03-5:預言の道、神頼みの道
ルミア王城を出て、14日目。
セナは、馬で颯爽と原野を走っていた。
ちょうど原付バイクくらいの速度だろうか。もしかしたら、もっと速いかもしれない。
「ルフォス様! 足は、馬体につけたままです!」
半馬身後ろからレンツの叫ぶようなアドバイスが飛んだ。
セナに返事はできそうにない。舌を噛んでしまう。
背筋を伸ばし、揺れる馬体になんとか足をくっつける。
セナの頼りない指示でも、賢い鹿毛馬は意図を理解して走り続けた。
冷たい風が頬を撫で、セナの髪が後ろに靡く。
馬が大地を力強く蹴る音が響き、雨上がりの立ち上る土草の匂いが漂う。
胸がドキドキと高鳴った。
セナは今、大自然を風のように走っている。
「そろそろ戻りましょう! 右に大きく旋回を! 減速でもかまいません!」
再びレンツの声が響いた。
楽しい時間は一瞬だ。正確に言うと、2分くらい。
セナが小学生くらいなら、レンツの声なんて聞こえないフリをしたかもしれない。
馬を駆けさせるのは、とても楽しい。
けれど、セナはとっくに大人だった。引率者に従わなければならない。
軽く手綱を引き、習った通りに馬へ指示する。
鹿毛馬は大きく円を描くように右へ曲がってくれた。
反転すると、荷馬車の隊列は豆粒のように小さくなっていた。
もっと走っていたら見えなくなっていたかもしれない。
レンツは、ギリギリまでセナを楽しませてくれたようだった。
窮屈な慣れない旅の中で、乗馬はセナにとって最高の楽しみだ。
それを守ってくれるレンツの気遣いが、セナには嬉しかった。
セナは、気分良く商隊の隊列に戻ってきた。
「様になってましたよ、ルフォス様! そこらの貴族令嬢にはできませんね」
「違いねぇ!気勢が違うってもんだ」
ペロが後部荷台で昼寝している2台目の幌馬車。
その近くにいた騎士二人が、セナに声をかけて来た。
イーモン・トレスと、サイモン・ダ・ハーヴィン。
護衛騎士はみんな良いガタイだけど、特に筋肉が目立つ2人組だった。
イーモンは、オレンジ髪の細目筋肉で、なぜだかピザまんを思い出す。
サイモンは、灰色髪の吊り目筋肉で、なぜだか肉まんを思い出す。
ほとんどセットでいるため、セナは『筋肉饅コンビ』と内心で呼んでいた。
「ありがとうございます」
現代でお世辞なんて、ハイハイと聞き流すことも多かった。
けれど、こうして褒められると嬉しいかもしれない。セナははにかんだ。
「ナイス疾走!」
サイモンが右手を掲げた。
セナは笑みを浮かべ、手を掲げてハイタッチする。
パチンと良い音が鳴った。
イーモンも手を掲げるので、馬をそちらに走らせ再びパチンと音を響かせる。
すると前列のシェイまでも振り返って、手を掲げた。
その目が、「私もハイタッチしたい!」と語っている。
セナは笑顔のままシェイとも勢いよくハイタッチした。
「セナ様、すぐに上達しましたね!」
「シェイや、みなさんが分かりやすく教えてくれるおかげです」
セナは、シェイはもちろん周囲にいる騎士たちに軽く頭を下げる。
当然、騎乗している利口な鹿毛馬のおかげでもあったから、セナは感謝の気持ちを込めて馬の首を撫でた。
すると、筋肉饅コンビは得意げに鼻を擦ったり、髪をかき混ぜたりしていた。
側にいたレンツは軽く微笑む。
「お安い御用です!今度は私がお供しますね」
シェイが胸を張った。
「お前には無理だ、赤っぺら。お嬢様があの速度で落馬したらどうする?
引き上げられねぇだろ。せいぜい、下敷きになるくらいだ」
肉まんもといサイモンが鼻で笑った。
「いーや、布を敷いた方がまだマシかもしれない!」
ピザまんイーモンが更に続ける。
「違いねぇ!肉をつけろ!」
筋肉饅コンビがゲラゲラ笑う。
「何よ、筋肉バカども!私にだってできるわよ!」
シェイが吠えるが、二人の笑い声は止まらなかった。
セナはどうしていいか分からず、オロオロと周囲を見回すしかできなかった。
旅を共にして気安くなったとはいえ、それだけだ。
シェイの味方をしたいけれど、彼らの関係性をセナは知らない。
レンツが呆れたように小さく溜息をついた。
いつもの事なのかもしれない。
「おい、その辺にしとけ。そろそろ規律の鬼が出てくるぞ」
背後から声が飛んだ。
僅かに高い、中間域のハスキーな声。
セナが振り返ると、薄紫色の髪を持つ男性、ユーイン・ダ・オルセンがやってきた。
だいたい、馬術はレンツかユーインが教えてくれた。
ちょっと駆ける時も必ず二人か、どっちかが半馬身後ろを走る。
ユーインは、胸まで伸びた髪も手伝って、軽薄な印象を受ける顔だった。
けれど、『水色ポエマー男』トリスタンのような腹黒い雰囲気はなく、チャラついた言動もおべっかもない。
「ルフォス様、これまで猫を被っていただけで、こいつらは年中こうです。
お気になさらず、黙れと一喝ください」
ユーインがやれやれと言いたげな呆れた口調で言った。
「お前は、持ち場に戻らず何をしている」
噂をすれば影。くだんの規律の鬼の鋭い声が聞こえてきた。
ユーインの背が、やや伸びる。
セナも条件反射のようにシャンと背筋を立ててしまう。
エイベルにはそういった存在感があった。厳しいというか、恐いというか。
「…尊い主君に、ちょっとした助言を」
「尊き方を煩わせるな」
ユーインの言い訳を、エイベルがピシャリと跳ね除けた。
セナは、べつに煩わせられてはいない。
「こっわ…」
ボソッとシェイが命知らずにも呟いた。
思わずセナはシェイを見る。
「同意見!」とセナが目で訴えると、シェイの目も「だよね!」と言っているかのようだった。
「ルフォス様」
エイベルの呼びかけに、慌ててそちらに向き直る。
「は、はい」
「一度、川辺で休憩を取りたく。その時に、決めていただかねばならぬことがあります」
そろそろ昼の時間だ。
セナは了承しつつも、一体何を言われるのか、ドギマギしなければならなかった。
川辺での昼休憩は、決まって魚獲り大会が開催された。
それにレンツやミラが、小動物を弓で仕留めたりするので、食事内容はそれなりに豪華になった。
その間、セナは、ペロと魔法士のカリーナとともに、
川辺にある青い色のベリーのような果物を摘んでいた。
料理を手伝おうとして追い出され、
魚獲りは溺れる・風邪ひく・魚に食われると追い出され、狩は当然無理だった。
セナは、異界に来てからできることがかなり減った。
「んんぅ!酸いのもあるな!」
摘み食いをするペロが、ぺっとベリーを吐き出す。
「きたな!ペロ、行儀悪い」
「お前も食ってみろよ!」
白いモフモフに五個の実を突っ込まれ、セナは咀嚼する。
最初の3つは甘かった。4つ目がかなり酸い。
最後の5つ目も甘いが、酸っぱさは消せないどころか増した。
「すっっぱ!なにこれ、酸っぱい!」
「おもしれぇ顔!」
セナが涙目でペロを睨む。
ペロはよほど面白いらしくケラケラと笑った。
「……ルフォス様」
エイベルにとても気遣うような声で呼ばれた。
セナは酸っぱさで眉を寄せて、目が細まった変顔で見上げる。
「………どうぞ、お使いください」
「だ、大丈夫、です…」
エイベルが、戸惑うように白い手巾をセナに差し出す。
セナは手をストップのハンドサインで遠慮を示して、首を横に振った。
人様のハンカチに吐き出すことなんてできない!
「お嬢様、どうぞ」
カリーナから木製水筒を差し出され、受け取ってごくごくと水を飲む。
「おおお、流石、恥じらい文化の国民!」
ペロがパチパチと呑気に手を叩いた。
「ふぅ…。カリーナ、ありがとう。エイベル殿、お待たせしました」
セナは水で濡れた唇を手で拭う。
すると、ペロがまたいらんことを始めた。
「なぁ、お前も食ってみろよ」
ペロが、エイベルに青い実を4つ差し出す。
一刀両断しそうなのに、差し出された物を断れないのか、エイベルは無言でペロから青い実を受け取った。
彼は、セナを見てからペロを見て、またセナに視線を戻した。
多少の戸惑いはあるらしい。
「エイベル殿、無理に食べなくても…。酸いのもあるようですし…」
「いえ、頂戴します」
セナが苦笑して受け取ろうと手を伸ばす。
エイベルは、青い実を4つまとめて口に入れてしまった。
ごくりとセナの喉が鳴り、咀嚼するエイベルを見守る。
なにせ、当たるとレモンよりも酸っぱい。
セナたちの間には、ただただ沈黙が落ちた。
川の流れる音と、騎士らが魚を獲る楽し気な声が聞こえてくる。
少ししてエイベルは、軽く目を伏せたかと思うとポツリと言った。
「……随分と酸いです」
「つまんねぇな!もっと酸味を顔で表現してみろよ!」
「…………鍛えておりますので」
ペロの無茶振りに、エイベルは淡々と答えた。
「鍛えてどうにかなるもの?」
思わずセナは首を傾げた。
「なるほど、鍛錬あるのみ…。では、私も試してみます」
言って、カリーナが実を食べ出す。
7つ目あたりで顔を天に向けたので、セナはその手に木製水筒を持たせた。
カリーナが少し離れて、水筒の水を飲んでいる間。
口内の落ち着きを取り戻したらしいエイベルが、キビキビと布製の地図を広げた。
「ルフォス様、今後の進路についてですが…。
このまま北へ行くには、三つの進路があります。
一つ目は、直進してバテレイユ山を越える。
二つ目は、東から渓谷を行く。
三つ目は、西から迂回するルートです」
地図には、国境線が引かれている。
いずれのルートもルミア王国を出ることを意味して、どのルートも違う国に出ていた。
「……え、と…」
セナは困り果てた。
ルートを決めろと言われても、良し悪しが分からない。
ただ山は嫌だ。しんどそうだ。
「適当でいいぞ!ダメならやり直しだ。あっちウロウロ。こっちウロウロ」
「ちょっと、嫌なこと言わないでよ!責任重大じゃん」
セナは顔を歪めてペロを睨む。
目的地が分からず、団体引き連れてウロウロする自分を想像する。
胃がキリキリしてきそうだ。
おまけに最後に山が残ったら、セナはフィアの託宣とか云うものにキレるかもしれない。
「ルフォス様、気になさる必要はありません。
それが我々の任であり、貴女以外では為し得ぬことです」
エイベルが何でもないことのように言った。
あちこちウロウロする事に全く戸惑いがないらしい。
セナは、ふうと溜息をつく。
「………『北上して内に進み、是を知り得て、知り得ざる』……」
フィアが星から受けたという預言をくり返すが、まったくもって分からない。
直進とも迂回とも言っていない。
ただ『北上して内に進む』だけ。
言葉の意味のまま取るのであれば、直進して山を行くべきかもしれない。
それとも、地理的に考えるべきだろうか?
馬車が山を進むのは難しく、西から時間をかけて迂回するべきか。
はたまた中間を取って東回りで渓谷を行くべきか。
セナはエイベルに意見を求めようと顔を上げる。
すると、眼前にペロが浮かんだ。
「セナ、お前が決めるんだぞ!
これは、どの道が行きやすいとか、都合がいいとかそういう問題じゃない」
そんなことを言われても!
セナは文句を言いたくなったけれど、数秒黙考して諦めた。
人差し指を出して、エイベルが持つ地図に向ける。
預言を信じるというならば、セナだって神頼みである。
(どれにしようかな)
セナがリズムをつけて指を順番に三方向へ動かす。
ペロが意図に気づいたらしく、続きを声に出して歌い始めた。
「偉大なペロ様、言う通り!
鉄砲撃ってバンバンバン!も一つオマケにバンバンバァン!」
セナの指が止まる。
進路は示された。




