03-21:不知の自覚
セナは腕を組んで息を吐き出した。
仮説B「預言を成した」。
状況証拠しか並べられないセナは、話すことに気が進まなかった。
暗い森の中で、パチパチと焚火の音が響く。
ペロまでも食事の手を止めて、見上げている。
紫色の大きな目は、ただ静かにセナが喋るのを待っているようだった。
諦めて結んでいた口を開く。
いやな緊張感が身体をめぐる。
準備不足なのに、急に壇上へ上げられるような気分だった。
「…北上した結果、不明地点に出たのは事実。
これが、預言の『内』でないことの証明は、現段階で絶対的に難しい」
おそらく、この場にいる誰もが、否定することはできないはずだった。
「…預言に該当する場合、『知り得た』ことは、…第一に不明地点という場所について。同時に、あの場所について、私は、ほとんど何も『知り得ない』。
行き方も帰り方も、どんな意味のある場所で、何をすべきかも…」
セナが知ったことは、僅かなことだけだった。
けれど最も重要なことにも気づいた。
「……私は、みなさんが呼ぶ『フィブラリス』や、この異界…この地について知らなさすぎる。……多分、知る必要が…あるのだと…」
セナは自分で断定しておきながら、言ったことに後悔する。
もう、誰かが言ったからと、流されていい権利を手放してしまった。
『知らないことを知れ』と、預言に言われているような気さえしてきた。
そして、セナの頭には、もうはっきりとやるべきことが並んでいる。
「アー、この仮説を証明するためにも、まずは、フィブラリス関連資料が欲しいです。
それから、……今までも預言通り、北上していました。
魔物との遭遇もあったし、危機的状況もあった。
それなのに、不明地点に行けたのは、今回だけ…。この理由も明かさないといけません」
なぜか。どうして、このような結果になったのか。
因果は必ずあるはずだった。
セナは、なんだか論文か企画提案の構想を作らされている気分になってきた。
今後やるべき手段も、やってきたことと同じだ。
とりあえず、データと資料集めが喫緊の課題になる。
話を終えたあとの騎士らの反応はそれぞれ違った。
レンツが、考え込むように視線を落とす。
シェイはセナを見つめているが、内心はよく分からない。
サイモンは肉に夢中でもう聞いていなさそうだった。
最初に口を開いたのは、エイベルだった。
「……この状況に、何らかの手がかりがある可能性は高いはずです」
「…ああ、魔物も前回とは違い、かなり小さかったことにも疑問が残る…」
ユーインが同意するように腕を組んだ。
なんとかセナは、ある程度の締めをやりきれたようだ。
気づかれないように小さい息を吐き出す。
(……学校と社会生活に感謝すべきかな)
手元にカードはあったし、並べ方は既に教わっていた。
学びや経験は、異界でも役に立った。
「んじゃあ、進路はこのままだな。
幌馬車と合流して、とりあえず、ファナン共和国で情報を手に入れる!」
最後はペロがまとめ、明るいボーイソプラノが響く。
「ファナン共和国に到着後、師に資料も併せて依頼します」
カリーナが言った。
「こちらも早急にルミアへ依頼をかけます」
エイベルがセナを見据える。
「フィブラリス伝説は各地にあるはずです。ファナンでも探してみましょう!」
シェイがニッコリ笑った。
まるで、とっておきの宝探しの誘いのように聞こえて、セナも微笑み返した。
夕食後は、見張りの騎士以外は早々に横になった。
セナもペロと落ち葉を集めて、草編みの敷物を敷き、眠る準備を整える。
近くにはカリーナとシェイが同じように横になった。
隣のペロは、目を伏せてすぐにスピスピと寝息を立て始めたけれど、セナは疲れているはずなのに、一向に眠気がこない。
無理矢理に目を伏せると、獣人や魔物が脳裏に浮かんだ。
振り払うように羊を数えるのに、ますます眠れなくなった。
仕方なく起き上がる。
「ルフォス様」
焚き火の前を通ると、見張りで起きていたトリスタンが、目を丸くしてセナを見上げる。
月明かりで、彼の水色の髪が輝いて見えた。
「…ちょっと、向こうに」
セナは小声で軽く会釈した。
まるでトイレに行くような態で、なるべく音を立てずにその場を離れる。
セナは、気になって仕方がなかった『内』に通じた岩の前に立つ。
ドキドキと緊張で胸が高鳴る。
一歩ずつ足を進めると、その度に葉を踏む音が響く。
セナは、岩の前に膝をついた。
まるで、未知のものに触れるかのように、ゆっくりと手を伸ばす。―――知らずに喉が鳴る。
セナの指先は、硬い石の感触を捉えた。
『内』に、入れない。
「…………」
息を吐き出して、あの時と同じように岩にもたれる。
岩は、セナの体重をそのまま受け止めた。
背にひんやりとした冷たさが広がる。少しの落胆が混ざった安堵も。
景色は変わることなく、大気に満ちた場所は水中に変化することもない。
(……楽観的に考えたら、マナ正常化したから?
……これも、『知り得ざる』か…)
セナはそのまま、空に輝く星と、欠けることのない月を見上げた。
「ルフォス様」
低い鋭い声が夜の闇に溶ける。
思考に耽っていたセナは、音源の方へと顔を向けると、エイベルが立っていた。
慌てて、姿勢を正す。
「エイベル殿、」
「……あの状況では、我々は全滅の可能性もありました」
突然の話題に、セナは一瞬思考が止まる。
濃紺の目と視線が交差した。
それは一瞬のことで、背の高い彼が片膝をついて、突然に半分の高さになってしまう。
「感謝を」
セナは慌てて膝をつくエイベルに近づいた。
「た、立ってください」
静かに、けれど強い口調で、エイベルの左腕を掴んで引き起こす。
特段の抵抗もなく、エイベルは立ち上がった。
「やめてください。私が何かした証拠はないのに…」
気まずさに、セナは強い口調のまま声を潜める。
「……お言葉を返すようで恐縮ですが、『その証明は、現段階で絶対的に難しい』」
夕食時の会話でセナが言った言葉をエイベルに返される。
微かに口角を上げた彼を見上げる。
セナは口を開けたまま、数秒言葉が出ない。
「…からかってます?」
「……いえ」
半目で、じっとりとエイベルを見上げる。
彼はまた無表情に戻っていた。
もしかしたら、口角が上がっていたのも、セナの見間違いかもしれない。
「……ですが、あなたは星霊の預言を成したと確信しているようにも見える」
いつも無愛想で口数は少ないくせに、今日のエイベルはよく喋る。
もしかしたら、偽物かよく似たソックリさんかもしれない。
「……それは、論証できてからです。でも、すべき事ができそうで安心はしてる」
心の内を覗き込まれたような一言に、決まりが悪くなった。
でも、そんなことは些細なことだ。
エイベルを見上げて、セナは微笑む。
「これも、みなさんが守ってくれたおかげです。ありがとうございます」
エイベルが首を横に振る。
「礼は不要です」
いつかと同じような返事に、クスクスと笑いが漏れた。
任務をこなすのが当然だからか、はたまた昇進か何か未来の約束でもあるのだろうか。
それでも彼は、命を懸けてここに立っている。
「……なるべく、できる事をしてから帰りたいと思ってます。
それまで、これからもお願いできますか」
この先、どうなるのかも預言に続きがないから分からない。
この異界は恐ろしく危険で、そして不便だ。本当はすぐに帰りたい。
でもきっと、この異界に来たことは無意味ではない。
もう、続きを見つけるための手段は示された。
友人を助ける手段は、きっとある。――――セナは、『内』に入れた。
エイベルがセナに向き直り、静かに頷いた瞬間だった。
スマートホルダーから、賑やかな通知音が響く。
消音にしようと慌ててポケットからスマホを取り出す。
石英の白筋が入った画面を見つめると、「ペロタンプ帳、追加!」と通知が表示されていた。
(ペロタンプ帳…? 変な名前…)
首を横に倒す。
「ふああ。オイ、セナ! お前、なんだかんだ言って確信してんのか?
それなら、もう託宣達成でいいだろ」
エイベルの背後から、大欠伸をしているペロが飛んで来た。
「ペロ…!」
セナはたじろいだ。感覚と論証で得られるものは全く違う。
「つーわけで、目標達成!
ペロのご褒美印——ペロタンプを押してやる!貸せ!」
また意味不明なことを話し始めた白いモフモフに、セナは顔を歪めた。
スマホが取り上げられ、ポン!と判が押されるような効果音が、場違いに響く。
「なによそれ」
「目標達成したらスタンプが溜まるぞ!後でご褒美を設定しとけよ!」
また妙な機能を追加していたらしい。
セナは眉を寄せると、ペロは更に言った。
「ちなみに、地球版アプリで目標達成すると、報酬でケーキが自宅に届くぞ!
お前のクレカ引き落としで」
「ちょっと!勝手に使わないでくれる!?」
セナは、声の音量を抑えつつ、ペロを捕まえようと手を伸ばす。
しかし、ペロはするりと避けた。
「安心しろ、ポイント還元もある!」
「いらない!」
セナの怒りの小声に、同情するかのような鳥の鳴き声が夜の山中に低く響いた。




