03-13:それぞれの戦い
セナは、カリーナとイーモンと共に宿の二階へと戻って来た。
つい数時間前にセナが寝ていた部屋の扉を、イーモンが開く。
入って右手にベッド。左手に暖炉。
それから、簡素な木製のテーブルと背もたれのある椅子が、なんとか収まる小さな部屋。
人が三人も入ると、かなり窮屈だった。
カリーナが室内に入ると、早歩きで、扉の向かいにある木製の窓を開けた。
そのまま、窓枠から伸びる花台のような棚板に足を乗せている。
体重がかかると、ギシギシと音を立てた。
絶対に人が立つ設計で作られていない。
「……カリーナ、危ないよ」
セナは、カリーナがそのまま下に落ちてしまわないか、不安でいっぱいになった。
「平気です。足場は古いですが、腐っていません」
そういう問題じゃない。
セナは自分の腰紐を外した。こっそりとカリーナのベルトに通して、紐の端を握りしめる。
これで最悪、いきなりの落下は避けられるはずだ。
セナは、そのまま窓の外を恐々と覗き、見下ろした。
村人たちが何人も倒れているのが見える。
「お、騎士たちが出て来たな」
隣に浮かぶペロが、指をさした。
隊列の中心に、金の髪が靡くのが見える。
エイベルが突出し、その左右に一歩ずつ下がって騎士たちが並んでいる。
まるで魚鱗の陣のように、先端を尖らせた隊列が、ゆっくりと進み始めた。
地上では、今まさに空気が一段張り詰めたものになった。
人間の隊列に気づいた獣人の一人が、
厚く湾曲した大剣を振り上げて、エイベルに襲いかかった。
エイベルは、一歩踏み込んだと同時に向かいくる獣人の首を横薙ぎに一閃する。
剣先が獣の首を裂き、血が噴き上がった。
それを一瞥もせずに剣を握り返し、民家の扉を破壊しようとしている獣人に向かって、自らの剣を投げつけた。
グサリという鈍い音と共に、獣の首が垂れる。
身体は扉に傾き、そのまま崩れ落ちた。
僅か数秒も経たぬ間に仲間を葬り去られた獣人は、怒りに目を吊り上げ鼻に皺を寄せ、エイベルを見据えた。
灰色の体毛は逆毛だち、牙を剥き出して猛スピードでエイベルに向かって駆けて来る。
振り下ろされる斧を、エイベルが避ける。
斧は、地面に鈍い音を立ててめり込んだ。
左翼、一歩後ろにいたレンツが、隙を見逃さずに獣人の横腹を剣で突き刺した。
「ガァッ!」
獣人は呻き声と共に、斧を大地から引き上げる。
エイベルは、先ほど自分が首を斬った獣人の武器を手に取り、その湾曲した剣を眼前の獣人の首横に突き立てた。
獣人の瞳孔が開き、手から斧が滑り落ちる。
エイベルは地面に落ちる前に、左手で斧の柄を掴んだ。
その紺色の鋭い眼光は、次の敵を探した。
上がっていた悲鳴は、すぐに戦いの音に取って代わっていった。
悲鳴はどんどん人間のものではなくなりつつある。
「火を司りし法行。―――我が意に応えて敵を撃て、ファイアー!」
魔法陣が宙に描かれ、カリーナの細い右腕が敵の居る方向へ振り下ろされる。
騎士たちの隊列からやや離れた場所。
人を引きずる獣人に向かって炎の玉が襲いかかった。
当たった瞬間、炎が大きく弾け飛び、獣人の半身が炎に包まれる。
「ギャアア!」
絶叫が響き、焼かれた獣人が走り逃げる。
その近くで、数人の村人が、獣人の一人を囲み、農具で撲殺していた。
騎士たちの刃が振るわれる度に、血が飛ぶ。
カリーナの陣が完成すれば炎が敵の身を包んだ。
セナは目を伏せて胸元の衣服を握り締める。
圧倒的な力で、今度は襲撃者の命が奪われていた。
人を助けてほしいと願った。
だけど、その先に殺戮がついて回ることを、セナはひとつも意識していなかった。
戦いは終わりかけていた。
セナはもう外を見ていられず、窓から背を向けた瞬間だった。
部屋の扉が乱暴に開く。
黒い毛の獣人が牙を剥き、雄叫びが部屋に響いた。
「グゥウ!ガァアア!」
「クソ!アイツら、取りこぼしやがった!」
セナが目を見開き、恐怖に身を固くする。
同時にイーモンが悪態をつきながら前に飛び出て剣を抜いた。
黒毛獣人の手に持つ棍棒が、イーモンに向かって振り上げられる。
セナは、カリーナに援護を頼もうと振り向いた次の瞬間。
「しまっ―――」
木を叩きつけるような破壊音。
何かに弾き飛ばされたカリーナが、窓枠の破片とともにベッドの方へ吹っ飛んだ。
握っていた腰紐に引かれ、セナも勢いよく引きずられて床に倒れ込む。
「クソ、ルフォス様!お逃げください!」
なぜか、室内ではなく廊下の方からイーモンの声と金属が打ち合う音が響いた。
獣人を部屋の外に追いやっているのかもしれない。
「おい、大丈夫か?」
ペロが床に立ち、セナと目を合わせて言った。
「…イッタ。……なに…? カリーナが吹っ飛んで…」
セナは身を起こし、窓の方向を向く。
壊れた窓枠を跨ぐように、青毛の狼獣人が室内へ入ってくる。
カリーナが吹っ飛ばされた理由を瞬時に理解する。
「ギャーーーッ!」
セナは甲高い悲鳴を上げながら、素早く立ち上がった。
それから、目についた投げられそうなもの―――ベッドの上の毛布を掴んで投げつけた。
獣人にはまったくのノーダメージで、片手で毛布を薙ぎ払われる。
「食らえ!」
セナのほんの僅かな時間稼ぎの後、ペロが野球ボール大の火の玉を繰り出す。
それは、ゴォッと小さな燃焼音を立てて獣人の顔面に命中した。
「グァア!」
手で顔を覆う獣人に、セナは椅子を持ち上げて、獣人の顔めがけて叩きつけた。
「出て!出てってよ!」
バクバクと心音が鳴り響き、口がカラカラに乾く。
二度三度と必死に叩くと、獣人は僅かに後退したが、ハエを追い払うように両手で払いのけられてしまう。
力で勝てるはずもない!
椅子はセナの手から簡単に勢いよく離れ、壁に当たって形が崩れた。
「もう一発だ!」
ペロが更に火の玉を投げる。
「グゥッ! やめろ!」
まだ目を開けられない獣人は、またも火の玉を食らった。
窓を背にしてバランスを崩す。
「出てけッ!」
セナは、獣人の腹を、力の限り蹴り飛ばした。
「ギャッ!」
青い狼獣人は、短い悲鳴とともにバランスを崩して窓の向こうへと消えていった。
「………」
セナは荒い呼吸を繰り返しながら、恐る恐る窓に近づく。
下を覗くと顔を手で覆いながら逃げて行く獣人の姿があった。
「ふぅ、しぶとい奴だったな!」
ペロが隣に来る。
この白いモフモフは、信じられないことに少しも怯えていなかった。
「………ああ…、もう最悪…。……死ぬかと思った……」
セナは顔を両手で覆い、その場に崩れ落ちて長い息をついた。
数秒して、ようやくカリーナのことを思い出す。
立ち上がって、ベッド横の床に倒れているカリーナのもとに急いだ。
「カリーナ!」
鋭い爪で引っ掻かれたかのように、左足の衣服が破けていた。
血はそれほど出ていない。それに、呼吸もしている。
頭にも傷は見られなかった。
「カリーナ、しっかりして!」
「オイ、起きろ」
セナが軽くカリーナの肩を揺すると、ペロが彼女の白い頬を叩いた。
すると、カリーナは眉を寄せながら目を開き、額に手をやった。
「……うぅ、申し訳ありません…。窓枠に頭をぶつけて気絶していたようです」
「……無事で良かったよ」
身体を起こすカリーナに、セナは安堵の息をついた。
「ルフォス様!」
それからイーモンの騒がしい足音とセナを呼ぶ声が廊下から響いてくる。
彼も無事だった。
外からも、混乱や恐怖の悲鳴が消えていく。
けれど、音が消えたのは一瞬のことで、すぐに嘆きと絶望の声へと変わっていった。




