03-3:溶けた銀貨
これまで一向に商いについての話を聞いていなかった。
セナは王都近くだから商わず、そのうち始めるだろうと思っていた。
商い担当として同行している一人は、
灰色のオカッパ髪に、紫の目を持つ、ダズマー・ヘイズ。
口はへの字に曲がっている。年齢不詳で、妙に老けた学生のような雰囲気だった。
あまり接客担当に見えないから、優れた裏方なのかもしれない。
もう一人は、肩までの茶髪に紺碧の目を持つミラ・クロフ。
純真で優しそうな雰囲気の女性で、恋愛ドラマの正統派ヒロインのようだった。
きっと優秀に違いない。
セナの質問に、ダズマーとミラは互いに視線を行き来させた。
それから、ダズマーが顎をしゃくった。
ミラは困ったように視線を彷徨わせたあと、言い出しにくそうに口を開く。
「……僭越ながら、あの、計画などは特に…」
「え?」
想定外すぎる回答に、セナは思わず声が出た。
計画なしとは一体どういう意味なのか、理解が追いつかない。
その場の空気が重たくなる。セナは若干の息苦しさを感じた。
「えと、それは、市場に出ないと分からない…ということでしょうか…?」
「……いえ、その…私は…」
たじろぐミラは、眉が下がりきった困惑顔になった。
口から出るのは、意味のない言葉ばかりで、やがてそれも途切れた。
恋愛ドラマなら、ヒロインを庇うヒーローが来ても良い展開だが、誰も来ない。
少し離れて食事を取っていた騎士たちもお喋りをやめた。
ただ、パチパチと焚火が燃える音だけが聞こえる。
「……あの、確認したいんですが、」
セナは、ものすごく嫌な予感がしてきた。
ベテランだと聞いていた相手が、
実はまったくの初心者だったと知らされたような肝の冷える感覚。
なるべく声を柔らかくするように意識する。
「お二人にお渡しした商品目録の原価などは? ……だいたいで構いません」
セナが宮廷長官から渡された商品の目録には、品目と個数しか書いていなかった。
売値は市場で変わるとしても、
原価や仕入れ値を知っておかねばならない。
そもそも、毎月送ると言われた入金額も、商隊維持額もセナは知らなかった。
セナは、お飾りの商隊主のはずだ!
ミラは、今にも泣き出しそうな顔のまま首を横に振った。
ダズマーは、あからさまに俯いて答えない。
タチが悪すぎる態度だ。けれど、セナはそれを気にする余裕はなかった。
あの宰相が、商隊運営が2人と言っていたのは確かな記憶だ。
縦ロールで意地悪そうな第一王女ハイディか、チャラい第二王子ハワードが、
騎士人員を思い通りに動かせず、腹いせに仕組んだ?
はたまたルミア王国の内部が無能すぎる? そんな馬鹿な。
セナは、考えられることを並べ、ひとまず息を吐き出した。
「変だな? 騎士を15人、商隊運営として2人。使用人を4人つけるってオッサンが言ってたぞ?」
ペロがセナを見上げた。
まったくもって同感だ。何も言わなくても、騎士は見張りを立てるし、使用人は食事の用意をしてくれる。
セナは引き攣りながらもダズマーとミラに微笑んだ。
「お二人は仕事内容など、どのような説明を受けたのかお伺いしても?」
「私は財務院より、優秀で仕事が早い者をという話で、こちらへ来たのです」
ダズマーが胸を張った。
ダンマリになって俯いたり、人を矢面に立たせる人が優秀?
セナは首を傾げた。
「わ、私は、読み書き計算が可能で、
身体が丈夫で武器を扱える者という条件に当てはまったと父から言われて、お仕えに…」
可憐なミラは見かけとは違い、まさかの兵士タイプだった!
「使えねぇな、オイ!」
ペロの暴言に、ミラがビクッと肩を跳ねさせた。
セナはペロの首根っこを掴む。
「ぐえっ」
使ってもないのに、使えないは禁句だ。
実際に適正がなくとも、本人の前や大勢の前で恥をかかせることは良くない。
それにしても、一体これはどういうことなのだろう?
こんな素人が運営担当なんて、商隊なんて絶対にやっていけない。
セナは天を仰いだ。
「……お嬢様は積荷の原価が知りたいのですか?」
カリーナが、ポツリと呟く。
セナは首を元の位置に戻した。
「え、ええ。……あとは一人の生活に幾ら必要で、移動費用がどれくらいかかって…。
向かう地域で何が必要とされているか…は無理でも、どんな地域の特徴か…。
気候、住んでる人の傾向…産物……」
セナも商売の経験はない。
物を売るために、何が必要か。
右手を顎に置いて、思いつきを口にする。
「……もう8年も前ですが、傭兵時代、拾得物を商業ギルドで卸していました。
今でも卸値は覚えています。
それから、このまま北上すると行き当たるオルフェド自治都市国家は故郷。
隣接するファナン共和国も一部地域の特徴は分かります」
カリーナは表情を変えずに淡々と言った。
ゼラート魔導都市国家の魔法士が、優秀すぎる!
セナはカリーナに勢いよく向き直った。
「マジ!? 救世主…!?」
「まじ…? お嬢様、落ち着いてください。
救世の主は私ではありません。あなたです」
「お前、それマジで言ってんのか?」
「精霊ペロ。マジとはなんですか?」
ペロとカリーナが、『マジ』談義に入る。
セナはなんとかやっていけそうな気がして、小さく息を吐き出した。
「ダズマー殿、ミラ殿。少し行き違いがあったようですけど、
明日の午後から原価を書き留めていくので、一緒にお願いします」
「はい、頑張ります!」
「……………かしこまりました」
ミラは、不安を残しつつも気合が入った顔で大きく頷く。
ダズマーは俯き加減で、その表情はよく分からなかった。
「はぁ…いいなぁ。カリーナ嬢はお役に立てて。
私なんて何もお答えできませんでした」
ガックリと肩を落としたシェイに、セナは慌てて右隣に向き直る。
「シェイ、いつも騎士のみなさんが守ってくれているから安全に旅ができています。それに楽しいお喋りも」
後半は少しだけ声を落として伝える。
シェイは目を輝かせて嬉しそうに笑った。
「ルフォス様、少々よろしいでしょうか」
一段落したところで、前方からエイベルの鋭い声に呼ばれた。
セナの背筋がピンと伸びる。
騎士らに指示を飛ばすエイベルの声と比較すると、かなり柔らかい口調だ。
エイベルなりにセナを気遣っているようだった。
それでもセナは、いつも彼の声にビビってしまう。
「はい」
セナは素早く立ち上がり、エイベルの方へ向かった。
「カリーナ嬢、レンツも来てくれ」
追加で呼び出しがかかる。
この面子ということは、日が消える前の魔物の一件かもしれない。
焚火から少し離れた幌馬車の前までエイベルに先導された。
「なんだ? また魔物でも来たのか?」
ペロがキョロキョロ辺りを見回しながら、エイベルに尋ねた。
「いえ。こちらはルフォス様にお渡しすべきかと。
レンツ、さきほどの魔消痕をお渡ししろ」
「……は」
エイベルの数段鋭い声に、レンツが一瞬迷いつつも懐から包みを出した。
レンツが何かを包んだ布を開いていく。
中からは、手のひらサイズのガラス瓶と、銀貨が七枚あった。
銀貨は、ほとんどが歪な形で不自然に溶けていた。
「マショウコン?」
「魔物の未消化物のことです」
カリーナが補足した。
あの黒い巨大なイノシシを倒して出て来たもの。
魔物を倒したらアイテムが出てくるなんて、まるで―――
「ん? 未消化物?」
RPGゲームを思い出したセナだが、思わず単語に引っかかった。
「はい。原則は、拾得者のものとなります。
身分証明品などがあれば、傭兵ギルドへと持ち込む場合もありますが、今回は―――」
エイベルがよく分からない規則を話し始めた。
セナの頭には全然入ってこなかったけれど、身分証明という言葉だけが引っかかる。
「待って、ちょっと待ってください。
つまり、これは……魔物が食べたものってこと? …それも、人間を食べて…?」
「その通りです」
エイベルが即座に肯定する。
セナの脳みそは、年数が経ちすぎて動きが遅くなったパソコンのような処理速度になってしまったようだった。
レンツがセナに何かを言っている。
先程まで、彼らはセナの母国語を喋っていたはずなのに、急にまったく知らない言語を喋っているように聞こえた。
声が遠い。とてつもなく遠かった。




