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01-2:知者は惑わず、勇者は懼れず


 「ん? ティラノサウルスだ!! 誰がどう見てもそうだろ!

最もカッコよく、最強にして最恐! 食物連鎖における頂点こそオレ!」



 スピーカーから、少し焦ったような早口が流れてくる。


信じられない!セナは心の中で叫んだ。


電源が切れない上に一人でに喋るスマートフォン。

それを生ごみを掴むように、片手で摘まみ上げた。

外に放り出すこともできなくて、仕方なくカップ麺が待つ白いローテーブルに戻ってくる。


玄関へスマホを取りに行っただけなのに、どっと重い疲労感が押し寄せる。

もしかしたらセナの寿命は、数年ほど縮んでしまったかもしれない。



 「それで? お前の名前は?」


 音声アシスタントとは違う、生意気そうな声が部屋に響く。

セナは不思議生物の発言に無視を決め込んだ。

ひとりでに喋るスマートフォンをテーブルに置く。



 大合唱していたはずのお腹は、異常事態にすっかり鳴りを潜めてしまった。

だけど、捨てるのはもったいなくて、ズルズルとカップ麺をすする。


不思議生物は、まるで人間がするように額に指を置いて考え込むような姿勢を取った。



 「ネットを参照したが、この世界でも自己紹介という様式があるぞ!

この個体が礼儀知らずなだけか? 顔も死んでるし。

……ま、適当でいいか! では、勇者ズルズル!」


 「七瀬セナ!」



 このまま無視すれば、永遠に「ズルズル」と呼ばれるかもしれない。

スマートフォンと話をしているようで、

とてつもなく抵抗があったが、仕方なくセナは名乗った。



 「なんなの? てか、今なんて? 勇者?」



 セナの問いに、スマホ内の白い不思議生物はクルリと宙返りすると、胸を張って大きく頷く。



 「あぁ!お前らの世界じゃ、選ばれし者をそう呼ぶんだろ?

オレの世界のマナ異常を直すために選ばれた者だ。

勇者って呼ぶのが適当だろ?」



 (新たな詐欺商法かな?)



 セナは、更にカップ麺をズズっと啜り、なるべくカップ麺の味に集中することを心がけた。

シーフードの風味が口に広がっていく。

普段は飲まない汁まで飲み干した。



不可思議な現象が続き、身体が強張っている。

セナは大きく深呼吸し、最も無難な返事を口にした。



 「アー、ペロ? 人違いじゃない?」



 スマートフォン内部の不思議生物―――ペロは、ウンウン大きく頷き、スマートフォンの音量を勝手に上げて話し始めた。



 「そう!まったくもって残念なことに、お前は一騎当千の武人でもなきゃ、凄腕の魔法士でもない。まさしく、どこにでもいる村人A!」



 モフモフの丸っこい指が、ビシッとセナを指さした。

「指すな」と言い返す前に、演説が続く。



 「オレもお前も誠に遺憾だが、その身体の器と『魂基配列(こんきはいれつ)』の両方が、オレの世界を流れるマナ配列と一致した!

適合者だけが、世界のマナ異常を直せる。だから、わざわざ迎えに来た!」



 セナは頭痛がしてきた。



 「何言ってるか、ちょっとよく分かんない」

 


 ペロは小憎たらしく首をやや傾げて、

うーんと考えたような声を上げていたが、すぐに顔を上げた。



 「んー、鍵穴に合う鍵みたいなもんだ。

この世界じゃ村人Aだが、オレの世界じゃ、救世の勇者サマにクラスチェンジだ!

おめでとう!」



 モフモフの手をパチパチ叩いて拍手するペロに、セナは目を吊り上げた。



 「ぜんぜん、めでたくないよね!?」

 「そうかァ? これっぽっちも?」


 ペロが、画面に近づいてきてアップになる。

モフモフの二本指で「これっぽっちも」と示すように見せながら続けた。



 「お前、顔死んでるぞ? 毎日が退屈で、つまらないんだ。

単調で、やりたくない事して、何かが変わらないか待ってる」


 「は?」



 事実を言われて声が出るが、次の言葉が出てこない。


 ペロの言うことは、まさしくセナの日々だった。

けれど、退屈でつまらない毎日は害悪ではない。


 雨風しのげる安全な住居、空腹を満たす十分な食事、着ているものだって悪くない。



 「べつに不満はないよ」

 セナは、突き放すようにペロに言った。


 「そうか? じゃあ、コレだ!オレの世界には魔法があるぞ!

それにお前の検索履歴を覗いたところ、温泉を調べていた」



スマホから、「ドドン!」と景気のいい太鼓音が響いた。

勝手に履歴を覗かないで、音源ダウンロードも控えてほしい。


だが、口を挟む暇もなくペロが続ける。



「なんと今なら、ひとまず試せる2泊3日の異界温泉旅行!

送迎付き旅費も無料!

帰還は、同日同時刻に同じ場所!

更に、今だけ魔法士による魔法体験もついてくるぞ!」



「更に更に!!」とペロの通販ごっこが始まった。

魔法と聞いて、セナの頭の中に一瞬で様々な魔法の映像が浮かび上がったが、すぐに消える。



 「他を当たってよね」

 「お前、想像して『面白そう』とか思っただろ!可愛くないぞ!」



 ペロの言う通り、確かに面白そうだとは思った。けれど、それだけだ。

すると、ペロは大げさにハァと息を吐きだした。



 「4億8700万」

 「4億8700万? だいぶ高額を提示してきたね?」



 やはり新手のウイルスだろうか。

とうとう出てきた数字に、セナは右手を振って支払い拒否を示した。



 「オレの世界のヒト型生命体が、少なくとも4億8700万人!

お前が来てくれなきゃ、死ぬ生命個体数だな! つーわけで、一緒に来てくれ!」



 単位が、円ではなく人だった。

爆弾をパスされたセナは、大慌てで首を横に何度も振る。



 「は?! そんなの知らないよ! 絶対無理!」


 「んー、まぁ確かにそうか。お前にゃ縁もゆかりもない異界の住民が、死のうが生きようが関係ない。

この世界も昔は異界人に救われてるが、お前が恩返しする必要はないしな」



良心にグサリと刺すような、いやらしい言い方だった。

それにまるで、この世界が過去に異界人に救われたかのような口振りだ。



 「嘘くさ」


 「疑うのか!?

ナスカの地上絵とか、アンティキラキラとか、オーパーツの類を調べてみろ!」


「 ……アンティキティラでしょ…」



セナは、次々に出される情報に今度は腹痛がしてきた。

カップ麺の賞味期限は、まだ随分と先だったはずなのに。



 「ともかく! 来ないなら仕方ない。

オレの世界は消滅だ。これも自然の道理!

見ず知らずの命なんて、遠すぎて無いも同然。お前は正しいし、理性的で正常だ」



 あれだけ電源ボタンを押しても切れなかったスマホが、すぐに落ちて暗くなった。

まるで、今までの会話が嘘のように部屋は静寂で満ちる。




 (……もしかして、私。一瞬寝てたのかも…)



 テーブルの上の黒い画面を一瞬だけ見て、セナは天を仰いだ。

すべて夢に違いない。


勇気を出して、スマホを取り(スマホに触れるのに勇気を出すなんておかしな話だ!)、電源ボタンに指をかける。

すると押してもいないのに再び電源がつき、ペロが画面いっぱいにドアップで映し出された。



 「うわあ!?」


 驚きに身体が跳ねて、その拍子にスマホが手から滑り落ちる。

スピーカーから、先程と同じ生意気そうな声が流れた。



 「うおっ!乱暴に扱うな!それから、充電しておけよ!

…異界のマナの質が、こんなに違うとは…。帰んのも一苦労だな……」



 回路がどうのこうの、あーしてこうして、とブツブツ言う声がスピーカーから小さく流れて来たが、やがて聞こえなくなり、再び電源が落ちた。




(……なんでこうなった……)



夢オチという希望が砕かれ、セナは手と膝を床につく。


4億8700万の数字が頭を離れない。

馬鹿げた話なのに、先の折れた針を押し付けられるような鈍い痛みが走る。

けれど、それは数日で消えるだろうとセナは思った。








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