03-11:急変の合図
子どもたちに手を引っ張られるせいで、セナは村の中心部を横切る羽目になった。
村人たちは、ギョッとした顔でセナを見た。
「すみません、お邪魔します」
苦笑を浮かべながら、人のいる方へ何度か軽く頭を下げる。
「他所者大迷惑」という雰囲気をしっかり読んでいるので、先手必勝だ。
子どもたちに連れて来られただけ、という空気は出しておきたかった。
一軒の民家の前で、ようやく子どもたちは止まってくれた。
そして、セナに自分のお宝を見せつけてくる。
人形も石も一通り見て褒めたが、まだまだ見せ足りないらしい。
「何をしているの!迷惑でしょう!」
力強い女性の声に、ようやく子どもたちの声がピタッと止まる。
女の子の一人が「母さん!」と女性の方へ走って行った。
セナは立ち上がり、強張った顔の女性に困ったように微笑んだ。
「誘いを断りきれずに出て来てしまいました。見ず知らずの人間に、みなさんご不安になりますよね。ご心配をおかけして申し訳ないです」
「……いえ」
女性は気まずそうに視線を逸らし、子どもを抱きしめる。
セナは苦笑したまま、多くの人に聞こえるように少し声を張った。
「急ぎの用があって、荷馬車とは別ルートで来ました。だから商人なのに、荷がないのです…。私たちは明日の昼までには出ますので」
何もしませんという遠回しの言葉が伝わるかは微妙だ。
でも、弁明をしないよりはした方がいい。
セナは子どもたちに笑顔で、さよならを告げて背を向けた。
「なあ、アンタ!」
アンタ? セナのことだろうか?
声の方に振り返ると、短い茶髪の青年と、金髪を一つに結った青年がいた。
茶髪の青年が伺うような声色で尋ねてきた。
「本当に商隊の人間か?」
「はい、ミラガイア商隊です。何かご用ですか?」
セナは、大陸交易同盟の半円通行札をバッグから出して掲げる。
すると、二人は警戒しながらも近づいてきた。
金髪の気弱そうな青年は、セナの手元を注視した後、茶髪の青年とコソコソ話し始めた。
「商業ギルドの通行証だ」
「本物か?」
「……多分な。金細工がある。鍵部分の細工は難しい」
ヒソヒソ声だが、セナには思いっきり聞こえていた。
どうやら、疑っているらしい。
けれど、すぐに話し合いは終わったのか、茶髪の青年がセナに向き直った。
「アンタが商人なら、毛皮を買ってくれないか?
いつも買い取ってくれるファナン共和国からの商隊が、予定日を十日も過ぎているのに来ないんだ」
セナは、思いもよらない話が出てきて少し戸惑った。
けれど、これは食料を買い取れる取引になるかもしれない。
「……エイベル殿。商隊で荷がないのはやはり不信感を持たれます。
多少の毛皮なら、馬にさほど負担なく持ち運び可能ですか?」
セナは、エイベルに向き直って小声で尋ねた。
するとエイベルは、少し眉を寄せて考えるような様子を見せたが頷いてくれた。
「………多少ならば」
運搬に問題はないようだ。それに、毛皮は腐らない。
最悪、売れない場合は、騎士たちが毛皮を使ってもいいとセナは思った。
なにせ山を越えてから、とても寒い。
「馬のみで運ぶため、多くは買い取ることができません。
それから、食料を買い取らせてくれるのであれば取引させていただきます」
セナは最後まで茶髪の青年から目を離さずに、条件を付けて言った。
すると、茶髪の青年の目には僅かな安堵が浮かんだ。
話が決まると、青年二人は大慌てで毛皮を持ってきた。
セナは毛皮を両手で持ち上げて、検品を始める。
毛皮の良し悪しなんて分からない。
でも、触れて穴あきがないか、汚れの付着具合、匂いくらいは分かる。
「お前、細かすぎんだろ」
ペロに突っ込まれた。
「大事じゃない? 洋服に不備あったら私は即返品するし。
……取引をされてた商隊への卸値はいくらですか?」
「1枚につき、大物が3バーシル、中物が13コペル、小物は6コペルだ。
いつもの商隊は、確か…バルアータの『キンの毛皮工房』に持っていくって言ってた」
セナが顔を上げて問うと、青年は即答した。
値段を考え直したり、何か企むような間もない。
セナは青年に、にこっと笑ってからカリーナに視線を向けた。
意図を察したカリーナがボソボソとセナに耳打ちする。
「大物は適正ですが、おそらく、中物と小物は2、3コペル安く卸しています。
どのみち、近隣のイガル辺境侯国やファナン共和国では2.5倍から3倍で売れます」
「マジで?」
セナは目を見開いてカリーナを見上げた。
「マジです」
マジを習得したカリーナが、小さく口角を上げて頷く。
セナはコホンと咳払いした。
「大物は、1つ3バーシル。
中物の良品は16コペル、普通が14コペル、こっちの汚れ有りが12コペル。
小物の良品は8コペル、普通が6コペル。汚れありは4コペル出します」
「……ああ、それなら、まあ…悪くない取引だ」
目を見開く茶髪の青年に、セナは少しばかり気まずくなった。
「最初に言った通り、食料を買い取らせてもらえる前提での取引です。
パン、イモ類、チーズ、卵、野菜…なんでも構いません」
食料は、最も大切な物だとセナも理解している。
交換条件を突きつけるのは、心苦しいが仕方なかった。
セナはあまり商いに向いてないのかもしれない。
「おいアンタ!! さっき言った条件は本当なんだろうな?」
突然に、頭頂部がすっかり寂しくなった老人が、険しい顔でぬっと横から出てきた。
セナを睨んで見下ろしてくる。
おまけに、責めるようなガミガミ口調だった。
「……はぁ、まあ?」
どうして、そんな威圧的で偉そうに言われるのだろう。
セナの返事は曖昧になる。
なにしろ、こういう類の人種が好きじゃなかった。
しかし返事の仕方はどうでも良かったらしく、ガミガミ老人は背を向けて叫んだ。
「おおい! みんな、少し集まってくれ!」
その声で、大人たちがガミガミ老人の元にパラパラと集合し始めた。
「町内会議?」
「規模的に自治会会議だろ」
セナとペロは並んで話し合いを見守った。
結果的に、セナは村全体と取引することになった。
毛皮と炭、それから目的通り、16人の4日分の食料を村から買い上げることに成功した。
荷物は増えるが、エイベル曰く、この程度であれば全く問題ないらしい。
少しすると、ガミガミ老人と茶髪の青年が、宿屋の前に商品と食料品を荷車で運んできた。
セナは品物を確認しながら、枝で地面にアラビア数字を書いていく。
異界の数字も、セナはミラのおかげで一応マスターしたけれど、慣れている数字の方が早い。
ただ、繰り上げ計算がとても面倒だった。
「えーと…炭10kgが10袋で、70コペル。
アー、2バーシル10コペルか…。合計で…」
途中式合わせて三度確認して、カリーナの計算完了を待つ。
「合計、3ゴルド15バーシル29コペルです」
「オッケー、一致。切り上げて、3ゴルド16バーシル支払います」
茶髪の青年とガミガミ老人は、カリーナの書いた計算式を見下ろしていた。
セナは二人に、3枚の金貨と16枚の銀貨を手渡す。
「……あ、ああ、確かに」
「では、お世話になりました。ご縁がありましたら、またお願いします」
セナがお辞儀すると、茶髪の青年もつられたように慌てて頭を下げた。
取引が終了したので、セナたちは早々に荷物を中に運ぼうと荷物に手を伸ばした。
すると、ガミガミ老人から声がかかった。
「……アンタ、悪い事は言わん。
ファナン共和国に荷を売りにいくのならばやめておけよ」
セナが振り返ると、ガミガミ老人がぶっきらぼうに言う。
「魔物がかなり増えておると聞いた。
傭兵がいつもウロついとって、死んだ奴も多いらしい」
セナは息を飲んだ。
幌馬車隊は、東回りのファナン共和国側から出る予定だからだ。
幌馬車隊との合流を急いだ方がいいかもしれない。
それに、小さいけれど心配事はもう一つあった。
食料は確保できたけれど、セナは騎士たちの反応が気になって仕方なかった。
エイベルには確認したものの、荷物が増えてしまったのだ。
カリーナとセナが仕分け、
何も言わなくてもエイベルが縄で黙々とまとめてくれた。
あとは馬に載せるだけだが、騎士たちは協力してくれるだろうか?
宿屋の広間に集まっていた騎士に、セナは事情を話して軽く頭を下げた。
「お手数おかけしますが、炭と毛皮、食糧を手分けして馬にお願いします。
寒い時は、毛皮を使ってくださいね」
「かしこまりました!明日からまた普通のスープが食べれる!」
シェイが嬉しそうに、纏められた荷物を一つ取った。
「ルフォス様、商品では」
エイベルが首ごとこちらに向けて、嗜めるような口調で言う。
「健康には変えられません。冷えは万病の元だし」
「尊く、慈悲深い主に乾杯!」
サイモンが、中身が空っぽの木製ジョッキを掲げた。
数人が笑いながらそこにジョッキをぶつけると、彼らはジョッキを置いて荷物を一つずつ取っていく。
荷が増えたことに嫌な顔はされなかった。
セナは小さく安堵の息をつく。
それぞれ、騎士たちが荷物を持って行く中で、セナとエイベル、それからカリーナは地図を見ていた。
先程のガミガミ男からの情報は無視できなかった。
「……幌馬車隊は、まだ渓谷を越えていないと思います。
王国騎士が二人いるとはいえ、使用人も商隊員も旅にも慣れていない」
カリーナが地図を指さしながら言った。
「……イーソーを飛ばし、本国より伝令を走らせるべきかと。
一度、幌馬車をルミアへ戻すのが最善です」
エイベルは、鋭い視線で地図を睨む。
『イーソー』とは何だろう。セナは、どこかで聞いたことがあるような気がした。
カリーナが、話を続ける。
「それは、かなり時間がかかります。
このスモールードから二日行った先に古道があります。
山に入った先は、谷に繋がるので合流も可能です」
「そのような道は聞いたことがない。古道であれば、危険も多くなる。
何より山道はルフォス様に負担がかかる」
「地元住民のみ知る道です。
藪漕ぎは必要でしょうが、今回の山越えほど負担ではないはずです」
二人とも無表情で淡々と喋っている。
なんだか雲行きが怪しくなりそうで、セナは慌てて二人の言い合いに割り込んだ。
「エイベル殿の言う通り、すれ違わないようにまずは人を送りませんか?
私たちは古道を進みつつ、危険な道があれば引き返すという事でどうでしょう?
あの……私の選択が間違ってたばかりに……すみません」
セナは「山を直進」という選択ミスを悔やんだ。
山中に入ったものの、結局のところ何も分からないままだ。
ミラたち幌馬車隊が危険な目に遭っていなければいいと、セナには願うことしかできない。
「……お嬢様、謝罪など必要ありません。
むしろ謝罪すべきは、役立たずの私です」
カリーナが目を伏せた。
「己の力不足に恥じるばかりです」
エイベルも頷き、息を小さく吐き出す。
セナは、驚きに目を見開いた。
託宣を果たせず焦っていたのは、セナだけではなかったのかもしれない。
そう思うと、少しだけ悩んでいた自責の念が軽くなった気がした。
ならば、セナのやることは一つしかない。
「二人のおかげで、無事でいるのに、そんなこと言わないでください。
……いつも助けてくれて、ありがとうございます」
セナは微笑んだ。
今日はゆっくり休んで、また明日に備えなければならない。
その時だった。
突如、誰かの甲高い悲鳴が村に響き渡った。




