03-16:失ったものを数えて
襲撃から一夜明け、動かない太陽の弱々しい光が少しだけ差し込んできた。
ベッドから起き上がったセナのコンディションは最悪だ。
何度眠ろうとしても、襲撃者や怪我人を思い出して眠れない。
トドメに、シーツがないベッドは、藁袋から飛び出た藁が当たってチクチクするので、余計眠れなかった。
隣でスピスピ気持ち良さそうに眠るペロは、お尻まで掻いている。
夜中は大の字で寝転がり、完全なるリラックス状態だった。
セナは長い息を吐いて、荷物を整える。
「んんー、よく寝たな!」
小さな音だったのに、目が覚めてしまったのか、ペロが身体を起こして手を天井に伸ばした。
「……あんたの神経、何でできてるわけ? 交換してほしいわ」
図太いどころか、極太を通り越している。苛立ちより呆れと羨ましさが勝った。
ペロは藁袋の上に立ち、胸を張る。
「ティラノサウルス特製神経! 最強!無敵!究極!」
「……なるほど。聞いた私が馬鹿だった…」
セナはバッグの荷物を確認し終え、立ち上がる。
ふと、ペロの手に目がいった。白い毛並み。
獣人と、それに似た子どもが脳裏を掠めるが、手を伸ばして、ペロの短い手に触れる。
恐怖も嫌悪もない。
「……本当、ごめん」
セナは、ペロの手を握りながら、心に引っかかる重荷を吐き出す。
子どもの垂れた耳と尻尾を思い出す。
自分が楽になりたくて、ペロの手をあの子の手に重ねて謝罪する。
「ん? まだ気にしてんのか?
言っとくが、お前の作り笑いが完璧でも、恐がってんのはバレバレだぞ?
あの子は獣人と人間の混血の亜人だ。半分は獣人の血が流れてる。嗅覚や身体の動きには敏感だからな」
「……それ、どうしようもなくない?」
笑顔を作っても、優しげな声を出しても、思いやりのある言葉を並べても意味がない。身体の反応まで操るのは難しかった。
「そのうち違う種族にも慣れんだろ。獣人でも襲ってくる奴らばっかじゃない。
ついでに言っとくが、お前が笑顔を作った意味を、あの子どもは多分深読みできないからな」
それでも、相手にとって気分はいいものではない。
セナにできることは、二度とあの子どもに姿を見せない事かもしれない。
階下の食堂に降りると、まだ血の臭いがした。
重傷者は、食堂のテーブルに寝かされていて、その隣に付き添う人が世話をしたり、座っている姿が見える。
昨夜よりも人は減っていたけれど、それでも怪我をしていない人も暖炉の前に集まって縮こまっていた。
「セナ様、こっち!」
シェイの小声で呼ぶ声に振り向く。
シェイは、奥の広間からセナに手を振っていた。
「お、いい匂いがするぞ!」
ペロが台所の方へ飛んでいく。
騎士たちは広間の方に固まっていて、寝ている人もいるが、既に食事を取っている人もいる。
ちなみに、サイモンは大の字でイビキをかいて寝ていた。
騎士はティラノ神経の持ち主が多いのかもしれない。
「おはようございます、シェイ」
セナは小声でシェイの隣に座る。
「おはようございます!村の人たちが、スープとイモを出してくれたんです。待っててください!」
セナが腰を上げた瞬間に、シェイは素早く立ち上がって、台所へと入って行ってしまった。
自分で行くと言う間もなくて、仕方なく、再び座る。
眼前には、若草の髪が見える。レンツが目を伏せて眠っていた。
静かに身体が上下して、生きていることを教えてくれる。
(……なんか、夢みたいだな…)
現実感があまりない。奇妙な心地だった。
本当に彼は生きているのか、そもそもセナは生きているのかさえ、分からなくなりそうだ。
もしかしたら、獣人が窓から侵入して来た時に既にセナは―――。
「お待たせしました」
馬鹿な思考をシェイの小さいけれど明るい声が切り裂く。
「うめえぞ!チーズももらった!イモチーズ正義!」
ペロが半分に割ったイモの上にチーズをのせて、ハグハグ音を立てて食べている。
シェイから木のトレーを受け取り、湯気の立つスープが入った皿に口をつける。
胃に流れていく温かな液体が、生きていることを実感させる。
浮かぶ涙が溢れないように、セナは唇を強く結んだ。
日の光が強くならない内に、セナたちは宿から引き上げることになった。
鐙に足をかけて、馬に跨る。
まだ早い時間なのに、昨夜、セナと共にスープを作ったふくよかな女性と銀メダルの茶髪の青年が見送りのためか厩舎までついて来ていた。
「少ないけれど、お礼さ。持ってっておくれ」
ふくよかな女性が、白い布袋をエイベルに押し付けた。
台所からパンの匂いが漂っていたから、中身はパンかもしれない。
エイベルは、女性の目を見て短く言う。
「……感謝する」
「あんたらのおかげで、犠牲者が少なかったんだ。
本当はこんなもんじゃ足りないけどね。ウチじゃあ傭兵を雇う金もない。勘弁しておくれ」
溜息をつく女性に対して、ユーインが一歩前に馬を進めた。
「……自治首にイーソーを飛ばすか、人を走らせて早く対策を立てた方がいい。
俺たちはルミア側から来たが、ルミアの軍勢が隣のイガル辺境侯国に向かっているのを見た。
おそらく、ハイノーレン大陸の略奪者がこの村まで来たのはそれが理由だ」
「……つまり、これで終わりじゃないってことか」
茶髪の青年が、深刻そうに眉を寄せて呟く。
ふくよかな女性は何か思い悩むように目を伏せたが、頷いた。
「そうするよ。あんたたちも道中気をつけて。……環神のご加護を」
「ああ。あなたたちにも環の巡りの加護があらんことを」
ユーインが返事を返した。
エイベルが馬首を返すと、それに続いて馬が前に進み始める。
「じゃあ、アンタも気をつけて」
茶髪の青年が騎乗するセナを見上げて言った。
なぜか、彼の首には、セナが受け取らなかった銀のくすんだメダルは無い。
「……あなたもお元気で」
セナは、もう会うことのないだろう青年に別れを告げた。
「……アドルだ。アンタの道を環神が照らしてくれるよう願ってる」
「ありがとう」
頷き、セナは首元に手を当てた。
青年が首飾りを差し出してくれたことを忘れないと示す。
それが、彼に伝わっていても伝わらなくてもよかった。
馬の手綱を引き、歩を進める。
村には、いくつかの焚き火がまだ消えきらずに残っていた。
布で覆われた大小13の塊が、襲撃者の土の山とは反対側の端に寄せられている。
セナは目を伏せて、手綱を少し強く引く。
スモールードの村が遠ざかって行くのに、セナの心はちっとも軽くはならなかった。
幌馬車隊の安否と、カリーナの怪我、
凶暴で痩せ細った略奪者の獣人、無防備な村。そして魔物。
誰が悪いのか、何が悪いのか、どうして起こったのか。
様々な思考が頭を行き交う。
考えたって、どうにもならない。
セナにはどうにもできないことだと分かっているのに。
村が見えなくなってしばらく。
いつのまにか、陽光が最も明るくなっていた。
「セナ様!」
シェイが馬を走らせて、セナの左に馬を並べる。
「昨夜、あの茶髪の男性から何かもらってたでしょう?」
突然にニヤッと好奇心が混じった目をシェイから向けられた。
あまりにも唐突な問いだ。セナは目を丸くして素っ頓狂な声が出る。
「……え?」
「贈り物? 魔道具関連の物でしょうか」
更にカリーナも右から寄って来る。
彼女の中で、贈り物と云えば魔道具なのだろうか。
そういえば、もらった『ウォルター・パッチンくん』とかいう爪切りをまだ一度も試していない。
セナと馬に相乗りしているペロが振り返って声を大にして言った。
「コイツは受け取らなかったぞ!売れば15コペルはしたはずなのに!」
「えぇ!?受け取らなかった!? なんで? センス最悪だったとか?」
シェイは、信じられないと言いたげだ。
セナは、友人と話すような日々を思い出すようだった。
「違うよ」
苦笑して否定しながら、シェイに気を使われたことに気づく。
セナも元気のない友人に、そうした経験がある。
セナは、息を吐きだして切り替えることを決めた。
確かに恐い思いをしたけれど、セナは何も失っていない。
ペロは相変わらず減らず口の元気ピンピンだったし、
カリーナと騎士二人が切り傷を負ったけれど、移動に影響がない軽傷だった。
村人の多くは命が助かった。
そして、当初よりも食糧だって多く分けてもらえた。
納得はいかないけれど、そう思わなければ顔を上げられない。
なにより、これ以上、気分を沈めていたって周囲に気を遣わせてしまうだけだ。
「……なんか、気軽に受け取っていいものじゃないと思って。
お菓子とかならもらったけど」
セナは肩の力を抜いて、シェイとカリーナに微笑む。
「お菓子! 聞いたらビスケットが食べたくなる!」
シェイが額に手を当てた。
「……ナッツ入り、もしくは干し葡萄入りだと尚良いです」
カリーナが溜息をつく。
「オレはチョコとバター、抹茶、紅茶……ぜんぶ入ってるアソートがいい!」
ペロの欲張り発言は、案の定カリーナに「チョコと抹茶とは何だ」と追求を受けていた。
「ユーインの話を聞いたか? イガルに軍勢を向けたと」
「ああ、おそらくイーサン第一王子殿下が救援に軍を率いてるんだろ。
こんな時に国外へ出るなんて、ハイディ第一王女やハワード第二王子がどう出てくるか…。国の先行きが不安だよ、まったく」
セナはシェイたちの話にクスクス笑う。
だが、背後からの小さな騎士らのお喋りもしっかりと耳に入ってきていた。
前方からはイーモンとサイモンの筋肉饅コンビが、菓子の話に対抗するように、肉の話を始めていた。




