03-20:落ちた後に待つもの
セナの声が周囲に響くと、いくつかの足音が聞こえてきた。
シェイの顔が最初に見えた。セナを見つけた瞬間、シェイの表情がみるみる変わる。
セナも彼女が無事であったことに、安心した。
シェイ、と口から出そうになった言葉は、
弾丸のように飛んできた白い塊が左肩にぶつかったせいで消え失せる。
骨が軋むほどの頭突きに、セナは後ろによろけた。
「イッタ!」
「おま、どっか行くなら一言言え!心配させやがって!このナスビ!」
ペロが目を吊り上げ、セナは肩口を摩る。
セナの方が怒りたかった。
けれど、先を越されてしまったせいで、声を荒げることができない。
代わりに、ペロの頬を両手で摘み、グニグニと広げた。
「……私も事前説明ほしかったんだけど?
怖かったし、気持ち悪かったし、一人だったし!」
口に出すと、あの孤独と焦燥と不快さを思い出した。
また視界が滲み、セナは上を向いて鼻をすすった。
「セナ様!」
今度はシェイが走って来て、セナに突撃して来る。
ぎゅっと抱きしめられる。
「うっ」
「ぐえっ」
先程よりも強い衝撃に、声が出た。
ペロに至っては、セナとシェイの間で潰されたようだ。
シェイの抱擁は思いのほか強く、セナの首と腕の骨がギリギリと締まる。
流石、騎士だ!
おそらく並みの男性よりも力があるかもしれない。
押しつけられるペロの頭蓋骨も地味に痛くて、涙が引っ込む。
「シェイ…、ぶ、無事でよかった」
「赤髪!潰れるッ!」
バタバタとペロが暴れてくれたおかげで、シェイはすぐにセナを解放してくれた。
「ご、ごめん。つい!」
慌てて離れるシェイに、セナはつい笑ってしまった。
彼女の反応にまた緊張が一つ解ける。
一息つくと、複数の姿が集まっていることに気づいた。
「ご無事で」
エイベルが眉を寄せて、セナを険しい顔で睨み見る。
おそらく心配をしてくれているのかもしれないが、普通に怖い。
ユーインの方はかなり脱力しているようで、分かりやすいほどに肩が下がった。
「見たところ欠損はないようですね」
カリーナが無表情でセナを上から下へと見下ろす。
「私は大丈夫。みなさんは?」
「二人負傷しましたが、大したことはありません!」
シェイが笑顔で言った。
すぐにエイベルが、野営の準備の指示を出す。
確かにシェイの言う通り、騎士たちは命に別状はなかった。
でも、大柄のサイモンは背中に傷を負ったようで、男泣きしながらレンツに止血処置されていた。
セナは声をかけてくる騎士たちに返事をしながら、野営の準備に取り掛かった。
少しばかり遅い食事が始まる。焚火を前にして、円になるように座った。
セナは、左隣に座るペロに中で見たことを共有した。
「あれが、フィアの言う預言の『内』かどうかは分からないけど、
とにかくこの世って感じではなかった」
少し固い肉を飲み込み、セナは地面に書いた落書きのような絵を見ながら言った。
丸と波線だけのそれを、カリーナが真剣に見ている。
「……判断が難しいところです。
この地は、オルタイユ王国の逃げ道だった古道。
魔法による陣式罠が、まだそこら中に残っている。その影響も考えられます」
「…なに、陣式罠て」
セナは傾けた器のスープを飲み損ねた。
オルタイユ王国の逃げ道や魔法契約書については聞いたが、初めて聞く言葉だ。
セナがカリーナへ視線を向けると、ペロが、こっそりとセナのパンを一口分千切っていく。
「簡単に言や、地雷だな。接触や接近で魔法が発動する。
でも、魔法士。魔物がわんさか出たわりに全く発動しなかったぞ?」
「……精霊ペロ。陣式罠は、魔物を生命体として認識できません」
「ふーん。どのみち転移魔法なんて、人間にできないだろ。できたとしても、もっと大がかりなもんになるはずだ」
ペロが肉をガジガジ齧る。
カリーナは、軽く息をついて目を伏せた。
「……私も六割方は、託宣が成されたと考えています。
感じていた違和感が消えました。それにお嬢様が消えた瞬間、魔物も消えた。
マナの正常化されたと考えれば辻褄が合う。
ですが、あまりにも説明ができないことが多く、不確定要素が大きい」
こめかみに指を置くカリーナに、ペロが困ったように深い溜息をつく。
「…確かにな。フィブラリスが魔物を消せるなんて話は、オレも聞いたことない。
コイツができるのは、あくまでも『マナ正常化』だけだ。
なんで、セナが魔物と消えたのか分からん」
「なぁ、精霊様、カリーナ嬢」
突然に、カリーナの隣に座るサイモンが声を上げた。
「俺もこの山に入った時から、感じたこともねぇような胸騒ぎを覚えた。
けど、ルフォス様が消えてから胸騒ぎが嘘のように消えちまった」
サイモンの意見に、他の二人の騎士が同意するように小さく首肯した。
けれど、サイモン含めて三人だけだ。
シェイの隣に座るレンツが眉を寄せる。
「当事者であるルフォス様ならばともかく、個人的な感覚は、判断材料にしにくい。私たちは、こういった話について門外ですし…」
サイモンが納得いかないような目線をレンツに向ける。
シェイが声を上げた。
「感覚は馬鹿にできないよ。だいたい星霊様が詠んだ預言は、絶対に外れないんでしょ? それに、セナ様は突然に消えて、突然に帰って来た。
カリーナ嬢が岩周辺を調べても、その罠?とか言うのは無かったわけだし」
いつのまにか状況確認の参加人数が増え始めた。
面倒な空気になってきたと、セナは思った。
まさに、答えが出ない、有益か無益か謎な議論タイムである。
セナはこの辺でやめておきたかった。
「ルフォス様」
「はい!」
唐突に対面に座るエイベルに呼ばれた。
セナは驚きに肩が跳ね、勢いよく返事する。
しかし、呼んだくせにエイベルの言葉は続かなかった。
騎士たちとカリーナの視線が集まる。
セナは、締めを渡されてしまったことに気づいた。
あんまりだ!素晴らしい締めのお言葉なんて、まったく思い浮かばない。
「……ええと…、アー……その、まず事実を…。
この山中で違和感を覚えた方が数人いらっしゃること。
そして、魔物と一緒に私が消えたこと。私が消えた先は、不明地点であること。
……あとは、消えた周辺に魔法の陣式罠はなかったこと」
ひとまず、セナは事実を並べていった。
大切なことは、目的に達するための事実(結果)、仮説、対策あるいは対処である。
「……この事実から考えられる可能性が、アー、二つ。
仮説Aは、この地の陣式罠が何らかの作用を起こした可能性。
仮説Bは、預言である『北上して内に進み、是を知り得て、知り得ざる』を達成した可能性」
セナは、カリーナからグルリと周囲を見回して、騎士らの表情を見た。
他に考えや言い分がある人がいないかを確認する。
「この仮説を証明するために…アー、ンー…、
Aの場合は、魔法に詳しい人に聞くしかありませんね。
カリーナ、魔導都市国家に協力要請は…?」
セナの脳裏にアデライン、ジェラルド、ウォルターの顔が浮かんだ。
残念ながら、一番近い図書館も分からないので、専門家に聞くのが一番だ。
「可能です。次の町村で、師へ連絡します。
あなたが消えた場所にあった岩の一部や周辺の土なども採取済みです」
カリーナが、布から岩の破片だかを出してセナに見せるように掲げた。
眼鏡などかけてないのに、ブラックスーツにクイッと眼鏡を上げるカリーナの残像が見える。
「……しごでき…。ありがとう。よろしくお願いします」
「んで? B仮説はどうなんだよ」
ペロが先を促す。
それが一番の問題だった。




