01-3:『レベル・アップ・デイズ 』
平々凡々な日々の中で、悪夢は突然やってくる。
「起きろ!いつまで寝てんだ!」
朝早くからスピーカーから流れる大音量のボーイソプラノに、セナは布団を頭まで引き上げた。
セナの元にやって来た悪夢は、二日前、スマホの中に勝手に侵入してきた。
白い狼のような、ヘンテコなモフモフ生物。名前は、ペロ(ティラノサウルスではない)。
とんでもなく迷惑な奴で、スマホの電池をかなり食う。
そのうえ、煩い。とにかく、ものすごく煩い悪夢だった。
「うるさいなぁ。休みの日だよ…」
「起きろーッ!! 朝一番に白湯を飲んで、朝食にタンパク質を摂れ!
美とは、日々の食事、運動、睡眠!
高い美容液パックを顔に貼りつけただけじゃ得られない!」
自称『偉大なる大精霊にして史上最強の神』から、いつの間にか美容アドバイザーへ転職したらしい。
ペロは、至極マトモなアドバイスを寄越した。
「聞いてるのか!?」
「あー、もう、ホントうるさい…」
セナは、まだ惰眠を貪っていたい気分だった。
暖かい布団の中で、ダラダラとスマホを眺めるのが至福の時間だ。
そのスマホがこうも騒がしいと、それもできない。
仕方なくノロノロ起き上がり、ケトルで湯を沸かす。
言われた通りに白湯を飲むと、お腹がじんわりと温かくなってきた。
そうしている間に、薄暗かった窓の外にも朝日が差し始める。
いい気分で眠たくなったセナは、もう一度ベッドに戻ろうと立ち上がると、再び声がかかった。
「よし、クッキングタイムだ! 水200cc用意!」
「はぁ? 料理なんかしないよ」
何故、休日の朝から料理なんて面倒な事をしなくてはならないのだ。
セナが即座に拒否すると、料理番組のオープニングで聞いたことのある軽快な行進曲が流れ始めた。
「お前、たまにならともかく!毎日そんな食事内容だと、数十年後が恐ろしいぞ!
骨がバキボキ、血液はドロドロ、胃腸は阿鼻叫喚の地獄絵図だ!」
「………」
将来の自分の身体が地獄絵図になるのは恐ろしくって、言い返す言葉が見つからない(特に骨がバキボキ!)。
軽快な4拍子の行進曲にもつられて、セナはしぶしぶシンク下の扉から、計量カップを取り出す。
それから、15分もしない内に、あっという間に朝食が出来上がった。
「いただきます」
「おう!百点満点の朝食だ!」
味噌汁と焼き鮭の香りが漂う。
いつもはトーストを紅茶で流し込むか、食べずにいることも多い。
たまになら、こんな朝も悪くないかもしれない。
そう思った矢先―――
「へーんしん!」
高らかに愛らしい声が響き、女児向けアニメがスマートフォンの画面に映し出される。
明るく弾むようなポップなBGM。
画面上では、キラキラと輝く虹色を背景に、少女が着ていた普通の洋服が華やかなヒラヒラ衣装に変わっていく。
「おお、いいな! オレも、今後の登場はこの演出にするか」
ペロの弾んだ声が、スピーカーから流れた。
一体どんな演出になるのか。
ミニスカとリボンを身につけたペロを想像してしまったセナは、脱力した。
「このステッキはいい!お前は、持ってないのか?」
「……昔は、似たようなのを持ってたかもね」
取るに足らない雑談が続く。
ペロがセナに異界へ来るように勧誘をしたのは、やって来たその日だけだった。
翌日からは、異界の話を一切しない。
このままセナが頷くまで、ペロはスマホの中に居座るつもりだろうか。
「ねぇ、ペロ。その異界とかいう所にいつ帰るの?」
「ん? 帰還のマナが溜まったらすぐ帰るぞ。だいたい3ヶ月くらいだな」
セナは、安堵を悟られないように、表情を動かさず「そう」と頷く。
スマートフォンが占拠されるのは気に食わない。
だが、崩壊するらしい世界へ帰るペロを思うと、「早く帰れ」なんて言えなかった。
食後に、ダラダラとニュースを聞き終え、洗い物を済ませる。
今度こそ二度寝をしようとベッドに戻りかけた時だった。
「待ったァ!!」
またしても、ペロが大音量で呼び止めてくる。
「今度は何よ…」
セナは振り返って、ジト目で画面を睨んだ。
「次は運動だ!着替えて、玄関に集合!」
絶対に嫌だと言う前に、ペロは両手を目に当てた。
「ぅおおお、見えるぞぉ!!数十年後、あちこち身体が痛いと呻き、
靴下を履くだけで息切れを起こす姿がァ!」
「ちょっと!? 怖いこと言わないでくれる!?」
靴下を履くだけで息切れ…。
今のセナには到底想像もできないが、そんな未来は嫌すぎる。
仕方なくクローゼットの奥からジャージを引っ張り出して、着替える羽目になってしまった。
玄関を出ると、ペロの声がスピーカーから響く。
「ぃよーし、出発だ! 早歩き開始!」
「だっる…」
セナはガックリと肩を落とした。
ジャージのポケットに突っ込んだスマホから、「もっとスピードアップ!」だとか「休憩!」と、コーチのようにペロが声をかけてくる。
鬼のようなスパルタを覚悟していた。
けれど実際は、じんわりと汗をかき始めた20分ほどで、早歩きから解放されることになった。
「よし、こんくらいでいいだろ!」
「マジだっる…」
自宅に戻り、何時だろうかとスマホをポケットから取り出す。
ピロン!
すると聞いたこともない、妙な効果音が鳴った。
「ちょっと。人のスマホで何してんの?」
「これか? お前のステータスを数値化した! 今、体力が1上がったぞ」
「ステータスぅ?」
セナが画面を覗き込む。
そこには、ゲームキャラのステータス画面のように項目と数字が並んでいる。
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ナナセ セナ
勇者 レベル 1
魂基配列 水木火土-金木土土-(略)
体力 12
力 2
魔力 --
俊敏 3
耐久 1
幸運 5
疲労 45
統率 3
知識 6
知恵 11
社交 13
技巧 7
集中 6
勇気 4
道徳 7
誠実 6
忍耐 6
慈悲 5
魅力 5
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「……なにこれ?」
セナは首を傾げた。
上品に言えば、随分と後衛向きの能力値だ。率直に言えば薄くて、ペラすぎる。
「お前が運動や勉強をすりゃ、パラメータが上がるって仕様のアプリだ。その名も『レベル・アップ・デイズ』!」
「あんたが作ったの?」
表示されたステータスをまじまじと見つめる。
ペロは腕を組んで、得意そうな顔で胸を反らした。
「そうだぞ。スゴイだろ? 褒め称え、崇め奉れ! 流石はオレ!」
スマホの音量が勝手に上がり、
玄関にペロの声が大音量で響き渡る。
「普通にすごい。 ねぇ、これ他の人のステータスとかも見れないの? 例えば、あの人とか?」
セナはベランダに出た。
ちょうど道路の向こう側を、一人の女性が歩いている。
既に背を向けて歩いているので、スマホを向けても不快感を与える心配はなさそうだ。
ペロにも彼女が見えるよう、画面を向ける。
「ん? ムリ。そもそも、出しても意味ないぞ。基準が違う」
「基準? ほかの人の耐久値が気になるのに」
なにせ、セナの耐久は「1」。
あまりにも低すぎて、平均くらいは知りたかった。
「この数値は、オレの世界を基準にしてる。
逆に、あの通行人が適合する異界基準にすりゃ、お前は今よりひどい数値だぞ。
基準が違う数値を比べる意味あるか?」
同じ土台ではないから、比較しようがないということらしい。
セナは、少しばかりガッカリしつつ、確かに意味はないと首を縦に振る。
すると、ペロは呆れたように言った。
「だいたい、お前が自分の能力と人間性を最大限発揮できてりゃ、他人の能力なんて人生に関係ないだろ」
「うわぁ、正論すぎて耳が痛い」
「おう!だから、自分のステータスの変化だけ気にしろよ」
セナが顔を歪めると、ペロの笑い声が響いた。
いつもの休日なら、まだ今頃はベッドでダラダラしている。
今日は少しばかり疲労と煩わしさを感じているけれど、嫌な気分ではなかった。
爽やかな風が髪を揺らし、穏やかな朝の日差しが眩しい。
こうして、セナは奇妙な異界の訪問者と、なんとも言い難い休日を過ごした。
ステータス画面には、確かにこう表示されていた。
『 体力が上昇 +1 』




