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03-8:スノードームの中




 バテレイユ山脈は、ルミア王国、ゼラート魔導都市国家を含む五ヵ国にまたがる山脈だった。


山に入って7日目。

セナたちは、ルミア王国から北へほぼ直進した先、

オルフェド自治都市国家側の山麓まで下りてきていた。





 「……雪か…」


 前を歩く水色髪の『ポエマー男』トリスタンが独り言のようにポツリとこぼした。

それ以上言葉は続かず、雪を見て一句、とはならないようだ。



 セナも顔を上げて空を見上げる。

どんよりとした雲が、動かない太陽を覆っている。

不思議なことに、粉雪は、淡い緑色を帯びて見えた。



 「ん……? 緑色…?」



 緑だけじゃない。

よく見ると白に混じって、青や紫色の雪もある。


セナは、緑色の粉雪に手を伸ばした。

だが、落ちてくる最中に、それは普通の白い雪に変わる。

手に落ちた雪は、すぐに体温で一粒の水滴に変わった。



 「雪の色か?

雪の結晶に含まれるマナが、マナ光に反応して色づいて見えるんだ」


 ペロも上を見上げ、動かない太陽を指差した。



 「補足すると、上空はマナが活性化し、励起(りゅうき)状態になると考えられています。

そのため、上空の微量のマナを含んだ雪が反応して発色。

地上近くになると励起が解けて白くなる…と考えられています」


 隣にカリーナが並んで、また難しい解説をしてくれた。

セナは科学か何かの授業を受けている気分になった。


ノートがあったら端に落書きをしているかもしれない。



 「へー…。綺麗だね。スノードームの中みたい」


 見上げていると、

寒色系でまとめられた、美しく幻想的な球体の世界にいるようだった。



 「オレは、グリセリンの中よりも風呂に入りたい!

ラメより薬草を入れるんだ!薬草風呂だ!」


 「やめてよ!我慢してんのに!」


 7日も風呂に入っていないのを思い出す。

セナはペロを睨んだ。

意識すると頭が痒くなって、爪を立てないように髪をかき混ぜる。


山が寒いおかげで汗はそれほどかいていない。でも、風呂がないのは辛すぎる。



 「お嬢様、俺もあの熱い湯に入りたいです…」


 ぬっと背後から、筋肉饅コンビの片割れ。肉まんの方――サイモンが顔を出した。

灰色の髪に同色の吊り目を見つめる。


 「きっと、あの中で飲む酒は極上に違いねぇです」


 キメ顔で言ったサイモンには、風呂文化でも開花したのだろうか。


 サイモンが馬を亡くして気落ちしていたのは、ただの一日だった。

その後は、他人の馬を乗り比べては、随分と楽しそうに評論していた(一度、馬に嫌がられて落馬もしていたのをセナはばっちり見た)。

もしかしたら、強がっているのかもしれない。



 「風呂にはアイスだろ!

冬には餅アイスか高級アイスって相場が決まりきってんだぞ!」


 またも異界では通じないことを喚き出した自称精霊に、カリーナが考え込んでいる。



 「よく分かりませんが、神殿があれば湯桶があるはずです。

ない場合は……お嬢様の頭上に湯を用意すれば…?」


 水圧は大丈夫なのだろうか、セナは大変心配になった。




 「セナ様、見て下さい!雪ですよ!」


 今度は、シェイがキラキラした目でセナの横に馬を引きながらやって来る。

シェイが指差した先には、道脇に少しだけ雪が積もっていた。



 「雪合戦はできないけど、ちょっとした投げ合いならできるかも?」



 セナが、それでもやる?と目で聞くと、シェイの赤茶の目が輝く。



 「手合わせ願います!」


 「なんだお前、挑戦者か? 雪玉投げチャンピオンベルトでも持ってんのか?」


 「なにそれ? ちょっとペロ、手綱持ってて…。

ええと、こうやって雪を丸めて……シェイ、投げるから避けてくださいね」



 セナはペロに手綱を押しつけ、道端の雪を拾って軽く丸める。

冷たい雪に急激に指が冷やされた。背筋まで凍りそうだ。

早々にシェイの足元に狙って軽く雪玉を投げる。



 「っと!」


 シェイは左足を上げて、雪の塊を避けた。

べしゃっと地面に当たり、雪が形を崩す。



 「当たった回数が多い方が負け…? 頭狙いはなしで。

手に抱えた雪がなくなったら終了……でいいかな?」



 雪投げゲームのルールを適当に作る。

シェイは後ろを歩いていたレンツに馬の手綱を押し付けた。



 「準備万端です!」


 「オッケー、じゃあ最後尾で!」



 シェイの弾むような声に、

セナもなんだか、くだらないお遊びが楽しくなってきて、少し胸がワクワクし始めた。


濡れないように袖をまくり、手が冷たくなるのも構わずに雪を集めて腕に乗せる。


 セナが雪を抱えると、シェイも雪を抱え終わっていた。

両者、7回から8回くらいは投げられそうだ。



 「じゃあ、始め!」


 「いきます!」



 セナが掛け声をかける。

シェイは、第一投をセナの右手めがけて、容赦なく投げてきた。


セナは身体を横に傾けて雪の玉を避けると、

背後の木に、雪玉がベシャッと音を立てて当たった。

誰かが、「おお!」と声を上げた。



すかさず、セナもシェイの左足を狙って投げ返す。



 「ぎゃあ!一発食らったぁ!」


 雪玉が当たり、シェイが大袈裟に飛び跳ねた。

誰かが、ハハッと笑い声を上げる。



 「意外とやるなぁ……。足狙いがまた狡(こす)いな」


ペロが手綱を持ったまま感心したように言った。

セナはどんどんテンションが上がってきた。

ゲームで身体を動かすのは嫌いじゃない。



「アハハ!小学生の時、よくドッジボールやってたからね!」

「いつの話だ!」



 ペロの突っ込みをスルーして、今度はシェイの右膝を狙い投げる。

ぎゃあ!と、シェイの悲鳴がまた上がった。


遊びにおいて、セナの辞書に容赦という文字はない。


あまりに一方的なら別だけど、相手は雪遊び慣れてないにしろ騎士だ。

セナより数倍運動神経がいいから、油断禁物。先手必勝だ。



 「おいおい、お嬢様。初心者にゃハンデが必要だろ?」


 肉まんサイモンが腕に雪をたくさん乗せて、悪い顔でシェイ側に現れた。



 「お二人の声で胸騒ぎが止まりません。足手纏いですが、私も参加したいです」


 今度は、カリーナまで雪を山ほど腕に乗せてセナの隣にやって来た。


セナは、吹き出して頷く。

まさか異界に来て、童心に返って雪遊びをするなんて!



 「じゃあ改めて……。レディー、ファイ!」



 セナの号令で、サイモンの大きな雪玉が飛んだ。

カリーナの玉なのか、塊なのか謎の形の雪が宙を舞う。



シェイもサイモンも笑っている。

カリーナだけは、いつも通り無表情だったけれど、

まるで何もなかったかのように、笑い声が山麓に響いた。


魔物に襲われる恐怖と、今もセナの心に重たい焦燥が残っている。

けれど、セナはまだ彼らのおかげで笑えた。








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