーナが、セナとペロの間にスルリと入って来た。
「どうぞ」とセナが許可すると、カリーナが石版を手に取る。
裏面を返すと二つの魔法陣が記されてあった。
包みの一番下にメモのような羊皮紙を見つける。
セナは、中に入っていた小さな布袋をペロに渡し、包んでいた袋を脇に抱えてメモを読んだ。
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親愛なるセナ・ルフォス様
マナ感知および魔法に役立つ知識を石本にしてお送りします。
ティリアの実は、食べすぎにご注意ください。
身体を冷やされませんように。
ジェラルド.R
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几帳面そうな角張った字が、滑らかに走るよう並んでいた。
赤褐色の長髪に、チャーミングな広い額。
無表情な魔法士の姿がセナの頭にすぐ浮かんでくる。
「ラトリッジ導師のようですね」
カリーナが納得いったように呟く。
「お!なんかの実がいっぱい入ってるぞ!美味い!」
ペロが紐で縛った小さな袋を開けた。
覗き見ると、ルミア王城でアデラインがくれた金平糖のような形の甘い実が出て来た。
フライングで、ペロが一粒口にしたけれど、全員分ありそうだ。
セナが美味しいと言った場にジェラルドも居たから、わざわざ送って来てくれたのだろう。
気遣ってくれる嬉しさが広がると同時に、意識がすぐにお返しに向かう。
セナは何が適切か分からなかった。
なにせ、高級チョコも煎餅もない。
ひとまず、お礼の手紙だけ送るべきかもしれない。
「はい、カリーナ」
セナはペロからティリアの実が入った袋を取り上げ、カリーナに向けた。
「お嬢様。ティリアの実はそれなりに高級品ですが…。よろしいのですか?」
カリーナが目を開く。
「そうなの? でも、みんなで食べた方が美味しいし。多分、ジェラルド様も分けて食べる用に沢山入れてくれたのかも。ミラ殿もどうぞ」
数が足らないなら、ともかく。
それも、こんな人前で開けてしまったので、配るのが一番面倒くさくない。
カリーナが一粒取ったので、袋をミラに向ける。
ミラは、礼を言いながら身を縮こませ、そろそろとティリアの実を取った。
「ペロ、ゼラートからのお裾分けって、みんなに配って来て」
「全員か?」
ペロが袋を受け取って確認する。
「うん、全員」
セナが頷くと、前からちょうどユーインの姿が見えた。




