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01-1:日常の侵食者



 駅前の横断歩道の信号が青に変わる。

七瀬セナは、人々の波に流されるまま歩き始めた。

刺さるような冷たい風が頬をかすめる。



 平日の20時。

駅前を離れると人通りはまばらになり、住宅地は静寂に満ちている。

セナは、細道を歩きながら月を見上げた。


いつもと変わらない満月のはず。

それなのに、嫌に大きく、迫りくるように見えた。

何かに呼ばれているような、見られているような気配がする。

今日に限って、どうも薄気味悪い。



 「早く帰ろ」


 疲労のせいかもしれない。

なにしろ、理不尽なことでガミガミ怒られたし、帰り道に犬にもキャンキャン喚かれた。

明日も同じことが待っていると思うと憂鬱だ。

セナは溜息をついて急ぎ足で家路についた。



 「ただいまー」


 自宅に到着すると、足を痛めつけていた窮屈な靴を脱ぎ捨てる。

手を洗い、ケトルで沸かした湯をカップ麺に注ぐと、シーフードの濃い匂いが漂った。

冷蔵庫から、少し水分が抜けて皮に皺が寄ったみかんを取り出せば、完璧な夜食が完成する。

 タイマーをかけようと、セナは靴箱の横に置いたカバンからスマートフォンを取り出す。


 「ん?」


スマートフォンは熱を持っていて、なぜか『圏外』と表示されていた。

人差し指で画面をタップするけど、反応はない。



 「あれ? 壊れた?」



 首を傾げながら再度タップする。

今度は画面から光が消えて、完全に電源が切れてしまったようだ。


電源を入れようとボタンを長押しした瞬間。

黒い画面に、白い英数字が猛烈な速さで流れていく。




 「……え、……」


個人情報、ハッキング、ウイルス感染。嫌な単語が脳裏をよぎる。

セナは慌てて、強制終了させようと電源ボタンに指をかけた。


ザーッとスピーカーから不気味なノイズが響き、

画面に白黒の砂嵐が走った。



 「な、なに…?」


セナは息を呑む。心臓が大きくドクドクと音を立てた。

スマートフォンが再び黒画面に戻る。


しかし、ほっと息をつく暇もなかった。



今度は、画面に赤いネオンの円形の模様が浮かび上がる。

円の中には、次々と見たこともない文字や図形が刻まれていく。


まるで魔法陣のようだ。


恐怖に震え、スマートフォンが手から滑り落ちる。

直後、鈴が鳴るような声がスピーカーから聞こえてくる。

 



 「……聞こえし……我が……星の…より、……門を……く。

……マナを同じく………救いを………我が声に…応え………」



 音声は途切れ途切れで、何を言っているのか分からない。


悪意からは程遠い、少女の澄んだ美しい声だった。

セナは吸い寄せられるように膝をつき、床に落ちたスマートフォンを覗き込む。

すると、現れた円陣の文字が一瞬にして消え去り、画面に文字が現れた。



『 接 続 完 了 』



 「接続?」


 一体、何と接続したのか、セナにはサッパリ分からなかった。


まだ奇妙な空気が部屋を包んでいる。

スマートフォンを拾い上げようと、恐る恐る伸ばした人差し指が画面に触れる。

次の瞬間、強烈な白い光が溢れた。目が眩み、思わず顔を腕で庇う。



 「なん、」


 「せっまい箱だなァ、オイ」



 今度は、セナの言葉を遮るように、ボーイソプラノがスピーカーから響いた。


 眩しい光が収まり、視界が戻ってくる。

セナは声の方へと戸惑いながら視線を向けた。


そこには、少し前までなんの変哲もなかったスマートフォンが床に置かれたままだ。

見たところ、足も手も生えていない。


だが、変わったところが一つ。

画面の中には見慣れぬ白い物体がいた。

二足歩行の犬のような、狼のような姿だ。



 セナは瞬きをして、もう一度画面を見つめる。

やはり見間違いではない、

白い犬のような生き物がスマホ画面の中で動いていた。


口が乾き、ほんのちょっぴり気分さえ悪くなってきた。

それでも視線を外すことができない。



 「この!この! やっぱり、ここから出られないか!

くぬぅうーー!この界は、マナの質が違いすぎる!」



 スマートフォンの画面から出ようとしているのだろうか。

不思議生物は画面に顔を押し付けている。

まるで、自らの顔をガラスに押し付ける柴犬のようだ。

潰れて珍妙な変顔をセナに晒している。……ものすごく変な生き物だった。


柔らかな紫色の大きな瞳と目が合う。

セナは思わず肩をビクリと震わせたが、白いモフモフは嬉しそうに目を輝かせ、居住まいを正した。


 「お、勇者、居るな!」


 コホンと咳払いをし、得意満面のしたり顔で続ける。



 「我が名は、偉大なる大精霊にして史上最強の神!ティラノサウルス!!」



 なんだ、コイツ。

セナは真顔で、自称大精霊で神とやらを見つめた。

一瞬にして緊張で上がりきった肩がストンと落ちる。

とんでもなく胡散臭かった。



 「どうだ?恐れ慄いたか? このティラノサウルスの名に違わぬ、偉大なるこのオレに平伏したくなったか!?」



 自称ティラノサウルスとやらの言葉に、セナは再び電源ボタンに指をかけながら口を開いた。


 「お疲れしたー」


 幻覚を見るほどに心身共に疲労が溜まっているのかもしれない。

電源ボタンを押す指に力を込める。



 「オイ、何、電源切ろうとしてんだよ! 無駄だぞ!」


 画面内で、不思議生物が手から赤い光を放ちながら言った。

無視して電源ボタンを押し続けるのに、電源は一向に落ちない。



 「なんなのよ!」


 セナは苛立ちながら、更にボタンを強く指で押す。

今、この瞬間に電源を切らねば、とてつもなく不味い予感がした。



とりあえず、こういったオカルト現象は相手を認識していると伝われば負けだ。

もしくは、これはなんらかのバグで、明日には修正パッチがくるかもしれない。



スピーカーからまたも音声が響く。



 「しつこい奴だな!

そのボタンから手を離して、この偉大なるペロ様の話を――」


 「ティラノサウルスちゃうんかい!」



 セナは、思わず突っ込んだ。






挿絵(By みてみん)

おまけ:ペロイメージ

(ラフ絵→AI生成)

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