03-9:享受していたものの正体
雪遊びは、何故か最終的にサイモン対女子三人の戦いになった。
サイモンは雪玉を当てられながらも、上手く反撃してきた。
おかげで、セナもシェイもカリーナも、仲良く雪玉を食らった。
「あー、面白疲れた…」
「うぅ…冷たいですけど、楽しかったですね! またやりたいです」
セナは、シェイの顔にまだ残った雪を慎重に払いながら笑って頷く。
「幼子がやる遊びを初めて体験しました。実に馬鹿馬鹿しく爽快です。
再戦の際には、お声がけください」
カリーナが外套についた雪を払いながら言った。
褒めてるのか貶しているのか謎だ。
ゼラート魔導都市国家では雪遊びをやらないのだろうか?
セナは不思議に思いながら、アデラインとジェラルドを思い出した。
ジェラルドはともかく、アデラインが旅について来てくれていたら、何だかんだ、本気で遊びに興じてくれそうな気がした。
「次はオレも混ぜろよ!
とっておきの必殺技、マジカル☆スノーリンリンを見せてやる!」
セナとカリーナに馬の手綱を差し出しながら、ペロは得意げな顔をしている。
シェイがゴクリと生唾を飲み、カリーナが「マジカル・スノーリンリン…」と意味ありそうに復唱した。
当然、セナは嫌な予感しかしないので、突っ込まずにスルーを決め込んだ。
実演されて、それを受けるのは誰か?
絶対にセナに違いない。
セナたちは、遊びをおしまいにして歩き続けた。
ちらちらと雪が降り続き、再び静かな下りの山道が続く。
風はそれほどないから、寒くはあるけど痛いとまではいかなかった。
ようやく平地に辿り着くと、木々の間隔が広がってきて、視界が開けてくる。
木々の間には、ポツポツと二、三軒の小さな民家や畑が見えた。
遠目からでも、家の壁に使われている木板の継ぎ目がガタついているのが分かる。
風を防げるのかも怪しい。ようやく雨露を凌げるといった程度の小屋だ。
セナには、人が住んでいるのかも分からなかった。
「どうした? 気になんのか?」
ペロが馬の背から宙に浮いて、セナの隣に浮かんだ。
セナはなるべく声を小さくして、ヒソヒソ言った。
「うーん、預言の“内に進む”って、中じゃなくて裏とか家とか…?
ウチって言葉の取り違えの可能性ない?」
「ないな! 星霊の託宣をなんだと思ってんだ、おまえ」
断言するペロに、肩をすくめる。
セナの態度がお気に召さなかったらしいペロは、目を吊り上げた。
「犬も歩けば棒に当たる!セナが歩けば内に当たる!
いいから歩いてりゃ…おっ、村だ!」
ペロが顔を上げた。その視線の先は、セナには馬と人の隊列で見えない。
少しだけ横に逸れて村を見た。
700メートル先。
セナにも平屋の民家がいくつも集まっているように見えた。
柵はなく、屋根には低く歪な煙突がついている。
幾つかの家からは白く濁った煙がモクモクと上がっていた。
「スモールードの村ですね」
背後からカリーナが言った。
セナは隊列に戻りながら、相変わらず緑や紫、青色を帯びた雪が舞う空を見上げる。
「……魚があるといいな」
暖炉に当たって、風呂に入れ、魚が食べられたらいいのに。
村の規模的には、湯を溜められる桶くらいはありそうに思えた。
「同感…。肉は飽きました…」
シェイがセナをチラリと見て言う。セナもシェイの方を見やり、目が合った。
どちらともなく、同時にクスクス笑いが漏れる。
スモールードの村は、木造の平屋17軒ほどが無造作に並ぶ集落のようだった。
先頭のエイベルは、村の敷地に入ってすぐに右端にある、村で一番高い二階建ての建物の方へ歩いて行く。
セナも隊列を崩すことなく、村を観察しながら続いた。
村の中央と思われる場所には少しの空間があって、井戸のような物が見える。
ニワトリがコッコと鳴き、羽をばたつかせる。
どこからか羊の鳴き声も聞こえてきた。
民家の前には、干し肉や魚が吊るされている。
(……なんというか、現実味ない)
既に幾つか村を通っている。だけど、集落の雰囲気には未だに慣れなかった。
家畜が当たり前のように歩き回っているなんてクレイジーだ。
撮影用に作られたセットのように見えてしまう。
ふと、民家の前にある切り株に座る男性の老人と目が合った。
彼は一瞬目を見開き、周りで遊ぶ子どもたちへ「中へ入れ」と一喝した。
他所者はあまり歓迎していないようだ。
二階建ての家は一番大きく、他の家々に比べると、そこそこ立派だった。
隊列の後方を歩くセナにも、
扉が開く音と、エイベルの声が微かに聞こえてくる。
「失礼する。ミラガイア商隊の者だが、厩舎と部屋をお借りしたい」
「……随分と大人数だな」
驚いたような男性の声が聞こえた。
「部屋はあるだけで構わない」
「奥の広間を使えば全員入るが、毛布は足りんぞ。
それにしても聞いたこともない商隊だ。……金は払うんだろうな?」
「問題ない」
しばらくやり取りが聞こえてきたが、どうやら宿屋に相当する場所らしい。
二階建ての建物には、看板も何もない。
「それから身体を清めたい。湯桶はあるか」
エイベルの声量は、これまでと同じだっただろうけれど、
セナにはとても大きく聞こえた。
「あるにはある。……桶は貸せるが、湯は用意しない」
「それで構わない」
セナは思わず小さく拳を握った。
一週間ぶりに風呂に入れる。心中で「エイベル様、万歳」と繰り返した。
「ルフォス様、馬は繋いでおきますので、先に中へお入りください」
レンツが若干口元をひくひくさせながら近づき、手を出して言った。
完全に笑うのを我慢している顔だ。
セナは少し恥ずかしく思った。だけど、レンツの好意に遠慮せずに手綱を渡す。
「……ありがとうございます、嬉しいです。レンツ殿」
「お気になさらず」
セナは鹿毛馬に積んでいたバッグを掴み、エイベルが待つ宿屋の入口に小走りで向かった。
ようやく風呂に入れる!
一週間ぶりの風呂に、セナは感動して目が潤んだ。
小さな部屋には、人一人がようやく入れる湯桶が二つ。
一つは空で、もう一つには、カリーナがたっぷりの湯を魔法で出して満たしてくれていた。
それから、洗面器代わりの桶が置いてある。
セナは、先に空の桶内で身体と髪を洗うことにした。
カリーナに何度も湯を追加させるのは心苦しく、チマチマと湯を使う。
「うわ…人生でこれほど身体に土埃を溜めたことない」
髪と身体を洗い流した湯が、空の湯桶に溜まっていく。
茶色がかっていて、砂粒が桶に沈んでいた。
緊急時で風呂に入れなくても、身体や頭用の汚れ落とし専用のシートがあったから、
セナがこんなに汚れることは今までなかった。
「お前の国はインフラ壊れても、異常に早く復旧するからなぁ」
顎に手を当てるペロの言う通り、大抵一週間以内にインフラは復活する。
そこに従事する人に感謝はあったけれど、
よく考えると、そこに至るまでの組織を作るのだって大変だ。
大勢が同じ目的に向かって動けるようにしなければならない。
それに、真面目に努力と改善を積み重ねられる人員を集めることだって難しいに違いない。
「私、組織を考えてたかなぁ…」
遠い地で日常を送っていた日々を恋しく思い、セナは短く息を吐き出す。
与えられた課題を力いっぱいやってはいたけれど、少しばかり視野が狭かったかもしれない。
「ん? 嫌でもこれから考える羽目になんだろ。
おまえ、商隊云々はともかく、一組織の主だぞ」
「……お飾りだったはずなのに、おかしくない?
でも、ペロと二人旅じゃ、二人仲良く即魔物に食べられそう」
解散は難しい。セナは、未だに恐怖が鮮明に思い出せる。
あの黒いイノシシが頭に浮かび、寒気がして身を震わせる。
「魔物の胃の中、大冒険か!」
「絶対臭い」
「ガスマスク必須だな!」
セナはペロと馬鹿馬鹿しいやり取りをしながら、記憶を消すように、
泡立ちの悪い石鹸で髪を洗うことに集中した。
珍しくペロが魔法で、上から少しずつセナの頭に湯をかけてくれた。
泡が流れていくのを、セナは静かに見つめる。
身体がサッパリして、洗面器にペロ用の風呂を作り、
ようやく待ちわびた湯に、肩まで浸かる。
「……はぁ……幸せ……。カリーナに感謝だよ…。ペロもありがとう」
「ふぃー、おまえのせいでオレも中毒だ! 地獄湯めぐりしたい…」
セナは、「じゃあ、一緒に帰ろうよ」と、口から出そうになる言葉を飲み込んだ。セナは言葉を飲み込み、目を閉じて天井を仰いだ。
肩の力が抜けて、ウトウトし始める。
そういえば、『レベル・アップ・デイズ』の疲労指数が過去最大値の赤字だったと思い出した。
セナは風呂から上がり、小部屋を出た。
なんとかカリーナに礼を言ったあと、部屋のベッドに倒れ込む。
セナは、そのまま意識を手放した。




