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04-1:ファナン共和国




 二日かけて、山中の谷を抜ける。

小高い丘に出たセナの眼下に見えるのは、分厚い石の壁に守られた都市だった。



 城壁の西側には、沿うようになだらかな川が流れている。

架けられた橋を通って街へ入る人や馬車の姿が見えた。

東側には、岩肌が目立つ丘が街の側面を守るように立っていた。


 壁の中は、一つ、二つと高い塔のような建物が見える。

あとは、砂色の家屋が、ほぼ同じ高さで敷き詰められるように並んでいた。



 「……わあ…」

 

まるで、外国の古都を見ているみたいだ。

セナは、感嘆した。



 「何だ? 街なんて別段珍しくもないだろ」

 相乗りしているペロが振り返る。



 「全然違うよ! 見てよ!街より、山や川がずっと大きくて広い…。外国の観光地みたい…」

 ひゅう、と背後から冷たい強風が吹きつける。

セナは右手で揺れる髪を抑えた。



 旅が始まった時、セナは馬での移動や野営、それに集団行動に慣れなかった。

気づいたら街に入って、そのまま宿で眠りこけることが多かった。


既にルミア王城から出発して35日も経過している。

ようやく、セナも旅に慣れてきて、景色を楽しむ余裕ができていた。



 深緑の山と険しい岩肌、流れる川に、

冬の始まりを感じるような冷たい空気が胸に満ちる。




 「……ファナン共和国の首都バルアータです。北部周辺でも、それなりに大きな都市です」

 カリーナが背後から教えてくれた。



 「へぇ。ずっと聞き覚えがあって引っかかってるんだよね…。

ファナン共和国…ファナン…」

 セナは、目を伏せて空を仰ぐ。


 「ファイナンス!フィナンシェ!」

 ペロが似たような語感の言葉を並べた。



 「そうじゃなくて、ルミアで誰かから何か聞いたような…」

 セナは腕を組んで、記憶を掘り出す。

アデラインやジェラルドたちゼラート魔導都市国家や星霊フィアの顔が頭をよぎっていく。

それからルミア王国の国王、宰相ラッセル…。



 「…あっ、思い出した! ルフォス男爵夫人の生家があるんだっけ?」



 すっかり与えられていた設定を忘れてしまっていた。

一緒に宰相の話を聞いていたはずのペロが腕を組んで首を傾げる。



 「ん? そうだったか?」

 「そうだよ。『海の馬』商会があるとかなんとか…。

挨拶とか…便宜上の書類だけだし、多分いらないよね?」

 「知らん」



 ペロお得意の「知らん」が出た。

顔も知らない突如できた親戚に挨拶なんて、セナも困るが、相手も困るに違いない。



前を行くエイベルが列を外れ、馬の歩みを止めた。

ちょうどセナが隣に来ると、エイベルの馬が並んで歩き出す。

何か、セナに用があるらしい。



 「……ルフォス様、ちょうどその件についてお話が」

 「あ、はい」



 あまり大きな声は出していなかったけれど、聞こえていたらしい。

相変わらず険しい顔で、セナを見下ろしてくる。

切れ長の濃紺の目から向けられる鋭い視線は、慣れたようで慣れない。




 「……ファナン共和国には、ルミア王国第二王女殿下の降嫁先であるバンクス家がございます。

『海の馬商会』も殿下と無関係ではなく…。

ルフォス様が直接挨拶に向かわれる必要はないかと存じますが、来訪の報せは出すべきかと」

 「……はい、お願いします」



 貴族的ルールは、庶民のセナには分からないけれど、なんとなく必要性を理解する。


『海の馬商会』と第二王女が無関係でないなら、

きっと、ルミア側と第二王女の間で何らかのやり取りがあったのだろう。


組織の情報共有と思えば、別におかしくもない。

むしろ、報告しない方がまずいだろう。



(他国に降嫁しても祖国と協力関係にある…。まあ、当然か)


 大変だろうな、とセナは王女を思った。

歴史を見ても、他国の婚姻はかなり難しく危険な立場だ。

セナは、歴史上、他国に嫁いだ有名な姫たちに思いを馳せる。



 「ユーイン、報せを」


 エイベルが背後に指示を出す声で、セナの歴史ロマン回想は途切れてしまった。



 「げっ、俺かよ!」

 あからさまに嫌そうなユーインの声が聞こえてくる。



 「…………」

 「睨むな! 苦手なんだよ、あの方は。恐いし、恐いし、かなり恐い」



 第二王女殿下は、騎士さえも脅かすほどの存在のようだ。

それでも、人前でこうも自国の王女について言えるのだから、ユーインは王女と親しい仲なのかもしれない。



 「………」


 そのまま首を捻ってユーインを見る無言のエイベルが、どんな顔をしているか、セナには簡単に想像できた。



 「………行きますよ、ええ、喜んで」


 ユーインが溜息をつきながら情けない声で言った。

すぐに手綱が引かれ、あっという間に、薄紫色の髪と黒鹿毛の馬が遠くなっていった。




 「どういう人なんだろうね?」



 儚げな王女の姿が一転して、ムキムキな姫か、意地悪そうに高笑いする姫の姿がセナの脳裏に浮かんだ。



 「さあな。お前の敵じゃなきゃどうでもいいだろ」

 ペロの投げやりな答えに、セナは続ける言葉が無くなった。




 敵なんていないはずだ。

でも、セナは、踏みつけられた白い衣服を思い出してしまった。


この商隊の中の誰かが、セナに悪意を持っている。

誰がやったのか。どう対処すべきか。そう考えること自体が、セナは面倒くさい。

大人の図体をした陰湿な子どもを相手にするのは嫌だった。



 「リエズ第二王女殿下……。あまり面識はないんですよねぇ。

ファナン七執政家のひとつ、バンクス家のご令息がルミア留学から帰国すると聞いた途端、王女殿下が“その方と婚姻する”って仰ったみたいで…。一時、すごい噂でしたっけ?」



 御者席のシェイが腕を組んで呟く。

エイベルが眉を寄せて目を伏せた。



 「そ、そうなんだ…。情熱的な方なんですね…?」



 セナの中で、政略結婚で大変な日々を送る第二王女殿下像がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

王女の一声で国際結婚まで決まるなんて、ルミア王国の王家は大丈夫なのだろうか。



 「なんだそれは? メロドラマの話か?」


 ペロが首を傾げている。

残念ながら、セナはこの異界に来てから、まだテレビの姿を見かけていない。




 王女のことより、今のセナには考えることが山ほどあった。

魔物騒ぎによる街道封鎖と暴動で、布製商品が一部汚れてしまった。

これをどう売るか考えないといけないし、そもそも初めて品を売らねばならない。



 何より、セナがこの異界に来る羽目になった『マナ正常化』のために、あの不明地点やフィブラリスは何なのかも調査が必要だった。

『レベル・アップ・デイズ』のタスク表は増えていくばかりだ!



そんなことを考えていると、砂色の石で積み上がる城壁が近づいてきた。


ファナン共和国の国旗だろうか。

城門の壁から突き出すように出ている竿に、黄色の布が風に揺らいでいる。


黄色の布地は紺色に縁取られ、中心に何かの象徴だろう、紺色円環の中に七つの割れた歯車のような欠片が等間隔に配置されていた。



 「身分証を提示せよ! 商隊は、通行証を出すように!」



 門兵の声がよく通る。

セナは内心で溜息をつきながら、馬から降りて、木製半円の通行証を手に持った。



 城門の石畳に影が伸びる。幾つもの影が。








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