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03-24:本心の使いどころ




 キノコ狩りの戦果は、小さいものが八個ぽっちだった。

数は少なかったけど、セナにはちょっとした息抜きになった。



宿に戻ると、そのまま台所に入った。

昼食と夕食の準備に取り掛かる。



 「あーあ、フェアリーサークルあったのに。

サイモンより多く採りたかったなぁ…」


 シェイが、玉ねぎを切りながら、がっくりと肩を落とした。



シェイの言う通り、セナたちは、輪を作るように連なってできるリングダケ群を見つけた。

なんでも、リングダケは動かないうちに食べると不味いらしい。

走り出すとあのホタテチーズ味になるようだ。

異界は、とても不思議だった。



 「明日、早朝にでもまた見に行く?」


 セナがシェイの方へ顔を向ける。

シェイは、ぱあっと表情を明るくした。



 「絶対行く!早起きしますね!」


 カリーナはどうだろうと、セナは反対側を見る。

彼女は包丁を持ったまま、何か思い詰めたような顔をしていた。




 「カリーナ?」


 セナが名前を呼ぶと、彼女は僅かに目を開き、無表情のまま顔を上げた。

特に顔色が悪いとは感じない。

セナは心配になってスモールード村で怪我した足や、窓枠で打った額を見た。



 「大丈夫? しんどいとか?」


 「体調は万全です。……ただ、状況が通常とは違うので気がかりではあります」


 カリーナは、干し肉を削ぎながら息を吐き出す。



 「通常とは違う? 確かに、この集落は落ちてはいましたけど、

村が魔物に襲われるのは、もう珍しくないですし…」


 シェイが不思議そうに首を傾げた。



トントン、と規則正しい包丁の切る音が台所に響く。

食堂からは、イモを剥いている騎士たちの笑い声が聞こえてきた。


カリーナが否定するように首を横に振る。



 「……この街道は、ファナン共和国とルミア王国の交易路。

商隊は当然、周辺の探索士含めた傭兵団の多くがこの道を利用します」


 眉根を寄せたカリーナを見ながら、セナはパンを捏ねる。

カリーナは続けた。


 「幌馬車と合流できないことも腑に落ちませんが、もう二日と半日、人が一人も通らないなんて考えられません」



 「ルフォス様」


 エイベルの鋭い声が台所に響いた。

振り向くと、エイベルは一度カリーナに目をやってからセナに向き直る。

寝ていたと聞いたけれど、寝癖も眠たそうな雰囲気もない。



 「南側、ルミア王国方面から、北牙傭兵団が来ます」

 「……傭兵団?」


 ひゅっと、カリーナが短く息を吸い込んだ音がした気がした。

パンを捏ねながら聞く話でもなさそうで、セナは麻の布で手を拭いながら、エイベルの元へ向かう。

エイベルが再び口を開こうとすると、外で馬が駆ける足音が聞こえて来た。

件の傭兵団だろうか?



 「……通行証と認可証はお持ちですか」

 「はい、二階に。取りに行きます」


 エイベルの問いに、セナは返事をしながら台所を出て二階へと駆け上がった。

階段を上がる時も、馬の足音が大きく、そして近づいて来ていた。

それなりの人数のようだ。



 部屋を開けると、ペロがベッドでゴロゴロ寝転んでいた。


 「ん? 飯か?」

 「ううん、なんか傭兵団が来たらしい」


 セナはバッグを引っ掴み、木製半円の通行証と大陸交易同盟が発行した特例許可証が入っていることを確認する。



 「傭兵団? 宿でも利用しに来たのか?」

 「さあ?」


 セナが呑気に返事をしている間に、既に宿の扉は開かれていた。






 ペロと一緒に階段を降りて行くと、既に傭兵団と思しき男が三人いた。

エイベルが対応しているようで、彼らと向き合っている。


短く刈り上げられた赤茶の髪、スキンヘッド、青い長髪。

誰も彼も体格が大きく厳つい顔をしている。

服や装備は、なんだかバラバラで統一感がない。



 (……傭兵というか…)


 山賊のようだった。

セナの人生の中で、あまり関わり合いのないタイプだ。


でも、サイモンやイーモンもいい勝負だった。

彼らもかなりゴツいし、顔は厳しい。

ただ、騎士の正装だろう服装でも会っているので、騎士のイメージが強く、共に過ごすから人となりを知る機会も多かった。

セナは、偏見はよくないと首を横に振って足を進める。



 

 「街道は封鎖されていたはずだが、所属はどこだ」

 「……我々は、ミラガイア商隊の者だ」

 「ミラガイア? 聞いたことがないな…。お前が代表か」



 短く刈り上げられた赤茶髪の傭兵は、眉間に皺を寄せ、問い詰めるような口調で言った。



 「用があるのなら、私が聞く」

 「従者に用はない。隊主はどこだ」


 明らかに苛立っている様子だった。



 「ペロ、ちょっと白湯作って持って来て」

 「いいぞ!」


 セナは隣のペロにこっそりと耳打ちして、ふうと小さく息を吐く。



 「こんにちは、初めまして。

ミラガイア商隊のセナ・ルフォスと申します」



 セナは赤茶髪の傭兵に微笑んで、軽く頭を下げた。

よく見ると、額から目尻を通って縦一線に傷がある。

壮年というにはまだ早く、青年とは言えない頃合いだ。


騎士たちがいてくれるおかげで、多少の緊張はあったけれど恐ろしさはない。

厄介な客が来たが、警備は万全といった気分だった。



 「お前がか?」

 「はい。あの、何かご入用でしょうか?

生憎、荷が少ないのでお望みのものをお渡しするのは難しいかもしれませんが」



 怪訝そうに見下ろされ、セナは困ったように笑う。

最悪、少ない荷が取られるくらいで済むなら、それはそれで問題ない。


 よく見ると、彼らの服装はかなり汚れていた。

血が乾いた跡だろうか。茶色く黒ずみ、固まっている範囲も多い。

排水溝のような臭いと、獣臭が僅かに漂う。



 赤茶髪の傭兵から、ふうと大袈裟な溜息がつかれる。

やや眉間の皺が和らいだようにセナには見えた。



 「……取引は結構だ。それよりも、魔物が多く出現したせいで、街道は封鎖されていた。

我ら北牙傭兵団は、魔物討伐と街道の先行確認のために、大陸交易同盟より依頼を受けて来たわけだが。お前たちは生き残りか…?」



 セナは、おや、と首を傾げつつも、持っている情報をさらう。

このミラガイア商隊も大陸交易同盟に所属している。

その依頼を受けているということは、傭兵団に無体をされることはないかもしれない。


もしかしたら傭兵たちは、封鎖された街道に、元気ピンピンのセナたち商隊を見て、何か思うことがあったのだろうか。

生き残りなどという口ぶりからすると、通って来た街道がよほど悲惨だったのかもしれない。


 さほど損害を受けてない商隊。

傭兵の立場に立って見れば、多少怪しく見えるか、何か情報が欲しいのかもしれない。



 ただ、あまり色々聞かれるのも面倒だった。

まだ異界をちっとも知らないから、ボロを出しかねない。

セナは、片手をぎゅっと胸の前で握り、目線を逸らす。



 「…そうでしたか。

私どもも北へ向かう最中、魔物たちに襲われたのです。

見つからないよう山中におりましたので…」


 セナは魔物や、獣人が宿の部屋に入ってきた時を思い浮かべた。

じわっと涙が浮かんでくる。



 「この人数でか? よく山中で耐えられたものだ」


 「本当に…。荷に毛皮や干し肉があったため運良く…。

供の怪我も大きくはなかったのは、幸いでした」


 セナは、涙を拭いながら大きく頷いた。




 「この街道沿いで、他に生存者はいたか?」


 「いえ…。恐くて自らの身を守ることに必死で。

……申し訳ございません。……こんなに危険な目にあったのは初めてで…」



 声が震えて、ぽつりと涙が溢れ落ちた。

一筋涙を流すつもりが、堰を切ったように溢れ始める。


初めて魔物が襲い来たあの恐怖は、今でも忘れられないかもしれない。

脳裏にあの瞬間を思い浮かべると、自然と小刻みに手が震える。

まるで、我慢していた涙が溜まっていたかのように床へと落ちた。



 更に赤茶髪の傭兵から溜息が降る。



 「……責めているわけではない。その様子では、この先についても知らぬか」



 恐怖に泣き出した女に、呆れと諦め、鬱陶しさが混ざったような口調で言った。

上手くいった。

セナは、なんだか本音と涙が溢れたことに心が軽くなった気がした。


一度、顔を見られないように俯き、首を縦に振る。

おそらく、これ以上突っ込まれることはないはずだ。

時と場合にもよるが、人前で泣く人間は、とてつもなく面倒くさい。




 「……魔物はまだいるのでしょうか?」



 ようやく顔を作れるほどに心が落ち着いた。

セナは、不安げに涙を浮かべたまま傭兵を見上げる。


すると、赤茶髪の傭兵の隣、青い長髪の男が何かを探すように食堂を見回していた。

台所の方向をじっと見ている。


 セナはなんとなく食料を探しているのではないかと予想した。

あまりにあからさまで不躾だ。

せっかく出した涙が止まり、口があんぐり開いてしまいそうだった。



 「この先はまだ分からない。

我々と共に来るのならば後ろにつくがいい。出発は三十分後だ」



 その申し出に、セナは意識を赤茶髪の傭兵に戻す。

また魔物に遭遇したら、確かに数が多い方が有利だ。

後ろにつけというからには、依頼人に関連した商隊を盾にする可能性は低いだろう。



 「ご厚意、大変嬉しく思います。

実は、この場で後発の幌馬車隊と合流しようと待っていたのです。

何かご存知ありませんか?」


 ひとまず返事を先送りにして、セナはまた赤茶髪の傭兵を見上げた。



 「そうだな…。街道封鎖で足止めを食らった多くの商隊が、我々と一日遅れで来るはずだが。詳しいことは分からんな」


 「そうでしたか。貴重な情報をありがとうございます。

ちょうど集落の残り物でスープを作ったのでいかがでしょうか。

あまり具材がないので、粗末なものですが…」



 青い長髪の男の身体が、ピクリと動いた。

セナは申し訳なさそうに声のトーンを落として、困ったように微笑む。

食料を出せと言われるより、先に言ってしまった方がいいかもしれない。



 「それはありがたい。我らは外と隣の宿で休んでいる。運ばせるので呼んでくれ」



 赤茶髪の傷のある傭兵が背を向ける。

両側の男たちも続き、訪問者たちは宿の扉を出て行った。








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