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03-23:男の中の男、騎士の中の騎士





 山中の集落で、セナは気づくと眠りに落ちていて、

そのまま夢も見ることもなく眠り続けていた。




 「大丈夫かな…。ご飯もほとんど食べてないよ」

 「身体負荷は、マナ適応で軽減されてるはずだからな。ここ最近、精神的にハードだったせいだろ」

 「呼吸はしているので、そのうちに目覚めるはずです」




 頭上で誰かが喋っていることに気づき、セナは目を開く。

まずペロが至近距離で視界に入って来た。

更に左右にはシェイとカリーナがいて、セナを見下ろしている。



 「お、起きたな!」


 セナは慌てて身を起こした。

起きたら二人と一匹に見下ろされているなんて、普通に怖い!



 「…お、おはよう。もうお昼…?」



 よだれが垂れていないか心配になって、セナは口元を拭う。

イビキもかいてなかっただろうか。



 「昨日と同様、ほぼ丸一日寝てました」


 カリーナが淡々と言い、シェイは心配そうな顔でセナを見つめている。


セナは、枕元のスマホを手に取った。

白い画面の日付は進んでいて、集落に来て三日目の朝、午前8時だった。

どうやら昨日はほぼ一日眠り、そのまま今朝まで寝続けていたらしい。



 二日寝太郎となったせいで、セナは気まずい思いを胸に宿の階下に降りた。

集落自体は小さいのに、宿はかなり広くて大きい。

既に一階の食堂では、騎士らが朝食を取っていた。

何人かと目が合い、挨拶を交わす。



 一階の食堂は、暖炉に火が灯り、薪が燃える匂いが漂う。

暖炉には大鍋がかけられていて、白い湯気が揺らめいていた。

暖炉の前の質素な木製の長テーブルには、歪な形の陶器が重ねられ、蒸したイモが積まれている。


 ペロが飛んで行き、木製のお玉とスープ皿をモフモフの手が器用に取った。



 「オレは特大大盛りにするぞ!」



 皿に溢れそうなギリギリまでスープが盛り付けられる。

セナは思わず眉を寄せた。



 「おかわりしなよ…やらしいな」

 「うまい!魚スープだ!」



 ペロは宙に浮いたまま、その場でスープをズズッと啜る。

セナのお腹は、空腹を訴えているはずなのに、あまり食欲がなかった。

ゼリー飲料があればいいけど、当然宿には置いていない。

仕方なくセナは、シェイたちと席につき、チマチマとスープを飲んだ。




 突然に、バン!と荒々しく音を立てて、勢いよく扉が開く。


肩が跳ね、セナは何事かと逃げ腰になった。

振り返ると、扉からサイモンが真剣な表情で大股でズンズンと入って来る。

騎士たちは、一瞬お喋りを止めた。

でも、異常なしと分かったのか、それぞれが会話や食事に戻って行く。



 「皆の者、聞くがいい!」


 背後からやって来たイーモンが、まるで芝居がかった台詞を高らかに宣言し始めた。

セナは、一応オレンジ髪の細目イーモンに目を向けた。

食堂の面々は興味がないようだ。食事や会話を止める気配はない。



 「我らがサイモン!男の中の男! リングダケを採りし黄金の手!」


 イーモンが節をつけて続ける。

サイモンが両腕を上げて上腕二頭筋を見せ、にっと笑った。


すると食堂の空気がざわつき、口笛が鳴る。

「本当か!」とか「見せろよ!」と更に騒がしくなった。



 サイモンは、こちらに歩いてくると袋から軸が長い椎茸らしきものを取り出して来た。



 「我らが女主人に」

 「え……あ、ありがとうございます」



 大きな生椎茸を渡され、セナは戸惑いながらも、とりあえず受け取った。

すると、イーモンが口元を手で隠してコソッと言った。



 「ルフォス様、もう一声!」


 (も、もう一声…!?)



 「アレだ、アレアレ。表彰みたいなやつだろ」


 ペロが喋りながら食べるせいで、イモの欠片が、セナの方に飛んできた。

手でスープに入らないようにガードする。



 (……キノコで表彰っていったい…)

 セナには、どういう意味かサッパリ分からない。



 「セナ様、今の礼で十分ですよ」


 シェイが呆れて溜息をついた。バッカみたい。と続く。

サイモンのつぶらな丸い目を見ると、そうも言えなかった。




 「……アー…さ、流石……」



 脳みそが覚醒していないのか、セナの頭には「さしすせそ」褒め言葉しか浮かんで来ない!

映画やドラマの中で、主人たちは騎士にどんな言葉を口にしていただろう。

セナの頭の中は、急ピッチで様々な記憶が掘り出されていた。



 「……流石、騎士の中の騎士、……山…と、風に愛されし者…」


 適当に称号のようなものを並べてみると、

セナの口はようやく回り始め、少し芝居がかった口調になる。



 「拍手で、その栄誉を称えます。

皆さま、サイモン殿に大きな拍手をお送りください!」



 パチパチと拍手をサイモンに向ける。

周囲の騎士からも拍手が送られ、指笛があちこちから飛んだ。


 サイモンは、セナのいい加減なおべんちゃらが気に入ったようだ。

ニカっと歯を見せて笑い、ペロとカリーナには大ぶりな椎茸、シェイには小さな椎茸を渡した。



 「小さ!」


 シェイは文句を口にした。

サイモンはまた腕を上げて上腕二頭筋をアピールし、各卓を回っている。




 「椎茸は、塩かな」


 見送りつつ、セナは椎茸を見つめた。


バター醤油もいいけれど、今はアッサリしたものがいい。

すると、シェイがブンブンと首を横に振って、とっておきの話をするように言った。



 「セナ様、これはリングダケですよ!すんごく高くて美味しいやつ!!

真夜中に妖精が踊らないと食べられないんです!」


 「正確に言えば、妖精が踊り、一定時間経過したあと、走り出すリングダケを捉えられたらの話です」



 カリーナの補足に、セナは首を傾げた。


椎茸も昔は高級食材だったはずだ。同じようなものだろうか。

椎茸は妖精が踊らなくても生えるし、走り出したりもしない。

もしかしたら、何かの比喩かもしれない。



 数名の騎士は、もう既に暖炉に集まって焼いて食べている。

辺りでは、美味い美味いと楽しそうな声が上がっていた。



 比較的、空いた頃にセナたちも暖炉の前へと向かう。

シェイは、サッと炙ってすぐさまムグムグと食べてしまっていた。



 「美味し〜、採れたては初めて食べる!」

 「三分以上、五分以内が最も美味しいです」


 カリーナが、じっと暖炉で炙られるリングダケを見ているので、セナもそれに倣うことにした。

時間を測ろうとスマホを取り出すと、既に『レベル・アップ・デイズ』アプリが、開かれていた。



--------------------------------------------


ナナセ セナ

勇者 レベル 6

魂基配列 水木火土-土金火火-(略)


体力 28

力 5

魔力 --

俊敏 5

耐久 4

幸運 9

疲労 51


統率 6

知識 8

知恵 11

社交 13

技巧 7

集中 6


勇気 7

道徳 7

誠実 6

忍耐 7

慈悲 5

魅力 5


獲得技術

馬術初心者


-------------------------------------------------------




 疲労値は、90を超えていた。

眠りこけていたおかげで、随分とマシになったようだ。



 「お嬢様、食べ頃です」

 カリーナに声を掛けられて我に返る。


 「あ、うん。…シェイ、半分どうぞ」

 セナはサイモンが見ていないことを確認して、シェイに小さく声をかけた。



 「ええ!? いいですよ! セナ様が食べてください!」

 両手をブンブン振るシェイに、

既にかぶりついていたカリーナが口を離し、シェイに椎茸を向けた。



 「……齧りましたが、分けます」


 「いや、いいよ、カリーナ嬢! あ、でも、後で探しに行きませんか?

フェアリーサークル! 今なら、ウォード副隊長も寝てるし?

運が良ければ、隠れてるリングダケが見つかるかもしれない」



 シェイは、随分ワクワクした様子だった。

セナは、なんだかよく分からなかったが頷いてリングダケをかじる。



 パリッとした食感から、肉厚の柔らかさへと変わる。

じゅわっと溢れ出るのは、貝の旨みと、ミルキーなコクのある甘さ。



 「……な、何これ!?ホタテチーズじゃん!」

 美味すぎて、セナは感動に声が震えた。


 「マイウ!」

 ペロは叫ぶと、残りを一気に口の中に入れてしまう。



 「……舞に感謝を」

 「妖精の踊りを楽しみました、っと」


 隣のカリーナが真面目な顔で、シェイは笑顔で言った。

セナは二人を不思議がって見つめる。

今まで、そんな食後の挨拶を聞いたことがなかった。



 「これは、リングダケを食べた後、恵みをもたらした妖精への挨拶です」



 カリーナが淡々とメルヘンな説明をする。

セナはなんとも言えない気持ちになった。



 「……そ、そうなんだ」


 「お嬢様も挨拶した方が良いです。妖精は単純な分、怒らせるとかなり厄介で面倒な相手です。昼間は姿を見せませんが、どこかに居るかもしれません」


 カリーナが真顔で続ける。

セナは揶揄われているのだろうかと思ったが、ペロが溜息をつく。



 「そうだぞ、セナ。お前、夜に妖精族見てもついて行くなよ?

アイツら、気に入らないと人間も普通にバリバリ食うからな」


 セナは目を瞬かせた。




 「妖精族…? そんなのまでいるの?」


 「何、驚いてんだ。お前んとこも、似たようなの居たから言い伝えあっただろ」



 ペロに突っ込まれて、セナはとりあえず頷いた。


現に獣人だっているのだから、妖精も本当にいるのだろう。

セナは羽のついた愛らしい妖精が頭に浮かんだ。

でも、人間を食べるらしい。いや、でもそれは、もう魔物では…?



セナの頭は、大混乱だったけれど、周囲の騎士らが、「見事な妖精の踊りに」だとか、「舞をしかと味わいました」と挨拶のように次々と口にしていた。

ということは、本当に妖精が踊って、この見た目椎茸なキノコが走り出すのだろうか?

セナは、なんだか馬鹿馬鹿しいような、ワクワクするような複雑な思いで口を開いた。



 「……お、踊りに感謝を。美味しかったです。ご馳走様でした」

 手を合わせると、何か眼前で空気が揺れたような気がした。

セナは目を擦るが、何もない。



 「それじゃあ、リングダケ採り出発!」


 やはり大きいのが食べたかったのかもしれない。

シェイがやる気満々で片手を掲げた。



 「イエー」


 セナもノリに合わせて右手を突き上げる。

カリーナが、それを見て無言で片手を掲げた。



シェイが嬉しそうに笑うので、セナもにっこり微笑み返す。

少しだけ楽しみで胸が躍っている。

おかしなキノコ狩りツアーに行く気分だった。




 「シェイ、お前、本分を忘れるなよ」


 扉に向かって進むと、背後からユーインの声が響く。



 「分かってますぅ」



 シェイが面倒くさがるように返事をして、宿の扉を開く。

シェイはきっと、セナを楽しませようとしてくれている。

けれど、ユーインは心配してくれているのだ。セナはユーインに振り返って微笑む。



 「気をつけて行ってきます。遠くにも行きません」



 僅かにユーインの目が開かれて、

彼は少しばつが悪そうに薄紫色の髪をかき混ぜた。



 「……上に見張りを一人置いていますし、他の騎士もリングダケ採りにウロついているので大丈夫だと思いますが…。

何かありましたら、必ず声を上げてください」



 一つ頷き、セナは扉をくぐった。

まだ血の跡は残っていたけれど、最初に来た時よりも匂いは気にならない。



 そのまま真っ直ぐに川の方へ目を向けた。

木々の間から覗き見える通りには、誰も通っていなかった。

セナたちは明日の朝、ここを発つ。

別れた幌馬車隊との合流が気がかりだった。



 「セナ様、こっちです!」


 セナは振り返り、シェイのもとに走った。







 トコトコと小さな二本足を動かして、落ち葉の上を大慌てで逃げて行く赤い椎茸、もといリングダケを、セナは右手で覆うように捕まえた。



 「捕った!」

 「お、捕まえたか!急いで傘を拭え!」



 ペロが袋を広げる。

セナの握った手の中で、キノコがバタバタと身を捩り暴れている。

大急ぎで、ペロが差し出した袋の縁で、キノコの傘を拭った。

信じられないことに、赤かった傘が一瞬にして茶色くなり、足がポトリと取れて普通のキノコになってしまった。




 「……もう三回見たけど、意味がわからない」

 「意味を求めんな。そういうもんだ」



 ペロに突っ込まれ、セナは黙った。


 セナは、脳みそがどんどんとメルヘンに侵食されていっているような気がした。

こめかみを指で押さえてグルグルと揉む。

楽しいワクワクするような気分と、常識が崩れ落ちる恐怖で奇妙な気分だった。



 「とりゃあ!」


 少し先で、シェイがスライディングを決めた。

リングダケはその手からスポッと逃れて、落ち葉の中に隠れてしまう。



 「キキキ!」


 もう一匹いたようだ。

その先の木の根の上で、リングダケが笑いながら飛び跳ねている。



 「行くぞ、セナ!挟み撃ちだ!」

 ペロが持っていた袋を落とし、ぐるぐると腕を回す。


 「……オッケー!」

 セナも袖をまくった。








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