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03-25:足元に渦巻くもの





 もともと食料は宿に残されていたもので、セナたちの物ではない。

けれど、スーパーやコンビニが徒歩圏内にない。

どうぞ、どうぞと全てを差し出すわけにもいかなかった。



 「…すみません、勝手に食材を少し渡してしまいました」

 「いや、スープ一食分ですんで、むしろ幸いですよ」



 いつの間にか背後にいたらしいユーインが慰めるように言った。



 「……あの様子じゃ、言われる前にイモもいくつか小さい物を渡した方がいいかもしれません」



 なんとなく、セナはあの青い長髪の男に要求されるような気がした。

あんなに不躾で、あからさまに宿を見回す根性は、なかなかだ。




 「確かに、先に出せば、もっと出せとは言いにくい…。

トラブルにもなりにくいかもしれません」

 レンツがユーインの後ろで顎に手を当てる。


 「しかし、傭兵団ごときに下手に出て食料を渡すなど、面子が立ちません」

 トリスタンが眉を寄せて首を横に振る。

すると、ユーインが鼻で笑った。


 「おいおい、お前はどこのお貴族様だ? トリスタン」



 『ダ』を持つユーインは伯爵か侯爵家。

持たないトリスタンは子爵か男爵家だったはずだ。


同行している騎士は、全員平民として記録されている。

でも、それは記録上のことだ。

家格が上だろう相手からの皮肉に、セナは言葉にできず、「ワオ」と内心で呟いた。



 一瞬にしてトリスタンの顔に朱が走る。

セナはフォローを入れるべきかどうか脳内が言葉を探すが、どう言っていいかも分からない。

それに言葉をかけたところで、悪く取られてしまいそうだ。




 「白湯ができたぞー!」



 ペロの呑気な声が響く。

いつも頼りになるカリーナが、なぜか外套のフードを深く被った状態で、ペロの後ろからやって来た。


 来客に出す予定の白湯は、既に来客がお帰りになったため、セナたちが飲んでしまうことにした。

セナとペロ、カリーナの順に横並びで座る。

その対面に、エイベルとユーインが座った。

白湯を飲みながら、状況を確認しあう。



 「……後ろ姿からの予想にはなりますが、おそらく、北牙傭兵団のバイロン隊です。お嬢様と話をしていたのが、バイロンです」

 「へぇ、あれが断牙(だんが)のバイロン? 獣人捕虜の牙を素手で折ったとか…。残虐なイメージとは随分違うな」


 ユーインが長テーブルに肘をついて面白がるように笑う。

エイベルがそれを一睨みすると、彼は首を竦めて姿勢を正した。


セナにはそれが蛇に睨まれた蛙のように見えた。

吹き出しそうになるのを、白湯を飲んでいるふりで誤魔化す。



 カリーナが続ける。


 「……私は隊の所属が違いましたので、直接の関わりはありません。ですが、彼は横暴な人物ではなかったはずです」


 カリーナが昔、傭兵団に所属していた。

それを、セナは今更思い出した。


フードを被っているあたり、あまり会いたくないのだろうか。

彼女の故郷オルパス村でもフードを被っていた。

やはり、カリーナの過去は少し複雑なのかもしれない。




 「……あの青いロン毛の人は? 何か知ってる?」


 セナとしては、がめつそうな青いロン毛のほうが気がかりだった。



 「いえ。ですが、何か気がかりであれば、商業ギルドを通して抗議すると言えば、他はともかくバイロン相手には有効なはずです。

傭兵団にとって、商業ギルド…大陸交易同盟は切っても切れない相手ですから」



 「他はともかく…?」

 復唱すると、カリーナは目を伏せた。


 「話が通じる者は、基本的に傭兵団には少ないです。

特に寝不足で空腹、戦の後は気が立っているので余計に」



 カリーナの助言も考慮して、具が少なめの豆スープと、

小ぶりから中くらいの、皺が寄ったイモ十数個を傭兵団へと渡すことになった。



 外に出ると、三十人程度の傭兵たちが騒がしく食事をしたり、地面に横たわって睡眠をとったりしている。

セナは、エイベルたちと一緒にスープ鍋とイモを抱えて、隣の宿へと向かった。




宿の食堂で、バイロンたちは静かに食事をとっていた。

例の青い長髪男は、渡した瞬間にスープ鍋の蓋を開けて中身を確認し、何か言いたげにセナを見た。

セナはそれに気づかないふりをした。



 「お前は、もう少し肉を食った方がいいんじゃないのか?」



赤茶髪の傭兵バイロンが、セナにウサギの肉を一欠片差し出してきた。

凶暴な獣人の牙を素手で折ったと、噂があるとは思えない気遣いである。

セナは肉を両手で受け取った。



 「…ありがとうございます。私どもは、後続の隊を待って出発しようと思います」



 セナは軽く頭を下げた。

後ろにいるエイベルたちと決めた通り同行を辞すと、バイロンは、眉間の皺を深くした。

怒っているというより、考えている真剣な横顔に見えた。



 「我らはかまわんが。運はいつまでも持たんぞ、ミラガイア」

 「はい、ご忠告ありがとうございます。……傭兵団の皆さまも、お気をつけて」



 セナは、バイロンに心から感謝を伝えた。

彼のおかげで、セナは泣けたし、本心を声に出すことができた。

あのまま溜め込んでいたら、どこかで爆発していたかもしれない。



 挨拶もそこそこに、セナたちは宿を出た。

すると、傭兵団員の声が聞こえてきた。



 「ったく、ペレスで戦から戻れたと思えば、今度は魔物だ。ついてねぇ!」

 「でもよ、今回の魔物襲撃は過去にないデケェ規模だったし、金はうんと入る」



 魔物との交戦は激しかったのだろうか。

外で休む三十人程度の傭兵団員は手負いが多かった。

血の滲んだ布が、手足や胴、顔までにも巻かれている人がいる。



 けれど、それがなくとも傭兵団の姿は汚く見えた。

笑い声は、静かな森に大きく響き渡っている。

それに、食べた骨を投げ捨てる人、口端からこぼすのも構わず食べ散らかしている人。

整えられていない髪。

薄汚れて継ぎの多い、サイズの合っていない服。

顔は、埃と土で汚れている。



 (………傭兵団と同行は、私無理かも…)


話は全員、風呂に入らせてからかもしれない。

同行者が騎士で良かった。

セナはすぐに彼らから視線を逸らして宿へ戻った。





 バイロンが宣言していた通り、傭兵団は三十分程度で集落を出発した。

二階の窓から、黒い旗が遠ざかるのが見える。

黒い旗には、二本の細い牙と、一本の太い牙からドラゴンのような頭が生えている模様が描かれていた




 そして、通りが静かだったのは、夜だけだった。

バイロンの言う通り、翌日から人通りがあっという間に増えて賑やかになる。




 昼過ぎには、三台の見慣れた幌馬車が見えた。

川沿いの見張りに立っていたレンツが誘導して、集落に幌馬車隊が入ってくる。



騎士が二人、商隊員二人、使用人四人。

いずれも全員が無事だったのに、その表情はどことなく暗かった。

何かあったのだろうか。セナは心配になった。



宿の前で幌馬車隊を待っていたセナに、騎士と、それからミラが歩いて来る。



 「ルフォス様、」


 「……アレク殿、ミラ殿もお疲れ様でした。まずは中に入って食事を…」



 セナは二人を中に案内しようとした。

けれど、騎士アレク・ダ・ノルヴィスは首を横に振って、重々しく口を開いた。



 「……街道封鎖の際、暴動が起こり…」


 アレクが言いづらそうに言葉を詰まらせた。

セナの脳内で、誰かが怪我か病気なのかと、嫌な想像が幾つも流れる。



 「幌馬車の一つが横転し、積み荷の布類が汚れてしまい…」

 「大事な商品を任されていたのに、申し訳ありません!」



 ミラが我慢できないとでも云うように、勢いよく頭を下げた。

セナは何度か目を瞬かせなければならなかった。



 「え、えと、それだけ?」


 セナの一言に、沈黙が流れる。

一大事かと思いきや、まさかの商品管理問題だった。



 「みなさんが無事で良かったです。気にせず、中に入ってください」

 「え、で、でも…ルフォス様…!」

 「不慮の事故は仕方ありません。…それに、ミラ殿が逆の立場なら私を怒ります?」


 ミラに微笑むと、彼女は頬をかいた。



 「……お、怒りません」

 「じゃあ、行きましょう!

実は、今日の朝、シェイといいものを採ったんですよ」



 別れていた幌馬車隊の人たちと合流できたことに、セナは心から安堵した。

良し悪しはともかく、隊を分けることになった原因は、セナが山道を選んだからだ。

だから、無事でいてくれてよかった。

セナには、ただその想いしかなかった。





 昼食後、セナは久しぶりに幌馬車の机や椅子が置かれたスペースに入り、金庫や書類を確認していた。

フィブラリスについての調査や、この異界について。

それにダメになった商品のことも。

やることも、考えることも山積みだった。

怖がったり泣いたりしている暇はない。




気分転換に服でも着替えようと、セナは机の反対側に置いてある衣装箱を開いた。



ルミア王国が誂えてくれた長衣は五つあった。

そのうちの一つ、白い長衣は、金糸と青の刺繍で品良く仕上げられていて、いつ着ようかと迷っていたものだった。



 一度も袖を通していなかった白い長衣は、なぜか、乱雑に丸められていた。

箱から取り出すと、土に汚れた部分を見つける。

更に両手で広げてみると、土と泥で汚れていた。

踏みつけられたような靴跡が幾つも付けられている。



 セナは、心が急激に冷えていくような気がした。

もしかして事故かもしれない。でも、すぐに冷静な自分が否定した。

横転した馬車は一つで、セナが今いる馬車とは違うものだ。

それに、他の長衣は汚れていない。



セナは目を伏せて大きく息を吐き出す。



不満と不穏が渦巻いている。


足元を、確実に。






<3話 不和の足音 了>





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