03-6:早朝の訪問者
指は、まさかの直進。山越えルートを指した。
セナは、しゃがみ込んで頭を抱える。
カリーナが「気に入らないなら、変えては?」と言ってくれた。
けれど、セナはおみくじを引き直すタイプではない。
一度出た「神様の言う通り」を変える勇気はなかった。
そんなわけで、直進山越えルートに、ペロとセナを含めた16人。
残る8人は幌馬車とともに東の渓谷へ回ることになった。
まさか人員分けになるとは思わなかった。
それもかなり人員が寄っている。
専門家でもないセナは、申し訳なく思いつつも口出しを避けた。
なにより山に登るなんて、とても不安だ。
けれど、皆が信じている託宣の通り、マナ正常化のために『何かを知り、何かは分からないまま』という状況を作らないと、延々と北上をやり直さなければならない。
むしろ、一番最初に山ルートを潰せて良かったのかもしれない。
「バテレイユ山脈!低い峠でも、んー…標高1500メートルくらいか?」
いよいよ山道に入り、ペロが一人元気に宙に浮かんで言った。
セナは、馬上で首を傾げる。
「それどんくらいなの? 富士山くらい?」
「富士山は3776メートルだぞ!
お前が観光で登る山は、だいたい600メートルくらいだな!」
聞いただけでも、肩がズシリと重たくなって気が遠のきそうになった。
セナは、山があっても登りたいと思わない類の人間だった。
「ロープウェイはありませんか…」
「ホースウェイ(馬道)しかないな!山登りツアーを楽しめ!」
便利魔法の存在も期待したけれど、ないらしい。
ガックリしながら、鹿毛馬の首を撫でた。
それからセナたちは、3日も山を登り続けていた。
かなり体力面や体調面を心配していたけれど、そんな心配はほとんど杞憂だった。
セナは、筋肉痛はあるものの割とピンピンしている。
目が覚めて、カリーナとペロを起こさないよう、
セナは革と葦で作られた簡易テントを静かに出た。
「寒!」
テント内は、カリーナの魔道具のおかげで暖かかった。
外に出ると身を切るほどの寒さが襲ってくる。
ふわふわの軽い毛皮コートを着て、ケープをマフラー代わりに首にグルグルに巻いているが、鼻水が出そうだ。
朝晩の山は、かなり冷え込む。
セナは冷えた手を擦り合わせて、はぁと息を手に吐いた。
動かない太陽は、まだ光が弱い。
薄暗いのも手伝って、鮮明に吐いた息が白く広がるのが分かる。
スマートホルダーからピロンと通知音が鳴った。
つい癖でポケットから出して、白い筋が入った画面を確認してしまう。
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体力が向上しました。+1
疲労が蓄積。要注意!
ナナセ セナ
勇者 レベル 4
魂基配列 水木火土-土金火火-(略)
体力 23
力 4
魔力 --
俊敏 5
耐久 4
幸運 8
疲労 82
統率 4
知識 7
知恵 11
社交 13
技巧 7
集中 6
勇気 5
道徳 6
誠実 6
忍耐 7
慈悲 5
魅力 5
獲得技術
馬術初心者
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(……相変わらずペラい…。でも体力はついたかも)
体力は、最初わずか12だった。
ペロに急かされてウォーキングとランニングを2ヶ月して16まで上がった。
そして、この旅で23まで引き上がった。
昨日の自分よりも成長はしている。
だけど、目的である『マナの正常化』に至る一歩が欠片も見えない。
その手立てすらも、分からない。
木々が広がる静かすぎる山の中は、セナの不安を煽り立てる。
旅立ちから既に17日目。
たいていの野菜ですら芽が出る期間だ。
ペロが助かるならとやって来たのに、随分と大事になった。
大勢の時間と労力が割かれている。
それなのに、期待に何一つ応えられていない。
自分の無能さを突きつけられているようで、いたたまれなかった。
「セナ様、おはようございます!」
朝を告げるような明るいトーンの声が、ヒソヒソと耳に届いた。
思考に沈んでいたセナは、弾かれたように顔を上げて振り返る。
赤茶色のポニーテールが揺れる。
「お、はようございます、シェイ」
「寒いから焚火の方へ行きましょう。白湯もあるし!」
「それは行かないと」
にこっと笑うシェイに、セナもつられて笑い、歩き出す。
「あちち、ハイ、どうぞ」
「ありがとうございます」
昨夜の夕食で使った鍋。
その中で沸かした湯を、木製カップに注がれる。
野菜が若干浮いた白湯だが、ここでは些細な事はお構いなしだった。
風呂桶もないので、三日も風呂に入っていない。セナには地味に辛かった。
温かい湯を飲み、ふうと息をつく。
「山を越えたら、オルフェド自治都市国家ですね!雪が降るから、楽しみです」
「えぇ? 寒いのに?」
弾むように言ったシェイに、セナはクスクス笑いながら返した。
「そりゃ、寒いのは嫌ですけど。雪は楽しくないですか?」
「スキーしたり雪合戦したり?」
シェイの疑問に楽しかった思い出が、そこそこ浮かんでくる。
ただ友人がいたからこそ楽しめたものだ。
雪遊びには、絶対的なノリが必須だとセナは思っている。
「雪で戦をするんですか? 見るものじゃなく?」
「雪の玉を作って投げあうゲーム? 柔らかいし、当たっても痛くないですよ」
「楽しそう…! 私とも手合わせしてください」
最近の楽しみと云えば、馬に乗るくらいで遊んでいない。
二人でやる雪の投げ合いも、シェイとなら楽しめるかもしれない。
「いいですね。思いっきりやりましょう」
セナは笑顔のまま頷くと、シェイが手を差し出した。
約束するように、その手を握り返す。
次の瞬間、鳥が羽ばたいていく音が響く。
セナが驚いて上空を見上げたのと、
シェイが立ち上がり、剣を抜いて叫んだのは同時だった。
「魔物来襲ーッ!」
セナは、シェイの大声に肩を跳ねさせた。
何事かと見回そうとすると、巨大な黒いイノシシがいた。
木製カップを持ったまま固まる。
2メートルを超えた巨体が、4体。
距離は100メートル――いや、もう80メートルもないかもしれない。
「シェイ、に、逃げないと」
セナがコップを置き、恐怖のままに立ち上がる。
シェイの袖を掴んで、震えるまま後退りする。
シェイが叫び、セナが立ち上がるまでに6秒。
テントから数人の騎士が転がるように出て来た。
「レンツ、後方確認!ユーイン!主人を連れ退路を確保!」
エイベルが剣を抜きながら、いつになく野太い声で叫ぶ。
「ルフォス様、失礼」
戸惑うセナの視界に薄紫の長髪が入った。
ユーインに強い力で手を引かれて、シェイの袖から手が離される。
「後方、北に3体!」
「西に、2! 起きろ、馬鹿ども!」
「東は、4匹! 完全に囲まれてるぞ!」
方々から声が上がる。
反応に遅れた騎士らがテントから慌てたように出て来て、なんとか円陣の形ができる。
「ペロ!」
セナは、ユーインに手を引かれながら、姿が見えないペロに気づいて名を叫ぶ。
「ペロ!」
もう一度、呼ぶのに返事はない。
敵はもうすぐ目の前だ。
自分の鼓動が大きくなり、息が短く早くなるのを自覚する。
「かかれ!」
エイベルの号が飛んだ。




