03-10:異界に住む人々
意識の覚醒とともに、セナはガバッと身を起こした。
よほど疲れていたのか、よだれが口の端から流れている。
セナは慌てて手の甲で口元を拭った。
窓の外は、どんよりと曇ったままだ。
光の強さから見て、朝から昼過ぎくらいに見えた。
(もしかして、一日中寝てた…?)
セナは、その可能性に血の気が引いた。
慌ててベッドから降りて、スマホを確かめる。
画面には、14:02と表示されている。
『レベル・アップ・デイズ』アプリのカレンダーは、今朝と同じ日付が表示されていた。
どうやら、3時間程度の睡眠だったらしい。
落ち着くと、ペロがいないことに気づく。
セナは、そろそろとドアを開けると、扉の横にエイベルが立っていた。
「……あ、」
護衛だろうか。
セナは、彼の仕事であると理解しつつも、
自分のためにずっと立っていたのだと思うと、申し訳なくなった。
「お休みになれましたか」
「……はい、ありがとうございます。エイベル殿も休んでください」
エイベルは、セナをじっと見てから軽く頷く。
「……食事はいかがしますか」
問われると、お腹が空いたような気がしてきた。
「……いただきたいです」
「…参りましょう」
エイベルの威圧感も、二十日近く共にいるせいで随分と慣れてきた。
無表情で、鋭く恐い雰囲気だけど、彼は別に怒っていたり、不機嫌なわけではないらしい。
ちょっと、いやかなり無愛想で無口ではあるけれど。
宿屋の階段を降りていくと、酒と煮込みの匂いが漂ってきた。
一階は、食堂のようだ。
テーブルが八つ。背もたれのない椅子がたくさん置いてある。
食堂には、見慣れた護衛騎士が三人と、村人か旅人らしい者が数人いた。
木製のジョッキを傾けたり、陶器の器から何かを食べたりしている。
「お座りください」
エイベルに言われ、セナは、空いている古びた長テーブルに移動して椅子に座った。
エイベルは中年女性を呼び止めて何かを話したあと、セナの隣に掛けた。
(正面じゃないんだ…)
隣に座られる違和感に、セナは少し身じろぐ。
奥から笑い声が聞こえてきて、声の方に視線を向けた。
食堂の奥は、広間のようなスペースになっていた。
濃い緑色の絨毯を敷いたところに護衛騎士たちが座り、ジョッキを片手にして談笑している。
少しすると、中年女性が皿を三枚持ってやって来た。
「7コペルです」
セナがバッグをゴソゴソやって巾着袋を探す間に、エイベルは早々にテーブルの上に銅貨七枚を置いた。
恥をかかすわけにもいかないので、セナは巾着をしまい込む。
コトリと置かれたのは、肉入りの野菜スープと黒いパン、チーズ、焼き魚。
エイベルも食事がまだだったのかもしれない。
二人分の量が置かれた。これで七コペルなんて随分安い。
「いい匂い…。美味しそう」
野営中は、四日目でパンが切れ、三日間は固い肉と謎の草スープ。
あとは酸味がある紫林檎ばかり食べていた。
「環の巡りに」
すっかり、セナもこちらの食事作法に慣れてきた。
挨拶をし、スープを食べて、黒パンをちぎる。
焼き魚は箸がないので、バッグから布を出して魚を包み、手で持ってかぶりついた。
(魚~! 久しぶりの魚の味…幸せ…)
セナが味わって食べていると、なんだか方々から視線を感じた。
顔を上げて見回すと、ひとりの老人と目が合ったが、すぐに逸されてしまった。
「お、起きたか!」
宿屋の扉が開いて、老人の態度を疑問に思いつつも、セナはそちらに目を向けた。
ペロとカリーナがこちらへやって来た。
「おはよ。外に行ってたの?」
「まあな」
ペロが頭を掻き、カリーナが視線を下げた。
「林檎を採りに行っていました。あまり食糧を売って貰えないので」
「…え、それは困るね…」
狩りができる騎士たちがいるので、飢え死ぬことはない。
でも、少し変だ。セナは首を傾げた。
出てきた食事を見ると、困窮しているようには思えなかった。
大きな町で食事した時は、野菜のみのスープと、ひと回り小さなパンだけで一人4コペルもした。
これを見る限り、ここの食事はかなり安くて、食糧難だとは考えにくい。
「エイベル殿、食器は下げてもいいですか?」
セナが問うと、とっくに食べ終わっているエイベルは若干眉を寄せた。
とても不機嫌そうに見える。
まるで食べた直後に、せっかちな店員に皿を下げられた人のようだ。―――随分と前から空だけど。
「ルフォス様、何を」
「ちょっとそこまで返却しに」
セナは陶器の皿を重ねて立ち上がった。
「美味しかったです!ご馳走様でした」
テンションを少し上げ気味に、鬱陶しくない程度の声の大きさを出す。
セナは微笑んで、給仕していた中年女性へ皿を差し出した。
中年女性はギョッとしつつも、恐る恐るセナから皿を受け取った。
「スープは、肉の旨味がギュッと詰まってて、町では飲めないお味でした。
あと、パン!
歯ごたえがあって、中はふわふわ。
この村には、パン作りの名人がいらっしゃるんですか?」
中年女性は若干後退しつつも、視線を下げ気味に答えた。
完全に訝しみ警戒している。その上、少し怯えている。
「……いえ、私が作ったものよ…」
「そうですか。明日も食べられるのが楽しみです」
ぱっと顔を明るくして微笑んだあと、すぐに背を向けた。
このまま話を引っ張ることはできる。
でも、これだけ警戒されると、不信感を助長させる羽目になりそうだ。
食糧を譲ってもらえないどころか、話をするのも難しいかもしれない。
「まあ、無理ないな。
あいつら、商人というより傭兵集団にしか見えないからな」
ペロがセナの隣に来て、こそっと言った。
確かに、庶民から見れば、物騒な招かざる客に見えるかもしれない。
「言えてる。まあ仕方ないよね…」
幌馬車があればまた別だったかもしれない。
商隊を証明する札も持っているけど、いちいち説明すると、また嘘臭くなってしまう。
できることが思いつかないセナは、
そのままペロと宿屋の裏手にある厩舎に馬の様子を見に行った。
カリーナとエイベルもついてくる。
「えーと、馬、馬…」
「お嬢様の馬はそれです」
カリーナが指差した。
鹿毛馬はたくさんいる。
世話になっているにも関わらず、セナにはすぐに見つけることができなかった。
既にレンツが、馬の手入れをしてくれたようだ。
馬の鞍は、外して横に避けられている。
鞍の手入れ用品の中からブラシを取り出し、首から背にかけてブラッシングしてやる。
馬は器用に、首を曲げてセナの背に頭を擦り寄せてきた。
セナは空いてる手で馬の首を撫でてやる。
「な、言ったろ!」
背後から子ども特有の声が聞こえ、セナは何事かと振り返る。
7歳前後の子どもが5人立っていた。女子が2人と男子が3人だ。
うち、2人の男の子の頭に獣耳が生えていて、セナは驚きに目を見開く。
「こ、こんにちは…」
セナは、馬にピッタリと抱きつき、なんとか言葉を絞り出した。
灰色のピンと立った耳に釘付けになって、ブラッシングの手が止まる。
1人は耳と尻尾のみ目立つ。もう1人は完全に人間離れした顔だった。
鼻先から口が突出していて、顔の大半が毛に覆われていた。
猿の顔の毛の生え方によく似ている。
「お、亜人の子がいるな! お前ら、いい毛並みしてるぞ!」
ペロがスイーッと獣耳男子に近寄っていく。
「そう?」
「父さんの方がもっと綺麗だよ!」
他の子たちが、クスクス笑ったり、チラチラこちらを見たりしている。
でも、セナはそれどころではなかった。
二人の男の子から懸命に目を逸らすが、また視線が二人にいってしまう。
失礼だと分かりつつ、最早ガン見だ。
「ねぇ、どこから来たの?」
人間の普通の女の子に話しかけられた。
セナは獣耳からようやく目を離し、馬からもようやく離れる。
「ええと…山を越えた向こうからだよ」
興味津々といった様子の女の子に、セナは微笑んで答えた。
「キラキラしてる!お姫様なの?」
「バカだな、澄んでるって言うんだよ!」
隣の人間の男の子が鼻で笑い、女の子はかなりムッとした表情である。
(…澄むって言うと目だけど、姫だから服装かな?
……いや、もしかして、チップ要求されてんの?)
異界常識がないセナは、それが純粋な褒め言葉なのか、何か裏があるのかサッパリ分からなかった。
けれどセナの服装は、かなり上等な部類だった。
「ありがと。ええと、ごめんね。
お姫様じゃないから、あげられるものは何もなくって…」
地球であれば、飴やチョコくらいはバッグにあった。
でも今のセナは、何も持っていない。
男の子が、ズボンに吊り下げている汚れた巾着を取り出し、セナに差し出した。
距離があるので、セナが子どもに近づこうとするとカリーナがセナの進路を塞ぐ。
「お嬢様」
「おいおい、お前ら。コイツらは子どもだぞ」
ペロが呆れた口調で言った。
お前らという事は、エイベルも入っているのだろうか。
セナが、エイベルに目を向けると剣の柄に手をかけていた。―――冗談でも笑えない。
「子どもでも殺しは可能です」
カリーナが言った。
「なっ!違う!違うよ!宝物を見せてやろうと思っただけだ!」
男の子は叫びながら、巾着から菱形の石や小さな刺繍が施されたボタンを出してきた。
セナはカリーナの肩を叩く。
こんな7歳くらいの子どもが殺しなんて、ありえない。
一歩踏み出して子どもと同じ目線になるようしゃがんだ。
「お、かっこいい石だね」
「私もあるよ!」
今度は後ろから、オレンジ髪のお下げの女の子が出て来て、人形らしき物を見せて来る。
なんだか、割り箸と汚れきった布切れで作っているみたいで全体的に茶色い。
「わあ、かわいい」
セナがニコニコして言うと、獣耳と尻尾の子どもも寄って来た。
「僕もあるよ!珍しい鳥や、イーソーの赤い羽も!見せてあげる!こっち来て!」
セナは獣耳の男の子に手を取られた。
まさに、着ぐるみのような手触り。
(ほ、骨太のフサフサーー!!)
セナは、内心で叫んだ。
足先からゾワっとしたものが駆け上がり、鳥肌が立つ。
断りたかったけれど、未知なる人種への好奇心が止まらない。
「いいの? 嬉しいな」
なんとか満面の笑みを貼り付け、獣耳の男の子の手を軽く握り返した。
爪が硬くて鋭い。
肉球はなく、人の手とも獣の手ともなんとも言い難い感触だった。
「お嬢様は騙りか何かの経験が…?」
ポツリとカリーナが呟いた。
セナに詐欺師の経験は全くない。
石も人形も羽も巻き上げる気はゼロだ。
むしろ、やると言われてもとても困る。




