↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/65

03-10:異界に住む人々




 意識の覚醒とともに、セナはガバッと身を起こした。

よほど疲れていたのか、よだれが口の端から流れている。

セナは慌てて手の甲で口元を拭った。



窓の外は、どんよりと曇ったままだ。

光の強さから見て、朝から昼過ぎくらいに見えた。



 (もしかして、一日中寝てた…?)



 セナは、その可能性に血の気が引いた。

慌ててベッドから降りて、スマホを確かめる。

画面には、14:02と表示されている。

『レベル・アップ・デイズ』アプリのカレンダーは、今朝と同じ日付が表示されていた。

どうやら、3時間程度の睡眠だったらしい。



 落ち着くと、ペロがいないことに気づく。

セナは、そろそろとドアを開けると、扉の横にエイベルが立っていた。


 「……あ、」


 護衛だろうか。

セナは、彼の仕事であると理解しつつも、

自分のためにずっと立っていたのだと思うと、申し訳なくなった。



 「お休みになれましたか」

 「……はい、ありがとうございます。エイベル殿も休んでください」



 エイベルは、セナをじっと見てから軽く頷く。


 「……食事はいかがしますか」

 問われると、お腹が空いたような気がしてきた。


 「……いただきたいです」

 「…参りましょう」



 エイベルの威圧感も、二十日近く共にいるせいで随分と慣れてきた。

無表情で、鋭く恐い雰囲気だけど、彼は別に怒っていたり、不機嫌なわけではないらしい。

ちょっと、いやかなり無愛想で無口ではあるけれど。




 宿屋の階段を降りていくと、酒と煮込みの匂いが漂ってきた。

一階は、食堂のようだ。

テーブルが八つ。背もたれのない椅子がたくさん置いてある。


食堂には、見慣れた護衛騎士が三人と、村人か旅人らしい者が数人いた。

木製のジョッキを傾けたり、陶器の器から何かを食べたりしている。



 「お座りください」


 エイベルに言われ、セナは、空いている古びた長テーブルに移動して椅子に座った。

エイベルは中年女性を呼び止めて何かを話したあと、セナの隣に掛けた。



 (正面じゃないんだ…)


 隣に座られる違和感に、セナは少し身じろぐ。


奥から笑い声が聞こえてきて、声の方に視線を向けた。

食堂の奥は、広間のようなスペースになっていた。

濃い緑色の絨毯を敷いたところに護衛騎士たちが座り、ジョッキを片手にして談笑している。



 少しすると、中年女性が皿を三枚持ってやって来た。



 「7コペルです」



 セナがバッグをゴソゴソやって巾着袋を探す間に、エイベルは早々にテーブルの上に銅貨七枚を置いた。

恥をかかすわけにもいかないので、セナは巾着をしまい込む。


コトリと置かれたのは、肉入りの野菜スープと黒いパン、チーズ、焼き魚。

エイベルも食事がまだだったのかもしれない。

二人分の量が置かれた。これで七コペルなんて随分安い。



 「いい匂い…。美味しそう」



 野営中は、四日目でパンが切れ、三日間は固い肉と謎の草スープ。

あとは酸味がある紫林檎ばかり食べていた。



 「環の巡りに」


すっかり、セナもこちらの食事作法に慣れてきた。

挨拶をし、スープを食べて、黒パンをちぎる。

焼き魚は箸がないので、バッグから布を出して魚を包み、手で持ってかぶりついた。



 (魚~! 久しぶりの魚の味…幸せ…)



 セナが味わって食べていると、なんだか方々から視線を感じた。

顔を上げて見回すと、ひとりの老人と目が合ったが、すぐに逸されてしまった。




 「お、起きたか!」


 宿屋の扉が開いて、老人の態度を疑問に思いつつも、セナはそちらに目を向けた。

ペロとカリーナがこちらへやって来た。



 「おはよ。外に行ってたの?」

 「まあな」



 ペロが頭を掻き、カリーナが視線を下げた。



 「林檎を採りに行っていました。あまり食糧を売って貰えないので」

 「…え、それは困るね…」


 狩りができる騎士たちがいるので、飢え死ぬことはない。

でも、少し変だ。セナは首を傾げた。


出てきた食事を見ると、困窮しているようには思えなかった。

大きな町で食事した時は、野菜のみのスープと、ひと回り小さなパンだけで一人4コペルもした。

これを見る限り、ここの食事はかなり安くて、食糧難だとは考えにくい。



 「エイベル殿、食器は下げてもいいですか?」


 セナが問うと、とっくに食べ終わっているエイベルは若干眉を寄せた。

とても不機嫌そうに見える。

まるで食べた直後に、せっかちな店員に皿を下げられた人のようだ。―――随分と前から空だけど。



 「ルフォス様、何を」

 「ちょっとそこまで返却しに」


 セナは陶器の皿を重ねて立ち上がった。




 「美味しかったです!ご馳走様でした」


 テンションを少し上げ気味に、鬱陶しくない程度の声の大きさを出す。

セナは微笑んで、給仕していた中年女性へ皿を差し出した。

中年女性はギョッとしつつも、恐る恐るセナから皿を受け取った。



 「スープは、肉の旨味がギュッと詰まってて、町では飲めないお味でした。

あと、パン!

歯ごたえがあって、中はふわふわ。

この村には、パン作りの名人がいらっしゃるんですか?」



 中年女性は若干後退しつつも、視線を下げ気味に答えた。

完全に訝しみ警戒している。その上、少し怯えている。



 「……いえ、私が作ったものよ…」

 「そうですか。明日も食べられるのが楽しみです」



 ぱっと顔を明るくして微笑んだあと、すぐに背を向けた。

このまま話を引っ張ることはできる。

でも、これだけ警戒されると、不信感を助長させる羽目になりそうだ。

食糧を譲ってもらえないどころか、話をするのも難しいかもしれない。



 「まあ、無理ないな。

あいつら、商人というより傭兵集団にしか見えないからな」


 ペロがセナの隣に来て、こそっと言った。

確かに、庶民から見れば、物騒な招かざる客に見えるかもしれない。



 「言えてる。まあ仕方ないよね…」


 幌馬車があればまた別だったかもしれない。

商隊を証明する札も持っているけど、いちいち説明すると、また嘘臭くなってしまう。




 できることが思いつかないセナは、

そのままペロと宿屋の裏手にある厩舎に馬の様子を見に行った。

カリーナとエイベルもついてくる。



 「えーと、馬、馬…」

 「お嬢様の馬はそれです」



 カリーナが指差した。

鹿毛馬はたくさんいる。

世話になっているにも関わらず、セナにはすぐに見つけることができなかった。


既にレンツが、馬の手入れをしてくれたようだ。

馬の鞍は、外して横に避けられている。

鞍の手入れ用品の中からブラシを取り出し、首から背にかけてブラッシングしてやる。


 馬は器用に、首を曲げてセナの背に頭を擦り寄せてきた。

セナは空いてる手で馬の首を撫でてやる。




 「な、言ったろ!」


 背後から子ども特有の声が聞こえ、セナは何事かと振り返る。

7歳前後の子どもが5人立っていた。女子が2人と男子が3人だ。


うち、2人の男の子の頭に獣耳が生えていて、セナは驚きに目を見開く。



 「こ、こんにちは…」


 セナは、馬にピッタリと抱きつき、なんとか言葉を絞り出した。

灰色のピンと立った耳に釘付けになって、ブラッシングの手が止まる。



 1人は耳と尻尾のみ目立つ。もう1人は完全に人間離れした顔だった。

鼻先から口が突出していて、顔の大半が毛に覆われていた。

猿の顔の毛の生え方によく似ている。



 「お、亜人の子がいるな! お前ら、いい毛並みしてるぞ!」

 ペロがスイーッと獣耳男子に近寄っていく。


 「そう?」

 「父さんの方がもっと綺麗だよ!」



 他の子たちが、クスクス笑ったり、チラチラこちらを見たりしている。

でも、セナはそれどころではなかった。

二人の男の子から懸命に目を逸らすが、また視線が二人にいってしまう。

失礼だと分かりつつ、最早ガン見だ。



 「ねぇ、どこから来たの?」



 人間の普通の女の子に話しかけられた。

セナは獣耳からようやく目を離し、馬からもようやく離れる。



 「ええと…山を越えた向こうからだよ」


 興味津々といった様子の女の子に、セナは微笑んで答えた。



 「キラキラしてる!お姫様なの?」

 「バカだな、澄んでるって言うんだよ!」



 隣の人間の男の子が鼻で笑い、女の子はかなりムッとした表情である。



 (…澄むって言うと目だけど、姫だから服装かな?

……いや、もしかして、チップ要求されてんの?)



 異界常識がないセナは、それが純粋な褒め言葉なのか、何か裏があるのかサッパリ分からなかった。

けれどセナの服装は、かなり上等な部類だった。



 「ありがと。ええと、ごめんね。

お姫様じゃないから、あげられるものは何もなくって…」



 地球であれば、飴やチョコくらいはバッグにあった。

でも今のセナは、何も持っていない。



 男の子が、ズボンに吊り下げている汚れた巾着を取り出し、セナに差し出した。

距離があるので、セナが子どもに近づこうとするとカリーナがセナの進路を塞ぐ。



 「お嬢様」

 「おいおい、お前ら。コイツらは子どもだぞ」


 ペロが呆れた口調で言った。

お前らという事は、エイベルも入っているのだろうか。

セナが、エイベルに目を向けると剣の柄に手をかけていた。―――冗談でも笑えない。



 「子どもでも殺しは可能です」

カリーナが言った。



 「なっ!違う!違うよ!宝物を見せてやろうと思っただけだ!」

 男の子は叫びながら、巾着から菱形の石や小さな刺繍が施されたボタンを出してきた。



 セナはカリーナの肩を叩く。

こんな7歳くらいの子どもが殺しなんて、ありえない。

一歩踏み出して子どもと同じ目線になるようしゃがんだ。



 「お、かっこいい石だね」

 「私もあるよ!」



 今度は後ろから、オレンジ髪のお下げの女の子が出て来て、人形らしき物を見せて来る。

なんだか、割り箸と汚れきった布切れで作っているみたいで全体的に茶色い。



 「わあ、かわいい」

 セナがニコニコして言うと、獣耳と尻尾の子どもも寄って来た。


 「僕もあるよ!珍しい鳥や、イーソーの赤い羽も!見せてあげる!こっち来て!」

 セナは獣耳の男の子に手を取られた。

まさに、着ぐるみのような手触り。



 (ほ、骨太のフサフサーー!!)


 セナは、内心で叫んだ。

足先からゾワっとしたものが駆け上がり、鳥肌が立つ。

断りたかったけれど、未知なる人種への好奇心が止まらない。



 「いいの? 嬉しいな」


 なんとか満面の笑みを貼り付け、獣耳の男の子の手を軽く握り返した。

爪が硬くて鋭い。

肉球はなく、人の手とも獣の手ともなんとも言い難い感触だった。




 「お嬢様は騙りか何かの経験が…?」

 ポツリとカリーナが呟いた。



セナに詐欺師の経験は全くない。

石も人形も羽も巻き上げる気はゼロだ。

むしろ、やると言われてもとても困る。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。